今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

残酷な歳月 43 (小説)

2015-12-30 15:16:56 | 小説、残酷な歳月(43話~最終話)


残酷な歳月
(四十三)

まだまだ、話したりない、名残惜しさ、そんな気持ちのままに、ジュノは、樹里が岡山へ帰る時に、大杉の伯父から送られてきた荷物の中にあった。
『イ・ゴヌ』と『キム・ソヨン』の名前の記された!
古い詩集を一冊、樹里に渡して!

たぶん、私たちの生まれる、ずーと前の頃、おじいさま、おばあさまが、独立運動をしていた頃に、出版された物だと思うけれど、私たち家族にはとても大切な本なのだろうと思うから、と、樹里に伝えて、渡した。

古い詩集が物語る
忌まわしい歴史も
美しい言葉でつづられて
激しい言葉でつづられて
受け継がれた思い
愛する大切な家族へ
伝えたい平和を
人としての希望を
年老いた私の願い
美しき人へ幸多き事を


思い、考えも出来ない姿で、ジュノの前に現れた、妹の樹里!それは、驚き、驚愕し、ジュノの混乱はしばらくの間、止めようも無いほどの鼓動が勝手に、早鐘を打った、あの時!

『ジュノはすべてのものに、感謝したい気持ちになった!』
『あれほど激しく願っていた、ただひとりの妹!』
『ジュノのすべてをかけて、愛を注ぐ、妹、樹里!』

その姿は、あまりにも近いところに、居てくれた事の驚きと感謝!

少し、落ち着けば、嬉しさと、信じられない現実に、ジュノは戸惑いと、表現出来ないほどの、ゆっくりとした感情の喜びと感謝の気持ちに、あついものを感じさせていた。

直樹が、妹、樹里としての姿でジュノの前へあらわれた!
確かに、信じられない思いではあっても、直樹として、接していた時も、どこか、特別な感情が働き、いつも、心の奥では、妹、樹里を感じていたように思う!

直樹としてジュノに接している、樹里もまた、同じ思いで、心が動いていたのだろう。

そして、驚きはしたけれど、元気で、しかも、実父の家を守る、大事な人としての役割を果たしてくれていた事が、ジュノには確かに嬉しい事ではあるが!
樹里のこれからの日々を考えた時!
心から喜べない思いで、複雑に痛む、重い心!

岡山に帰った直樹(樹里)がこれからどう生きて行くかは、ジュノは兄として、アドバイスや手助けは出来ても、答えを出してあげる事は出来ない、難しい問題が多くあった。

君はどんな姿でも
私には愛おしい存在
この思いのすべてをささげ
言葉にして伝えよう
美しき人の生きる力
今この心が君を支えて
記憶のすべてを
君の為に語りたい
正しき道を歩む
けがれなき頃のぬくもりを
聖少女の笑顔を魅せて


ただ、樹里の幸せな生き方を願い、祈りながら、言葉にならぬ、もどかしさで、ジュノ自身の考えさえ、決めかねる!
『心の優柔不断さ!』に、すまないと、心の中で詫びた。

ジュノにとっても、ある意味、眼に見えぬ何かに、樹里と同じように決断をせよと迫られているような思いでいたのだった。

ジュノは、日本人でありながらも、『寛之』として、なにひとつ、生きた記録や証しがない!
ジュノの中の思い出と、わずかな記憶だけが存在する!

穂高でのあの事故のあと、大杉の伯父はなぜ、寛之としての、この私の存在を消してまで、ジュノとしての私をつくり上げなくてはいけなかったのかが、ジュノは、今でも、大きな疑問として、心の中で大きく残ったままだった。

意識的に身を隠したのだろう、今、かなり、体調が悪いと、思われる、大杉の伯父の行方をジュノは必死で、捜したが、居場所さへわからない、伯父の手紙では、もう、命もわずかだと書かれていた。

伯父は、こんな方法でしか、自分の心の中の罪の重さに耐えて、自分を痛めつけることしか、償う事が出来ないと考えての事なのだろうと、ジュノには想像出来た。

ジュノは、今は、ただ、大杉の伯父がたまらなく、恋しく、会いたいと思う!
そして一言、恨み言ではなく!
『ただ、感謝の言葉を、言いたかった』
『伯父さんの優しさを、いつも忘れられなかったと!』
そう伝えてあげたいと、ジュノは本心から、思えるのだった。

疑問は、疑問として、これからも『なぜ?』の思いは残るだろうけれど、あの、大杉の伯父が、私や樹里へ知らせる事が出来ない何かがあるのだろう。

かたくなに拒んだのには、それだけの理由があっての事だったと今は、思えるのだった。

いつか、歳月が過ぎて、どんな理由であっても、許しあえる事として、きっと、私たちが知る時が来るのだろう、その時まで、自然なかたちで会えることを願おう・・・



         つづく




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