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じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

消化不良。

2005-07-27 02:39:17 | じいたんばあたん
「とうとう、この日が来たか」

ある程度、覚悟はしていた。けれど。
いつだって、覚悟なんてものは、
現実に直面した瞬間には、何の役にも立ちはしない。


今夜、じいたんの書斎に少し、ばあたんを預けた。
彼女の相手をしながらでは、
新たに処方された薬の仕分けや、デイケア連絡帳への記入など、
事務作業ができなかったからだ。


途中、病院の領収書を受け取りに、書斎に入った私に、
とうとう、ばあたんは、訊ねた。

「あなたは、だあれ?」


私は、ただ精一杯、微笑み返すことしかできなかった。




*****************


午前中のこと。
雨の中、微熱のあるばあたんを伴って、
じいたんは郵便局へお金を下ろしに行った。

お金を下ろす必要はなかった。私は知っていた。
やんわりと制止してみるが、
いつものことながら、そんなものは一蹴される。


じいたんの、金銭感覚は既にかなりあやうい。
だが、「お金」は、
じいたんが、自分の権力だと信じている、最後の砦だ。
お金に関して彼が決めた行動予定を覆すことは、介護拒否につながる。

彼の認知の低下が著しいのは、そこだけじゃない。
時系列を追っての、総合的な判断をする力が、もう、彼にはない。

昨夜のばあたんの混乱、そして風邪気味の身体は、
彼の「気の向いた」ときに発揮される、
「おばあさんは、いつでも一緒だ」という彼の「思い」だけで
あっさりと無視される。


やむなく、好きなようにしていただいた。


そして午後1時。

ヘルパーさんから電話を受け、祖父母宅へ行くと。
やはり、ばあたんは発熱していた。

37.7℃。
顔が、ぼんやりしている。
発熱は、せん妄をより、激しくする。


「毎日の努力を無駄にしやがって」、と
じいたんに怒鳴りつけたい気持ちが一瞬湧いた。

だが、
彼らは夫婦であり、私は、猫である。
そこに私が立ち入る隙はない。

じいたんは、それを分かっていて、
良くも悪くも最大限、私を介護者として使っているのだ。

それに、
この発熱がもとで、ばあたんに何かがあったとしたところで、
じいたんは、多分何も意に介さないだろう。
何故なら彼にとって、彼は彼女であり、彼女は彼だからだ。


**********************


午後三時半、病院に連れて行き、診察を受ける。
最後に私が診察を受けるときだけ、彼らに外で待ってもらったのだが、
私にしがみつく彼女の手は、私の二の腕にくっきりと爪あとを残した。

薬局で、私が、薬の説明を受けている間も
似たようなことで、じいたんを困らせていた。



そして。
自宅へ戻り夕食を摂った後、私と二人きりになった瞬間、
彼女は爆発した。

それまで「外出先」であるということだけは認識して
懸命に耐えていた何かが、一気に噴き出す。


「私、何か悪いことしたかしら。」
「たまちゃんが、怒ってるわ。」
「おじいちゃんは、どこ?」
「○○ちゃん(叔母の名前)、私を置いていくんでしょう」
「他の家族をどこに、隠したの?」

そして、文脈も成り立っていない、いくつかの単語の羅列。


一つ一つの問いかけに、なるべく簡潔に、
そして、出来る限り誠実に説明するのだけど、
私の言葉は、彼女の耳に触れた途端、むなしく蒸発してしまう。

「おじいちゃんは、お金の計算をしているよ。
 だから、もう少しだけ、そっとしておいてあげようね。」
そんな説明は、数秒で無効になる。


そっと、抱きしめてみる。
頬を、なででみる。けれど。

非言語的コミュニケーションも、無残に断絶されている。


**************************


気分を変えてもらおうと、洗面所に連れて行く。


顔を洗ってもらうために、声がけをしてから時計を外す。
「時計を返して」と彼女は叫ぶ。
声がけが、もう、耳の手前で「ただの音」になっているのだろう。

少し強引にパジャマの袖をめくり、顔をすすがせ、
洗顔フォームを手のひらに置いたら、
ばあたんはそれを泡立てた後、カランに塗りつけた。


入れ歯の手入れは諦め、何とか髪だけはセットさせてもらい、
「おじいさんは?」と、詰め寄る彼女を、やむなく
会計をしている、じいたんの書斎に連れて行く。


「ごめん、じいたん。
 今夜はどうやら、私ではだめみたい。
 じいたんの顔が見れると安心するから、少し傍にいさせてあげて」


じいたんは快く「おお、おばあさん、おいで」と手を広げる。
だが、ここでばあたんは、足がすくんでいる。
しがみつかれた私の、手の甲にまた、爪あと。
じいたんが、私の手からばあたんの手をひきちぎって、
ようやく私は再度、薬作りに向かう。


*********************


別の部屋にいても聞こえてしまう、彼らの会話。

じいたんが、ばあたんに言い聞かせていた。


「おばあさん、いいかい。
 たまを、怒らせたら、
 ぼくたちはもうここで、生活できなくなるんだよ」


本音なのか、ばあたんを納得させるための言葉なのか、
どちらかは知らない。


心の中に、泣いている誰かがいるのを感じた。

だが、現実の私は、顔色一つ変えず
薬を、一回分ずつ、切った紙に貼り付けていく。

人生と折り合いをつける、とは多分、こういうことだ。


**********************


そんな過程を経ての、冒頭の、ばあたんの言葉。

私はいつものように、「たまちゃんだよ」と言えなかった。
声が出なかった。
ただ、微笑み返すことしか出来なかった。


「…たまちゃん?」

少し間をおいて、
ばあたんが、少し笑いかけるような、すがるような表情で
私に問いかける。


「うん」

引きつった笑みで答えるのが、精一杯だった。

私はゆっくり後ずさって、書斎のドアを閉めた。


「どうして、さっさと死んだのよ?…お父さん」
誰かが呟くのが聞こえる。


********************


服薬と点眼の時間が来て、もう一度書斎へ向かう。


ばあたんは、疲れたような、けだるい様子で、
じいたんの隣の椅子に腰かけていた。
足に上着を着せられ、珍妙な動作を繰り返しながら。

全てを発散し切ったといった感じの表情。
そして、

「たまちゃん。どこに行っていたの?」

全てを忘れてそこに在る、いつものばあたん。


優しく、できる限り優しく彼女を促して、連れ去る。
点眼と服薬、トイレの介助をし、何とかベッドに彼女を横たえた。

ばあたんも、もう「おじいさんは?」とは言わなかった。


布団をかけてやりながら、せいいっぱい、心を伝えてみる。


「ばあたん、ごめんね。
 一番悲しいのは、ばあたんだよね。

 そばにいるからね。
 横で、薬を作っているからね。
 眠れなかったら、話していいからね。」


いつものように、頬ずりをして、唇に軟膏を塗る。


子供のような瞳が一瞬、あどけなく私をとらえる。

そして程なく、寝息を立て始めた。


大荒れのばあたんを寝かしつける、ばうの横顔。

2005-07-26 05:08:15 | じいたんばあたん
今夜のばあたんは、ひどく情緒が不安定だった。
理由はわからない。
天候のせいかもしれないし、先日の地震のせいかもしれない。

私が顔を出した時、ばあたんは、すねるように
「どうして 行っている の?」と言った。

それでも、眼は、わたしと合わせようとはしない。
彼女は、腹を立てているのだ。
彼女を少しでも置き去りにしていた私に。

そして、彼女の唇から紡がれる言葉は、文脈が混乱している。

「おばあさんは、最近とても気弱になられたようだ。
 デイケアでも、おじいさんを捕まえて、離そうとなさらないんだよ」
じいたんは少し、困ったような顔で言う。
「おじいさんがいないと、
 たまちゃんはどこ?って、デイケアの人に訊ね回るんだよ」


じいたんが席を外すと、ばあたんの症状はいっそう激しさを増す。
 (患者が、「介護者であると認識している者」の前で
  一番はっきりと、病理が開花するのが、この病の特徴である)

『作話』のレベルを遥かに超えている。
統合失調症の友人の、症状が激しいときにみられる
「言葉のサラダ」(注1)という症状を、ふと思い出す。

助詞・助動詞・接続詞が正しく使われない。
主体と客体が入れ替わる。
意味のない言葉(彼女の記憶に残っている出来事や言葉)の、順不同な羅列。
わたしの腕にしがみついたまま、彼女は、溶け合わない言葉を紡ぎ続ける。

ばあたんが、どれほどの不安にさらされているかが、分かる。
そして、こんなに言語能力が障害されることは、つい最近まで、なかった。
何が、いけなかったんだろう?何が、彼女の病を進行させたのか。

**********

途方に暮れた私が、苦肉の策で、取り出したのは、携帯。
そこには、介助犬ばうが、
ばあたんのために送ってくれた動画が記録されている。

「おばあちゃん、お元気ですか?
 早く、風邪、治してくださいね。
 また、遊びに行きます。ばう~!」

これが、効果てきめんだった。
ばあたんは、すうっとこちらの世界に帰ってきた。
だが、「ばうちゃんはこれから来る」と思い込んでしまった。

仕方なく、介護が終わったら、デートするつもりでいた、
介助犬ばうに、連絡する。
「悪いけど、祖父母宅に立ち寄って欲しいの。
 今夜は、大荒れ。ごめん。」

ばうは、二つ返事でOKしてくれた
深夜の焼肉デートがご破算になったことなど、そ知らぬ振りで
そして、私のために日用品の買い物を済ませて、
祖父母宅に来てくれた。

********************

だが。
あれほど「何時来るの?」と喜んでいた当のばあたんは、
また、落ち着かなくなってきた。

じいたんとばうばうの会話についていけない苛立ちをあらわにする。
わたしがお茶を入れようと席を立つと、追いかけてくる。
いつもなら大喜びで、笑いながら愉しむはずの、
ばうばうとの指相撲にも、
戦意剥き出し、凶暴にさえ見える表情で挑みかかる。

眠る時間になったので、睡眠薬と熱さましを投与した。
だが、それを飲むという作業がまた、彼女の不穏を引き出した。
「これ(お水)、全部飲まなくてはだめなの?」
薬を二粒渡したのを、決して口に入れようとしない。
「ばあたん、お薬、一粒ずつ飲もうか」
声をかけたら、ものすごい力で薬を握り、手を離さない。

それでも何とか薬を飲ませた。
少し眠そうになったところで、ベッドへ。
でも、今夜は寝付かない。30分そばについていても駄目。
眠ったなと思ってそばを離れると、「たまちゃん?」。
これでは、明日のためのメモさえ書けない。

そこへ、ばうばうが、来た。
ばうばうは、ばあたんの手をそっと、さすった。
「たまちゃん、任せておいて」

最初は抵抗したばあたん。
でも、ばうばうは、穏やかな表情でばあたんの話を聴き続ける。
仕事で明日も早いのに、11時近くなっても全然焦りを見せない。


じいたんが、向かいのベッドに座って、じっとばうばうの表情を見ている。
私も、そっとじいたんの横に座る。
じいたんと手をつないで、じいたんの肩に頭を乗せる。


そのとき見えた、ばうばうの横顔は
これ以上ないほど、穏やかで優しかった。

「この人は、美しい」


気がつけば、ばあたんの話す勢いも緩まり、
表情もおだやかになってきている。
ばうばうの顔を、薄く開けた目で見つめている。

じいたんがふと立ち上がり、
「おばあさん、おじいさんと二人で眠ろう」
と、声をかけた。
ばあたんは、うなずいた。

じいたんは、「君たちはもう、お帰り」と目で促す。


ばあたんの手をとって、話しかけているじいたんに
そっと手を振り、二人で玄関の戸締りをして、外へ出た。


申し訳ない気持ちでいっぱいの私に、
何事もなかった顔で、ばうばうは言った。

「たまちゃん、お疲れ。すいか買ってきたよ」



注1)
「言葉のサラダ」については、リンク先HPにある以下の記事を
お読み頂ければ、より具体的にご理解いただけると思います。
 (ページ内を「言葉のサラダ」で検索ください)
■統合失調症とともに(15) 森実恵(寄稿連載)
 2004/04/18 大阪読売朝刊 くらし健康・医療面
 ◆必死の叫び 「言葉のサラダ」に

※統合失調症についてのより詳細な情報は、「Dr.林のこころと脳の相談室」を参照ください。

今日は全力疾走の日。

2005-07-22 07:37:34 | じいたんばあたん
じいたんの、声がおかしい。
気管支炎を起こしているんじゃないかと思う。
ばあたんの、アルツハイマーの症状の進行も
最近、坂を転げ落ちるようだ。

幸い主治医はもともとの専門が神経内科で、かつ内科の開業医である。
私も、少し診察してもらいたいので
今日は、三人仲良く病院へ向かうことにする。

いつもは、病院の日は、帰り、三人で外食するんだけど、
私の怪我があるので今回は行き帰りタクシーで往復。
午後1時にはヘルパーさんが来るから、とりあえず中休みもあるし

元気に、今日一日また、楽しく過ごします。
いってきます
皆様にとっても良い一日でありますように…

現実吟味能力って、認知症とは関係ないみたい。

2005-07-18 01:59:02 | じいたんばあたん
なんだか小難しいタイトルで恐縮なのですが、
今日ふと発見したことなので、書きとめておきたいと思います。


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ばあたんは、アルツハイマーが進行してきていて、
失見当識・失行・失認がかなり顕著に現れるようになってきている。

でも、失われていないな、とつくづく感じる能力がひとつある。


それは「現実吟味能力」である。


つまり、
・自分がいま、どの程度のことが出来て、
・どの程度を他人に頼らなければ出来ないか、
その見極めだけはちゃんとついているということである。

この能力が高いおかげで、ばあたんは得をしていると思う。
そして、介護者である私も、その恩恵に浴している。


また、この能力は彼女自身に対してだけ働くのではない。

例えば、私が彼女に相談ごとを持ちかけたとき
(主に、対人関係のことなのであるが)
  ↑じいたんや親戚との間のことなので、
   他人様から受けた相談として、ぼかして話すのだけれど

彼女は、きちんと問題を把握して、
的確な答えを返してくる。

感情面での理解も示しつつ、解決策もちゃんと打ち出してくる。

はっきり言って、すごい。
「トイレの場所も便器も認知できない人」とは思えない。


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対して、じいたんはというと、
いわゆる「認知の低下」は年齢相応に見られるのだが、
(私に言わせれば、立派に認知症圏…orz
  皆に、ビデオで一部始終とって見せたろかと思う…)

それより何より私が泣かされるのは、
じいたんの「現実吟味能力」が著しく落ちていることである。

まあ、はっきり言って、昔から、
あまりそういう能力は高くない(にぶい)人だった。
それにしても…最近は、ちょっと困ることも出てきている。


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先日、こんなことがあった。

私のもうひとりの祖母が、寝込んでいる。
私と電話で話すその様子は、それほど衰えていないのだが、
いつ彼岸に渡ってもおかしくない程度に、身体が衰弱している。

それで、「見舞いに行きたい」と申し出た。
ショートステイを利用してもらうつもりで。


そしたら、じいたん
「おじいさんとおばあさんも、一緒に行くよ」

私は一瞬、何もいえなかった。
いや、気持ちは嬉しいんだけど。

…長野まで行くのでも去年、ぶつぶつ言っていたのに、無理でしょ…
 (ものすごく遠いのだ)

…道中ずっと、二人のトイレ介助で疲れちゃうと見舞いにならないよ…

…母方の祖母はずっと、我慢して待ってくれている。
 だから、行ったときくらい、ふたりきりでゆっくり話したいんだけど…

…じいたんは、私の母の悪口を私に言う。私また、それに付き合うん?…


ぐるぐる考え込んでいたら、
ばあたん、すかさず

「おじいさん、少し気を遣ったほうがいいわよ」

と突っ込んでくれた(大爆笑)

だが、当然じいたんは、そんなものは意に介さず
ばあたんに

「おばあさんは何もわかっちゃいない。
 お世話になった方なんだよ。
 君はもう、何も解らないんだから、黙っていなさい」

とばあたんの自尊心をえぐるようなことを言う。

 ↑こういう面に配慮がいかないのも
  「現実吟味能力」がない証拠だと思う…orz


この後、ばあたんは、廊下でこっそり泣いていた。
そして認知が急激に低下し、激しい夜間せん妄へと突入していった。


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結局は、その人の本来もつ性格によるのかもしれないけど…
現実吟味能力って大事です。
基礎になっているのは、多分自分以外の人への配慮と愛情です。
俯瞰的な視点から考えることのできる能力。
認知症になっても、これさえ残っていれば、何とかなる。

私も、自分の「現実吟味能力」にあまり自信がないので、
今からでも遅くないから鍛えておかなければならないなと
深く深く、自省する今日この頃です。


追伸:
いくら「現実吟味能力」がなくても、じいたんはじいたん。
まあ、憎むことはできないんですけどね(笑)

一ヶ月前に比べても

2005-07-17 15:46:39 | じいたんばあたん
ここに、一ヶ月前に書きかけ、放っておいた記事がある。
もともとのタイトルは「認知」
ばあたんの、認知レベルについて書いたものだった。

丁度わたしが事故に遭って10日後、
介護できる時間が減ってしまっていた時期の話である。

でも、この時期よりも、さらに認知の低下が進んでしまったばあたん。
やっぱり進行を食い止めることは出来ないのだろうか。


***「認知(6/16の原稿)」**************************

じいたんは、一旦何かに熱中しはじめると、音も何も聞こえない人になる。
書斎にいようが居間にいようが、ものすごい集中力を発揮する(笑)
まだ若かった頃から、じいたんはそういう人だったし、
父もこういう人だったし、
私はもう慣れっこなのだが、

問題は、ばあたんである。

ばあたんは、アルツハイマー型認知症の中期(?)である。
現在の、ばあたんの人物認知力は
「自分を認知してもらえていないと、相手を認知することができない」
レベルなのである。
特に夕方4時くらいから寝るまでが、あやうい。

例えば

洗濯機を回してくれているじいたんの目の前で、
「たまちゃん、おじいちゃんは何処へいったの?」
とうろたえる。

じいたんのいる書斎を覗きこみながら、
「たまちゃんと私しかいないの?他の家族は?」
と、不安げに、私にたずねる。

空っぽの、じいたんのベッドの上を見て、
「たまちゃん、おじいちゃんたら昼間から寝てるわ」
…そこにじいたんは、横たわってはいないのだが。

こんなことは、日常茶飯事である。
ほんの3分前に、じいたんと話したばかりでも。


うっかりすると、外へ誰かを探しに出ようとする。

(実際、わたしがいない時間、外へ出ているときがある。
 親切な近所の人が、そっとばあたんを、玄関まで送り届けてくれるのだ)

******************************************

今は、このときと比べてさらに、進んだ。
まるで、坂を転げ落ちるように認知がどんどん壊れていくのが
毎日通っていても、分かる…。

激しく、間断なく続く、不安の訴え。
不安から出てくる、一見すると了解不能な行動の数々。

「おばあちゃん、なにも、わからないのよ」

その不安が彼女の脳を占拠してしまっているのだろうと思う。
苦しい病である。

夕べ、彼氏がばあたんに、30往復くらいして、トイレの場所を教えていた。
電気のつけ方も新しく工夫して、少しでもばあたんが迷わないように考えてくれた。
ばあたんは、彼氏の誘導が繰り返されるうち、落ち着きをとりもどした。

ただ、ひとつだけ問題がある。
彼女は今、便器を認識できない場合が出てきているのだ。

それでも、願う。
彼氏がばあたんにしてくれた、訓練の繰り返し=愛情が
ばあたんの中にうっすらと残り、
それが、真夜中の彼女を救ってくれることを。

…それでも夕方から朝まで行くというパターンに切り替えないとだめかな、
などと最近は思い始めていたり…
なかなか難しいです。

憑き物が落ちたように、落ち着く。

2005-07-15 23:58:32 | じいたんばあたん
パンくんとジェームズが大好きな、うちのばあたん。
木曜の夜、ばあたんは、わたしの横でにこにこしながらTVを見ている。

未明からの、激しい症状がうそみたいに
午前中のある瞬間、ばあたんはこちら側の世界に帰ってきた。

***********************

今朝、じいたんに許しをもらい、書斎で2時間ほど
仮眠をとった。

その間、ばあたんも眠ったのだが、
目覚めてもいっこうに落ち着く様子がなく、
「今回はなんだか波が激しいな」と思った。

ばあたんは、強迫的に確認行為を繰り返す。
2分で話がループになる。
別のことで気をそらすことは無理。
かえってフラストレーションがたまる印象がある。

だから、延々と、付き合う。そばに居る。

そばにいること、問いかけに答えること、それしか
私に出来ることはない。


そして、ある瞬間。

ばあたんの症状がぴたりと、落ち着いた。

表情のこわばりがすうっと和らぎ、
優しく明るい、眼の光を取り戻した。
何が起こったのかわからなかったくらいに、突然。

私の手をとり、

「…たまちゃん、ありがとう。
 なんだか、おばあちゃん、何も覚えていないのよ。
 でも、とても、幸せな気持ちよ。
 生きているって気がするわ」

にっこりと、笑った。
なんて美しい、無垢な笑顔。

頑張ってよかった。
投げ出さなくて、よかった。
そばにいることしかできなくても、
そんなあたしの許へ
ばあたんは、まだ、かえってきてくれる。


いずれは、もっと病状が進み、
わたしとのコミュニケーションが成り立たなく時期がくるだろう。

でも、
この記憶。この体験の積み重ね。
それが多分、未来の私とばあたんにも光を投げかけてくれる。

今日はぶっ倒れてたけど、
明日からまた、介護猫に戻ろう。

時には丑三つ時の呼び出し。

2005-07-14 07:50:15 | じいたんばあたん
もう明け方に近づいていますね。今、午前四時半です。
今やっと、ばあたんは再び眠りにつきました。
多分5分持たずにベッドから出てくるだろうけど…

祖父母宅の、じいたんの書斎でこの記事を書いています。
たまにはこういう夜もある、ということで
実況中継みたいな記事が書けたらいいなと思い
ノートを立ち上げました。

多分朝まで続くばあたんの症状との闘いをしながら。
さあ、どこまで書けるかな。

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じいたんが夜中、トイレに起きた時
廊下のカーペットがびしょびしょになっていることに気づき、
「すまんが来てくれ」と
わたしに電話をくれたのが、午前2時45分。

とりあえず、
着替えもそこそこに、祖父母宅へ自転車で向かいました。

到着は午前2時58分。

わたしが到着したときには、じいたんは、
椅子でぐったりしていて
声をかけても、眠くて声が出ないというような状態でした。

逆に、ばあたんがひどく、表情を硬くして
おきていました。

ばあたんの話に注意深く耳を傾けながら、
彼女の体を洗い、
紙おむつに下着をチェンジし、
少しだけ、ポカリスエットの水割りを飲んでもらい

ばあたんの不安が和らぐような「昔の家族の話」を
繰り返し寝物語のように、話して聞かせて。

…でも今夜はどうやら「魔の夜」だったようです。
どれだけ傍にいても、工夫しても、
ばあたんは、5分と寝ていることができません。

無理もないと思います。
なぜなら、隣で大きないびきをかいて寝ている、じいたんのことを
認識できないような状態ですので…。
わたしのことは、かろうじてわかるみたい。
それでももし、今、彼女の前で眠ってしまったら
彼女はたちまち、わたしを認識しなくなるでしょう。


来てよかった、傍に住まいをもっていて良かったと思うのはこんなときです。


ばあたん、ずっと夜起きっ放しで、体が衰弱しないか、心配です。


じいたんはじいたんで、
(わたしを呼びつけて自分だけ眠るのが申し訳ないといった具合に)
何とかベッドに入ってもらうのに40分、かかりました。


…あ、今気配が。ばあたんのうごめく気配。

じいたんの書斎から覗いてみると、ばあたんもこちらをそっとのぞいて、
わたしがいると気づくと、
遠慮したようにまた、頭を引っ込める。

たま「ばあたん、遠慮しなくて、いいんだよ。目が覚めたの?」

ばあ「…たまちゃん?」

たま「うん」

ばあ「そこにいる?」

たま「うん、いるよ」

ばあ「どこへおばあちゃんは、泊まっているの
   おばあちゃんは、ひとりじゃ、だめなの。
   おじいちゃんは、どこなの?
   たまちゃんは、何たまちゃん?(苗字を聞きたいらしい)
    」


夜間せん妄と呼ばれる症状は、
夕方から夜にかけてと、未明から明け方にかけて、激しく現れる。

昼夜逆転が起こると、介護はかなりしんどくなる。
今までに何度か経験してきているけれど、
そういう時期が、時折おとずれるのはこの病気の宿命なのかもしれない。


今、朝の6時です。
車の走る音が聞こえ、外は明るくなってきました。

とうとうばあたん、まともに寝ませんでした。
わたしも、ちょっと気持ちの上でピンチ。大丈夫かな。
切れないかなわたし。心配。危ない。

でも、朝6時45分にはヘルパーさんが来て、着替えをし
7時半には、じいたんばあたん二人で食堂へ行きます。

このペースを維持することが、たいせつです。

…上を書いてからまた、せん妄が激しくなり、
今は七時半。やっとじいたんばあたんを食堂に送り出して…

ほっとできる30分の始まりです。
夜間せん妄で眠らなかったということは、
そのまま、今日一日がすさまじい日になると思ってよいだろうから、
しっかりご飯食べなきゃ。

今朝のヘルパーさん、新しい人だけども、
仕事も、手や体の動きも雑で、危険を見過ごす人だったな。
さくっとチェンジしてもらう手配をしよっと。

ちょっと、現場の空気が伝わったらいいなと思いつつ、筆をおきます。

ばあたんの思いやりに、恥じ入る。

2005-07-11 00:53:44 | じいたんばあたん
今夜から、ばあたんに紙おむつを試してもらうことにした。

今までは、何とか普通のショーツのみで過ごしてきた。
なるべく紙おむつを使いたくなかったのと、
どちらかというと便のコントロールで悩んできたからだ。

便は、とりあえず洗えば済むし、おしゃれにも響かないし、
…実のところ、便のみの失禁の場合、
紙おむつだと却って不経済で、かつ手間が増えたりするからだ。


だが。
「トイレを認知できなくて尿失禁を起こす」
そういう段階に来た以上、
紙おむつを一切使わないで過ごすのは、かなりむつかしくなる。
日中はともかく、
夜間から明け方にかけて、つまり、私のいない時間は。


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紙おむつを着用し、上からパジャマのズボンをはかせると、

「なんだか、もこもこするのよ」と、ばあたん。

中に手を突っ込んでみたり、脇から手をにょきっと出してみたり、
びよーんと引っ張ってみたりしている。

しっかり尿を吸い取れるだけのパッドがついているせいだろう。
確かに、股のところが大きめで、見た目にも違和感がある。



でも、金曜の朝に起こったこと

もしも、あれが夜中に起こっていたら。

それに正直なところ、
治りかけの首で、毎日、カーペットの始末に追われるのは辛い。


パジャマが小さすぎるのかもしれない。
ズボンをLサイズに変えてみる。
それで、ちょっとばあたんも落ち着いてくれた。

そこですかさず、言ってみた。


「ばあたん、これはね、生理用品と一緒でね、
 おしっこを、吸ってくれるように出来た下着なの。
 明け方とかね、トイレがなくなっちゃうことがあるでしょう。
 そういう時、ばあたん、困る場合もあると思うから、
 頑張って慣れようね」


どうだろう。嫌がるだろうか。


ばあたんは、すんなり

「そうなの。じゃあ、おしっこ垂れちゃっても大丈夫なのね。
 おばあちゃん、これ、履かせていただくわ。ありがとう」

笑顔で言った。
そして、私の手を取り、言葉を続けた。


「…たまちゃん、おばあちゃんのために
 これを買いに行ってくれた時、恥ずかしい思いをしなかったかしら?
 本当にごめんね。ありがとう」


…自分のことを、とても恥ずかしく思った。

ばあたん、ごめんね。ありがとう。

ショートステイな週末(3)

2005-07-10 23:55:02 | じいたんばあたん
そして今日の夕方。

ばあたんが帰ってきた。

送りの車から飛び出すようにして、私の手を捕まえる。
「どこにいたの?たまちゃん」
遅れて迎えに出たじいたんを見つけ、私を引きずったまま
じいたんの手もぎゅうっと捕まえていた。

「おばあちゃん、頑張ってくれてありがとう」
わたしが言うと、

「たまちゃんがいなかったらどうしようかと思ったわ」
と、ばあたん。
「もう離さないから!」と、
力いっぱい腕を握られてしまった。

じいたんも、ほっとしたのだろう。
ばあたんに力強く引き摺られながら、にこにこしている。

二人仲良く食堂で夕飯を済ませ、
三人で食後のデザートをいただいて少しくつろぐと、
じいたんは、「すっかり安心」といった顔で、
私が帰るまで、ずっと書斎にこもりきりだった。


ばあたんは、明日の朝のための手紙を書く私の隣で、
「どうぶつ奇想天外」を観てにこにこしていた。

私の事故以来、認知が急激に悪くなって、
会話が途切れると不穏になりがちだったのだが、
ショートに行ってきて、
こころなしか快活に、元気になったような気がする。
うれしい。

初日の夜電話した時は、
かなり不穏な様子で心配だったのだが、
杞憂だったようだ。


でも、わたしが、本当にほっとした理由は
たぶん


「ばあたんが、ここにいてくれる」から、なんだろう。

次回のショートステイは、いつになるだろう。

ショートステイな週末(2)

2005-07-10 23:41:02 | じいたんばあたん
徒歩で40分かけて、祖父母宅に戻る。

じいたんは
「おお、お前さん、ご苦労さん。待っていたよ」
「土産にスイカなんぞ、気をつかわなくていいんだよ」
と、ことさら朗らかにふるまおうとする。

わたしも、余計なことは、言わない。

初日、夜の九時に二人で、ばあたんに電話を入れてみる。
少し混乱している様子に、狼狽するじいたん。

泊まることにしておいてよかった、と思った。

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二人で過ごす時間。
ばあたんのいない時間。

普段なら書斎にこもりきりのじいたんが、
私が部屋に帰ってきてから、ずっと居間に座っている。

妻と二人三脚で今まで頑張ってきた分、不安が強いのだろう。


だから、
子供に分数を教える有効な手立て、政治について、
テロのゆくえ、じいたんの子供時代、相対性理論、
介護のありかた、囲碁の定石、他のブログ拝見…

じいたんに話をふられるままに、

普段は出来ないような、
そして、二人して夢中になるような
(わたしとじいたんは、話のネタの好みが似ている)
そんな話を、色々楽しんでみる。

何も手につかない気持ちをさりげなく隠す、じいたんの気遣いに
応える方法が、他に思いつかなかったからだ。

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土曜のデイケアの時、じいたんは、ばあたんに面会した。

彼女はとても落ち着いた様子だったらしい。
だが。

じいたんは、帰りがけ、案内してくれた職員のかたに、
「できればもう、おばあさんを一人で預けたりはしたくない」
と漏らしたらしい。
夜、職員の方からの電話でそのことを知った。

せつなく、やるせない。

私には、帰宅後
「まあ、せいぜい月に一度、三日間くらいだね、お前さん」
なんて、強がりを言っていた、じいたん。

…せつない。いとおしい。

無理に説得しないでおこう、と腹を括った。