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残酷な歳月 25 (小説)

2015-12-28 10:31:37 | 小説、残酷な歳月(16話~30話)


残酷な歳月
(二十五)

(大杉さんの生れた時代)

ジュノの養父母の話すことが本当であれば、あの穂高での忌まわしい、吊尾根での滑落事故から、奇跡的に助けられたのは私だけだという、実の両親と妹、そして大杉さんがあの場所にいたのは真実の事なのに?

ジュノ自身の命は、大杉さんの、そして今の父と母の献身的な愛情!
『無償の愛』
によって、守られた、ジュノの『命』だった。

りつ子からの 「特別なプレゼント」 も、ジュノには、すぐに、何かが、わかると言う物ではなかった。

ただ、りつ子の手紙に、気になる事が記されていた!

りつ子の手紙の中に、今の私には、すぐには確認することが出来なかったけれど、
佐高のおんじー(山岳ガイド)が、何度か、大杉さんを、事故のあった、穂高、吊尾根へ、母と妹の手がかりを捜しに行く、大杉さんを案内した中で何度か、岳沢小屋に泊まった。

そんなある晩、ふたりで、お酒を飲みながら、お互いのこれまでの生きて来た、思い出ばなしをしていて、ふと、大杉さんが、もらした事があったそうよ!

『大杉さん自身の出生の事を話した』
『今まで、誰にも話した事が無いのだけれど、と言いながら』
『消しようの無い、重い現実を!』

『大杉さんはたぶん、誰かに聞いて欲しかったのだろうね』
『誰かに(特に、ジュノに)聞かせたい!知ってほしい!』

たぶんそんな願いがあったのだろうと、佐高さんは、感じたそうだと、りつ子の手紙には書き添えられていた。

大杉さんは、大杉家の養子で、朝鮮半島が日本に統治されていた時代の1937年か~8年ごろに、朝鮮人の女性と日本人との間に生れたが、自分の本当の生れた日や父親が誰なのか、今も、わからないのだ!と、とても、寂しそうに、話した事があったそうです、とも書き添えていた。

大杉さんの本当の母親と、大杉家の両親が、親しい関係であった事で、子供のいなかった、大杉さんの養父母である大杉家の両親が、日本の敗戦の気配が濃い、1945年の春に、混乱する状況の中で、日本へ引き上げてくる時に、一緒に、大杉夫妻の実子として、連れてこられたのだと、話していたそうです。

りつ子は、意識的に、この事を、箇条書きするように、手紙に書き込んであった!

ジュノは、りつ子の手紙を読みながら、ジュノ自分の中で、大杉さんの衝撃的であった事が、どこかで、ジュノは、説明の出来ない、信じがたいけれど・・・
『納得感』とでも言おうか?

不思議に落ちついた気持ちが広がっていく事が、ジュノの、その時の心情だった。

ジュノは、作業日誌の1ページ、1ページを丁寧に読みながら、母の生きた存在をなんとしても、読み取りたくて、時間が許す限り、その事に、まるで、のめりこむように見ていた。

だが、単純な、作業日誌の記述では、母の居た、生活の様子は、中々読み取れずにいたが、ジュノは、落胆と期待との心の狭間で、その作業日誌の中に、ジュノは確信したと思えた。

『母の存在!』
『母の生きた姿を』

特に、小さな声で、歌を唄っていた場面では、ジュノは、幼い頃に母がよく唄ってくれた、「庭の千草」だと、わかった。

「庭の千草も~ むしの音も~」
「かれて~ 寂しく~ なりにけり~」
「ああ、白菊、嗚呼~~~」

父の好きな曲で、母は、家族がそろった日は、必ず、歌って聴かせてくれていた、確かな記憶からだった。

母は、ソプラノの歌手としての勉強の為に、日本へ、留学して来たけれど、父と知りあった事で、結婚してからは、教会の聖歌隊の指導をしていた事を、ジュノは覚えている。

子供の小さな胸に
美しい母がまぶしい
時には母の唄う声に
目覚める美しき人
あまりにも母の愛を知らず
あまりにも父の雄雄しき姿を知らず
心の空洞がきしむ
美しき人の望み
真実がある事
どんな運命であっても


若き日に、父、「蒔枝伸一郎」に、実の母を紹介したのは、他でもない、大杉さん自身だった。

ジュノの実の父と大杉さんは高校も大学も一緒!
大杉さんこと『大杉春馬』は岡山で同郷で幼馴染み、兄弟のように育った。

ソウルの、今の父は、学年が一つ上で
東京大学の医学部で学ぶ、韓国からの留学生だった。

大杉さんは、東京大学でドイツ文学を学び、今の養父と、大杉さんは、友人関係であった事から、大杉さんの誘いから、東大の赤門近くの、キリスト教会へ出かけて、紹介されたのが、ジュノと妹、樹里の、実の母『イ・スジョン』であったのだ。

そして、ジュノのふたりの母は、韓国で、姉妹のように育ち、大親友で、この教会が、お互いの伴侶との出会いだった。

二つの兄弟、姉妹の出逢いは明るい未来と愛に満ちた生涯を約束された、誰もが羨むほどの出逢いだったが、その出逢いこそが残酷な運命なのだろうか?


          つづく



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