



中学生の夏の課題講習にむけて今、準備をしています。課題は「感じたままに風景画を描く」です。さっそく手元にある1年生美術の教科書を読み直してみました。「学びのねらい」を読み返したのですが、うむ~っ、なにをどうしてよいのやら難解です。これが美術教科の現実なのかも、苦手意識という落とし穴を見るおもいです。
横道にそれますが教科書の序文に短くこうあります。「小学校では美しさを発見するような活動をしてきました。中学校の美術は、自分が考える新しいものを作り出す活動をします」これって意外と高度な要求です。中学生になると見たままを忠実に描くデッサンをはじめとする対象を観察する力と、そこから感じ取った自分のおもいを人に伝えるために工夫をする構成力、応用力が求められます。これは彫塑や立体構成、デザインにも共通する力です。
ここでの「感じる」とはなんでしょう。これが今回一番受講生に伝えたいポイントです。結論から言えば感じたものを強調すること、これがねらいです。たとえば描画でいえば、色(色相・濃淡)を強調する。形(寸法・角度)を強調すること。言葉は荒いですが「たくらむ」ことをあらわすといってよいでしょう。(抽象的な言いまわしになって恐縮です)生徒には「たくらみ」を伝授したいと考えています。さあ、どんな「感じる」をイメージしてくれるでしょうか、たのしみにしています。
ガウディのサグラダ・ファミリア聖堂に行ったつもりで描いてみました(下書き途中)思い入れがあるだけにバルセロナの空の下でスケッチしている気分になりました。少し大げさですが「見てるつもり」は描くときに大切な感じです。
「ひまわりを描く」夏の定番テーマなので、子どもたちも つまづくことなく描けるのですが、構図・色調・情景がどれも同じイメージになってしまうことも大いにあるものです。つまりテーマに対してどこまで自分なりのイメージを拡大させ、集約し表現できるか、そうでないかでひまわりの咲き方、インパクトが違ってきます。
児童心理学者などが言われる「本人がテーマの趣旨を自分なりに理解し描くのだから、それを一旦受け入れるのが創作活動の基本である」とする考えがあります。ここで間違えていけないのは、一旦受け入れることは何もしないことではありません。理解だけでは発火しません。物事を真剣に行動に移すには着火が必要です。描くための動機づけ、着火は子どもにも指導者にも同時に行われてこそ、うまく燃え上がると考えます。
手本を鑑賞することも動機づけのひとつですが、今回は子どもたちに「連想ゲーム」を投げかけました。(事前に構想を考えてきた子も多くいましたが、さらに発想の拡大と集約のためにも参加してもらいました)ゲームがはじまり、気になることがおきました。自分が回答できないと心配なのでしょうか「黄色・丸い・大きい、、、。」私がなんとか具体的なイメージに導こうとするのですが、意外な結果となりました。(Sちゃんが「スイカが実る ひまわり!」Goodです!)
一昔前のCMを思い出しました。芸術家の岡本太郎さんのセリフに「グラスの底に顔があってもいいじゃないか!」ひまわりが黄色いライオンになっても、ハートのカタチをしていても、海の中で咲いていてもいいじゃないか。「ひまわりらしく」にとらわれている子に「自分らしく」自由な創作の楽しさへ導くには、連想発想という思考作業を繰り返し、既成概念の殻を破るトレーニングを指導しなくてはいけないと思った課題となりました。
さあ、全員で空の下に大きな自分らしさを咲かせよう!
(もちろんですが、具象画でも抽象画でも今回はOKです。子どもの精いっぱいの描く勇気を励ましてあげるだけで、その子は自分らしく堂々と強くなります、ひまわりのように。 写真は制作途中ですが、ガオー教室のKくんの迫力満点のひまわりライオンなのだ。ガオー!)
最近は道端に絵を描く子どもたちを見かけなくなりました。私の時代は土の道なら古釘で、アスファルトなら滑石でオバケのQ太郎などを道幅いっぱいに描いたものです。近所の大人はそれをほめてくれたし、絵を踏まないようにフラフラと避けて歩いてくれました。雨が降るまで街角に残っているような嬉しいそんな思い出が、表現することの楽しさの私の原点になったのだと思います。
先日、あるところでスマートフォンに夢中になって指をコシコシしている生徒をみかけました。のぞきこんでみると指先で絵を描いています。「このアイテムを使えば色鉛筆調にもできるよ。ホラね」出来上がりはともかく、私はひとことほめてあげましたが。「それでその絵はどうするの?誰かと見せ合うの?」生徒の返事は案の定「べつに~。消去するだけじゃん」
ここで多くを考えさせられました。
「道具は表現を助けることができたとしても、表現することは決してない」
「他人に表現(作品)を見てもらうことは勇気がいる。でも恐れることはないよ。表現を理解できる人(他人)は良いところだけを見てくれるから」
「作品は完成させたら終わり?それは社会生活の都合で区切っているだけのこと。仮の完成後にすることがあるんだよ。まずは充実感を喜びましょう。つぎに向上心を発芽させましょう。そうすると本当の完成となって、目の前の困難を乗り越えるチカラになるから」
今回の課題「タマゴ」 みんなひとりひとり感じ取ったものは異なるのかもしれませんが、私は信じたいのです。オバケのQ太郎は助けてくれているのだということを。