居酒屋の常連で山屋のグループがある。その中の若いメンバーが「涸沢に行きましょうと誘ってくれているけど」とその居酒屋のママさんから声がかかった。
話は何回か行ったり来たりしたが、普通は一泊二日のコースだが多少は高齢組の小生夫婦に配慮して二泊三日のコースも組んでくれた。
総勢五名のうち声をかけてくれた若手と小生夫婦は二泊三日、ママさんともう一人は一泊二日でということになった。
日が決まってから天気予報が悪い方、悪い方へと変わって一喜一憂した。結局三日間ともいい天気は期待できそうもなかったが、延期とか中止などという声は誰からもでなかった。
一日目は途中から降り出して傘をさして歩いた。
二日目は夜半から土砂降りの雨、朝になったらいくらか小降りになったがカッパ支度で歩いた。
三日目にしてようやく午前中だけだったが日がさしてくれた。
しかし、こんな天気にもかかわらずさすがは紅葉の涸沢、上り下りする人は途切れることはなかった。二泊目の涸沢小屋では我々は幸運で一畳で一人だったが手前の涸沢ヒュッテでは一畳に二人だったと云っていた。
雨の歩きも悪いことばかりではなかった。二日目には雨が降らなければ見ることができないという屏風岩の滝が何本もの見事な流れを作っていた。
三日目の朝はほんのわずかの時間だったが朝焼けに染まる紅い穂高連峰を見ることもできた。
この写真は下山の途中、後ろ髪を引かれる思いで振り返り振り返りしながら撮った一枚である。小生のもそこそこであったが、女房の方がいいのでありがたく拝借した。
話は何回か行ったり来たりしたが、普通は一泊二日のコースだが多少は高齢組の小生夫婦に配慮して二泊三日のコースも組んでくれた。
総勢五名のうち声をかけてくれた若手と小生夫婦は二泊三日、ママさんともう一人は一泊二日でということになった。
日が決まってから天気予報が悪い方、悪い方へと変わって一喜一憂した。結局三日間ともいい天気は期待できそうもなかったが、延期とか中止などという声は誰からもでなかった。
一日目は途中から降り出して傘をさして歩いた。
二日目は夜半から土砂降りの雨、朝になったらいくらか小降りになったがカッパ支度で歩いた。
三日目にしてようやく午前中だけだったが日がさしてくれた。
しかし、こんな天気にもかかわらずさすがは紅葉の涸沢、上り下りする人は途切れることはなかった。二泊目の涸沢小屋では我々は幸運で一畳で一人だったが手前の涸沢ヒュッテでは一畳に二人だったと云っていた。
雨の歩きも悪いことばかりではなかった。二日目には雨が降らなければ見ることができないという屏風岩の滝が何本もの見事な流れを作っていた。
三日目の朝はほんのわずかの時間だったが朝焼けに染まる紅い穂高連峰を見ることもできた。
この写真は下山の途中、後ろ髪を引かれる思いで振り返り振り返りしながら撮った一枚である。小生のもそこそこであったが、女房の方がいいのでありがたく拝借した。