しばらく前から、自分を「保守」とか「右」と思ってる人たちが増えた。それは良いとして、その人たちのうちの少なからぬ人たちが、妙な歴史観を構成しているようなのはいかがなものか、と思う。妙な歴史観というのは、例えばこんな具合。戦後GHQが刷り込んだ日本悪玉論によって、日本の戦後では日本を悪く言う書物ばかりがあふれ、世の中の人々は間違った歴史を教わっている・・・。
私が問題にしたくなるのは、戦後日本は別に一貫して捏造史観をもたされていたというもんでもなかろうよ、という点。はたと考えれば、90年代前半には、これまでこうこう思っていたが大分様子が違うようですよ、といった本が結構出ていたように思う。例えば猪瀬直樹氏の「黒船の世紀」などはその好例だったのではなかろうか。
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黒船の世紀―ガイアツと日米未来戦記 (日本の近代 猪瀬直樹著作集) |
猪瀬 直樹 | |
小学館 |
この本の初版は1993年。学者さんやマニアにとってはかなり物足りないが、ジャーナリズムというマス(大衆)相手の出版物としてかなり多くの人に読まれた本としては、参考文献も多くよく出来た本だったと思う。
タイトル通り黒船が来航していらいの本邦の外交にフォーカスが当たっており、ペリーとはどんな人物だったのか、目的はなんだったのかから始まって、太平洋戦争に至るまでの日本、アメリカ、イギリスの一般的な空気までを扱っている。
2014年現在では、既に結構知られた内容が多いように思うけど、約20年前の1993年においてはそうでもなかったことが多い。
特に、日露戦争後から、太平洋を挟んだ日本と米国の間に勃発していた、太平洋を巡る争いをテーマとした論の数々は読ませるものがあった。要するに、それがサブタイトルにもなっている「日米未来戦記」の一群。
その中にあって「太平洋戦争」は発生し得るものとなっていくが、実践的、冷静な分析によって負けるという結論が「不評」になっていく傾向が生まれる。しかし、勝てそうにないものは勝てそうにない。そこで何が生まれるかといえば、怪力光線とか潜水艦富士といったSFまがいの新兵器の数々。さずが大人がそういうものを信じたとは私は思わないんだけど、少年向けの雑誌ではそんな特集が組まれ、著者には、「XX先生が居る限り日本は負けません」みたいな激励の手紙が多数寄せられていたらしいことからすれば、いくらかの少年の中には日本不敗神話は確固たるものとして存在していた可能性は否定できない。
しかも、こういうサブカルチャーみたいなものが案外バカにできないのは、結論が日本勝利だとなんでもOKになる一方で、真面目な軍人が描く日本はどうも負けるという結論を持ったものが官憲によって没収されていたりする状況と並ぶことじゃないかと思った。
つまり、真面目な軍人、分析家の書くものは、どう考えたってバラ色にはならない。それが当局の意図と合致している場合はいいけど、外交関係が複雑になり開戦が視野に入ればそういう書物、論考は場合によっては制限されることもあるだろうし、それを恐れて自己規制してしまう著者もいるだろう。一方で、バラ色の未来戦記には制限がない。かけようがない(データが出鱈目であればあるほど、データの真偽、開示を容疑とした制限を受けないという皮肉もある)
この非対称で出来るムードは恐ろしいと思ったし、出版物どころからインターネットを通す世の中ではさらに注意が必要だとも思った。民間人全般の「思い込み」というのは結構怖い。
と、冒頭に戻って、最近の「私たちは戦後誤った歴史を教えられ」というのも、この「思い込み」にかなり近い可能性は捨てきれないかもしれない。