pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

時と視点Ⅲ

2021-12-28 06:10:27 | 雑談
 帰命檀灌頂との関連で智証門徒のスーパースター尊星王の事が気になって、調べている内に、平安期の北極星は本当にポラリスだったのか疑問になりました。
 結論から言えばOKなのですが、今度は別の疑問が生じました。

 今度の疑問は古代中国の方、三国末くらいまではコカブ(こぐま座β)の方が天の北極に近く、見かけの光度もあまり違いません。
 そういえば、北斗七星の方が格段にスーパスターだったような??
 深入りすると、資料を探しチェックするだけで、大変な事になりそうです。うーん。でも興味津々。
 
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3 コメント

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平安期の北極星 (takesako)
2022-04-12 10:37:30
 飛鳥時代から鎌倉時代ごろまでの北極星はHR4893(5.3等星)という星です。この北極星と28宿の距星を使って都城の方位を測量していました。ただし、唐代の星図に描かれている北極星はHR4852(6.3等星)という、晋代の北極星です。古代中国の北極星は極星と呼ばれ、明るさに関係なく、天の北極点に一番近い星でした。
 なお、孔子の時代の北極星はHR4927(6.0等星)という星です。この北極星で始皇帝陵も測量されています。コカブを古代の北極星とする同定は、明るさにもとづいた、誤った同定です。
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Unknown (澪標)
2022-04-12 20:44:52
 ご教示ありがとうございます。リンク先を読ませていただいた上で、改めてご教示願う事もあるかと存じますがその節は宜しくお願い申し上げます。
 海事・天文関係の資料から見て、中世アラビア、モンゴルウルス、ポルトガル系統は周極星を使った緯度検出だったと伺えますので、古代・中世中国とは別系統だったことになります。ますます興味深いものがあります。
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取り急ぎ追加 (澪標)
2022-04-19 12:11:37
 この項の説明。私の舌足らずです。以下に目的と方法論的要請事項を箇条書きします。
 <目的>
 六分儀もnautical almanacも存在しない時代における長距離移動中の現在位置推定。
 <要請事項
 ①緯度の推定が可能<できれば5分以下の精度>
 ②経度はトラバース航法により算出
 ③観測時間の制約が可能な限り少ない
 ④観測機器は持ち運び可能

 ご指摘の方法は方位決定の精密算出法と存じます、少し異なる目的の物と見受けました。
 それはそれとして、新たな視点を得る事が出来ましたことにお礼申し上げます。
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