瓢簞舟の「ちょっと頭に浮かぶ」

こちらでは小説をhttps://kakuyomu.jp/works/16816700427846884378

#53

2013-02-03 01:21:36 | 考える日々
欲望を満たし続けようとするその先には何があるんだろうね。欲望に限界があるなら、いつか満足する日が来る。一見申し分ないような状態にも思えるけど、どうだろう。満足してる日々は考えようによっては地獄の日々じゃないかしら。常時お腹(なか)がポンポコリン、みたいな状態なわけだから。満足しきって不満を感じなければ、逆に満足も感じられなくなる。満足しなければ欲望が生まれる。欲望に限界は無さそうだね。

欲望は際限なく膨らみ続けそうそうだけど、さて、その膨らみ続ける欲望を満たすことが出来るのか。満たしたと思ったとたん、また膨らみ始めるのよね。それが際限なく繰り返される。何をしても満たされず、何をしてもつまらない。行き着く果ては満たされることのない虚ろを抱えていることに気づくだけ。

だったら欲望を手放してしまったほうが、いっそ楽。欲望が無ければ満足も不満も無い。無欲でいれば日々平穏。心の平安は手に入れられそうだね。じゃ、これが正解?

第三の答えは足るを知ることか。無欲でもないけど、欲望のままに際限なく求めることもしない。適当なところで立ち止まる。これも欲望によって心を穿たれることを防ぎそうだね。これも正解?

心の平安を正解とするなら、無欲か知足(足るを知る)だろうね。だけど際限の無い欲望にとことん付き合うのが正解って考え方があっていい。世の中すべてがつまらなくなるなんてところに辿り着ける人なんて、そうそういないよ。その虚脱感は想像にあまりあるけれど、それだけ世の中を味わい尽くしたともいえるのよね。ま、満たされていないのだから、“尽くした”とはいえないけれど、普通の人に比べれば断然味わっているわけで、欲望の果てにある虚しさと引き換えにする価値はあるんじゃないかしら。そこがどんなところであれ最果てまで行ってみるのも正解でしょ。

ま、正解なんてあってないようなものだから人それぞれの答えが正解で構わないんだけど、際限の無い欲望というと一般的には悪者扱いされているような気がして、ちょっと擁護してみたくなったのね。登りつめたその先には何も無いかもしれない。だから途中で登るのをやめたほうが賢明かもしれない。それでも行けるところまで行ってみるというなら、それもいいじゃない。愚挙を承知でやってみるのも面白いとも思うのよね。それに世の中からバカがいなくなったらつまらないじゃない。世の中を支えるのは常識人で、何かしでかして動かすのが天才とバカなの。愚挙だって快挙になるかもしれないし。だったらバカとは天才のことよ。

なんだかハナシが違う方向へ行きそうなんで、もう止(よ)しましょう。今回はこんなところです。
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