いた。とある夢の中でとある人から箱入りの綺麗な青いピアスを渡された。
なんでこのシュチュエーションなのかはいまだ不明で、いっそこのまま迷宮入りの夢物語りで終わってしまうのではないだろうかーーなんて思っていた矢先に、ひょんなことでとあるアジアン雑貨店に立ち寄り、置き物やら布やらを物色し、最後にピアスイヤリングコーナーでいくつか私の目を引き付けたものが。
青い(群青色)引っ掛けタイプのピアス...これは夢にでてきたのとちょっとばかり似てるなぁ。よっしゃこれは買わねばならぬ。2500円もしたが、ストーンはラピス、シルバー925ということもあって、結構いい買い物が出来たカモ。
まぁ生きてる間にいろいろ解決してみたいこととかあるじゃん。時間はかかるかもしれないけど、なにか遠いその先の自分とか、「あぁ、あれはこれの為の出来事だったんだ」と人生のパズルを一つ一つをはめてゆくような作業なのかもしれない。
ひとりで頑張りきっちゃう人もいるだろうし、頭を上げると意外と多くの人から愛をいただいていたり(この場合の愛は一般的にいう恋愛の愛とは違います)、それに気がついていろんなことに感謝したり。
自分的に20代のころは本当に気苦労がありました。いろいろ葛藤とか理不尽な世の中に入って迎合せざるを得なかったりとか、自分の持つ価値観と同年代の持つ価値観にギャップを感じ頭の中は早く大人の世界へ行きたいなんて思っていたりした無邪気且つ生意気な側面を持ち合わせ、それもまた自己葛藤になっていった。
毎日毎朝毎晩、自分の存在価値がこれでよいのか、一体どの方向へ進めばよいのか、でもそんな方向なんて行ってみないとわかんないじゃん、という一種の無鉄砲さが自分を支配していた。
そりゃ一般的に普通の仕事とかやって、ストレスたまりゃー酒飲んで悪口だらだら、なんていうのが一種のレールなのかもしれない。
そのレール上を走っているときに、そのレールの欠陥とか不備とか気がついちゃったもんだから、変な正義感でそういう世界から離れたりした。
まぁ学生時代はまわりをいちいち気にして迎合するのが苦手だった。
話題の内容も違ければ、話の論点すら10cmくらいずれて平行線をたどっていった。
要はわがままだったんだよ。自分は。でもわがままってつったって、自分を殺して新しい場所になじもうと試みるも、結局草花や小鳥タチに癒してもらうのが好きだった。あとは音楽と生チョコが食えればそれでよかった。
ある意味漠然、真意はクリアーな目的を掲げつつ、その目標に向かったはずの列車がいつのまにか違う方向への列車だったという感じの学生時代から20代前半。
その後、うすらバカだった私はある種の「幸感」に満ちていた。
俗にいわれる「幸せすぎてこわい」とかいう悪魔のような酒杯を飲むような感じ。
そんなシアワセには必ずシワヨセがやってくる。ギャザーってやつね。
その後の自営うんたらかんたら→会社的運営っぽい感じのちょっぽけな仕事に相当喜怒哀楽イラバの道をも進んでいった。
そりゃ不眠にもなるだろうし、天気良い日に遊びにいけなかった若きし頃は最悪の気分だった。対価というものを比較すれば比較するほど自己嫌悪にまっさかさまに落ちてデザイアーっだ。
そりゃ早くあっっちの世界に逝ってしまいたいと思う事もあったが、行動にはいたらず。もちろん今までの精神と社会的蓄積があるからね。
いやー本当に嫌だったし情けなさで心臓が紫色になった感じの時期だった。
過去を変えるとか、そんな野暮なことは考えない、今更。
今までいろいろ精神的に苦しんできた自分の生きる目的がまだ成就されてないから、まだまだ行きます。なにがなんだかわからんけど、この青いピアスに関連するとあることがあって、このことを再考することによって、まだ見つけられていないドアの鍵を見つけることができるんじゃないかと。
合掌。
なんでこのシュチュエーションなのかはいまだ不明で、いっそこのまま迷宮入りの夢物語りで終わってしまうのではないだろうかーーなんて思っていた矢先に、ひょんなことでとあるアジアン雑貨店に立ち寄り、置き物やら布やらを物色し、最後にピアスイヤリングコーナーでいくつか私の目を引き付けたものが。
青い(群青色)引っ掛けタイプのピアス...これは夢にでてきたのとちょっとばかり似てるなぁ。よっしゃこれは買わねばならぬ。2500円もしたが、ストーンはラピス、シルバー925ということもあって、結構いい買い物が出来たカモ。
まぁ生きてる間にいろいろ解決してみたいこととかあるじゃん。時間はかかるかもしれないけど、なにか遠いその先の自分とか、「あぁ、あれはこれの為の出来事だったんだ」と人生のパズルを一つ一つをはめてゆくような作業なのかもしれない。
ひとりで頑張りきっちゃう人もいるだろうし、頭を上げると意外と多くの人から愛をいただいていたり(この場合の愛は一般的にいう恋愛の愛とは違います)、それに気がついていろんなことに感謝したり。
自分的に20代のころは本当に気苦労がありました。いろいろ葛藤とか理不尽な世の中に入って迎合せざるを得なかったりとか、自分の持つ価値観と同年代の持つ価値観にギャップを感じ頭の中は早く大人の世界へ行きたいなんて思っていたりした無邪気且つ生意気な側面を持ち合わせ、それもまた自己葛藤になっていった。
毎日毎朝毎晩、自分の存在価値がこれでよいのか、一体どの方向へ進めばよいのか、でもそんな方向なんて行ってみないとわかんないじゃん、という一種の無鉄砲さが自分を支配していた。
そりゃ一般的に普通の仕事とかやって、ストレスたまりゃー酒飲んで悪口だらだら、なんていうのが一種のレールなのかもしれない。
そのレール上を走っているときに、そのレールの欠陥とか不備とか気がついちゃったもんだから、変な正義感でそういう世界から離れたりした。
まぁ学生時代はまわりをいちいち気にして迎合するのが苦手だった。
話題の内容も違ければ、話の論点すら10cmくらいずれて平行線をたどっていった。
要はわがままだったんだよ。自分は。でもわがままってつったって、自分を殺して新しい場所になじもうと試みるも、結局草花や小鳥タチに癒してもらうのが好きだった。あとは音楽と生チョコが食えればそれでよかった。
ある意味漠然、真意はクリアーな目的を掲げつつ、その目標に向かったはずの列車がいつのまにか違う方向への列車だったという感じの学生時代から20代前半。
その後、うすらバカだった私はある種の「幸感」に満ちていた。
俗にいわれる「幸せすぎてこわい」とかいう悪魔のような酒杯を飲むような感じ。
そんなシアワセには必ずシワヨセがやってくる。ギャザーってやつね。
その後の自営うんたらかんたら→会社的運営っぽい感じのちょっぽけな仕事に相当喜怒哀楽イラバの道をも進んでいった。
そりゃ不眠にもなるだろうし、天気良い日に遊びにいけなかった若きし頃は最悪の気分だった。対価というものを比較すれば比較するほど自己嫌悪にまっさかさまに落ちてデザイアーっだ。
そりゃ早くあっっちの世界に逝ってしまいたいと思う事もあったが、行動にはいたらず。もちろん今までの精神と社会的蓄積があるからね。
いやー本当に嫌だったし情けなさで心臓が紫色になった感じの時期だった。
過去を変えるとか、そんな野暮なことは考えない、今更。
今までいろいろ精神的に苦しんできた自分の生きる目的がまだ成就されてないから、まだまだ行きます。なにがなんだかわからんけど、この青いピアスに関連するとあることがあって、このことを再考することによって、まだ見つけられていないドアの鍵を見つけることができるんじゃないかと。
合掌。