つまりは、政治が悪いのか、官僚が悪いのか、ということです。
大局的に見れば、政治なのかもしれません。政治主導の『改革』の中、某企業が『規制緩和』の名のもとに『医療を食いものにしようとしている』という意見もよく耳にします。そこまで追求することも大切かもしれません。国家予算に占める医療費が安すぎるという問題もその通りだと思います。
そこは、どんどん多くの人に議論して頂きたいと思います。国民的議論が必要です。
私個人の意見もあります。しかし、私は、一人の患者さんが必要な医療を受けられなくなることを訴え続けることに必死です。それ以上の政治的能力もなければ、野心も余裕もありません。(政治的野心がある人だったら、じっと黙っていることでしょう。その方が『得』に決まっていますから。)
政治路線は撤廃運動の中には盛り込んでいません。『診療報酬制度』を『医療制度』として、国民の手の中に取り戻すことこそが、大切だと思っています。『診療報酬制度』という矮小化された名称に隠れて、国会の議論も採決も経ずに、こっそりと診療制限が進んでいることを問題にしています。
官僚が公僕の意識をもって本当に国民世論や政治に敏感になるとき、日本の将来はまだ明るいと思います。しかし、実態は天下り先の確保に躍起になり、官僚ファミリーが私腹を肥やすような構造がある、と思うのです。そういう組織にとっては、大臣が誰になろうと、政権がどうなろうと、既得権益を守ることは大して難しいことではないのでしょう。
以上、個人的見解でした。
大局的に見れば、政治なのかもしれません。政治主導の『改革』の中、某企業が『規制緩和』の名のもとに『医療を食いものにしようとしている』という意見もよく耳にします。そこまで追求することも大切かもしれません。国家予算に占める医療費が安すぎるという問題もその通りだと思います。
そこは、どんどん多くの人に議論して頂きたいと思います。国民的議論が必要です。
私個人の意見もあります。しかし、私は、一人の患者さんが必要な医療を受けられなくなることを訴え続けることに必死です。それ以上の政治的能力もなければ、野心も余裕もありません。(政治的野心がある人だったら、じっと黙っていることでしょう。その方が『得』に決まっていますから。)
政治路線は撤廃運動の中には盛り込んでいません。『診療報酬制度』を『医療制度』として、国民の手の中に取り戻すことこそが、大切だと思っています。『診療報酬制度』という矮小化された名称に隠れて、国会の議論も採決も経ずに、こっそりと診療制限が進んでいることを問題にしています。
官僚が公僕の意識をもって本当に国民世論や政治に敏感になるとき、日本の将来はまだ明るいと思います。しかし、実態は天下り先の確保に躍起になり、官僚ファミリーが私腹を肥やすような構造がある、と思うのです。そういう組織にとっては、大臣が誰になろうと、政権がどうなろうと、既得権益を守ることは大して難しいことではないのでしょう。
以上、個人的見解でした。