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じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

ショートステイな週末(1)

2005-07-10 23:27:20 | じいたんばあたん
当日の朝(金曜日)6時、じいたんから電話が入った。

トイレの位置がわからなくなったばあたんが、失禁した状態で
玄関のドアをガチャガチャしているのを発見して、うろたえたらしい。

取るものもとりあえず飛び出した。

トイレが解らなくなりつつあるのは気づいていたが、
その朝の失禁は、
ショートステイに行くストレスが引き起こしたものかもしれない。

応急処置的に床を片付け、
ばあたんの身体を洗いながら、複雑な気持ちになった。

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ショートステイへの行きがけは、私が付き添った。
じいたんはお留守番。

今回利用するショートステイは、
週三回通っているデイケアの三階にある施設で、
じいたんばあたんにとっては比較的なじみのある場所だ。

それでも、
預けられることが辛いのだろう、からだをぎゅうっと固くして
「わたし、だまされて連れて行かれちゃうの?」
と、ばあたん。

それでも、慣れてもらわないわけにはいかない。

「嘘は絶対にいわないから、もう一度、聞いてね」
ばあたんに、何故ショートを使うか、じっくり説明しなおす。
辛い。

私たちの写真と、書いておいた手紙が
役に立てばいいのだが…

職員のかたが上手に誘導してくれたおかげもあって、
なんとかショートステイに彼女を預け、家路についた。

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今日、帰ってきた時に職員の方から手渡された報告書を見ると、

夜はせん妄が多少出て、落ち着かなかったものの、
徘徊もせず、ぐっすりと睡眠も取れたとのことだった。
じいたんやわたしはどこ?と時々言いつつも、
他の入所者のかたともなじんで、仲良く過ごさせていただいたようだ。

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元来穏やかな性格のばあたん。
少しずつ、少しずつ、慣れていってくれればと思う。

ばあたん、たまを子守りする。

2005-07-06 09:06:22 | じいたんばあたん
昨日は、じいたんばあたんの、かかりつけ医受診日だった。
私も朝から夜中までフル稼働、中抜けなしで頑張らねばの日だった。

だが、そこは久しぶりのせいか、体調がいまいちのせいか、

診察を終えて、
マクドナルドで三人、お昼を食べ
(↑じいたんのリクエスト)

バス停で彼ら二人を、マンション前に停まるバスに乗せ、
私一人だけでかかりつけ薬局に向かい、
蒸し暑い中をとぼとぼと歩いて、

祖父母宅へ戻ったときは、ひどい頭痛とめまいでダウン寸前だった。

さらにまずいことに、
昨日は、午後のヘルパーさんをキャンセルしていた。
病院から、時間までに戻れないと困ると思ったからだ。

薬を飲んで、ばあたんの足許で横になる。
寝転がったままででも、ばあたんを不安にさせないように、
いっぱい話をして…気を紛らわせて…
めまいが少しましになったら、散歩か何か…

ばて気味のわたしを、ばあたんがうちわで扇いでくれる。
「たまちゃん、あついから、しんどいのね。」

ああ、昔、こんなシチュエーション、あったなあ、
なんて思っているうちに、薬が効いてきて、
いつのまにかうとうとしてしまった。



…携帯が鳴った。
はっとして、目が覚めた。
最後に時計を見たときから小一時間経っている。

窓は開けていないはずなのに、涼しくて気持ちいい。


ふと見上げると、

ばあたんが、うちわで、
そっと、扇いでくれていた。
わたしが眠りに引きずり込まれる前とほぼ同じ姿勢で。
穏やかな、表情で。


…もう、どこで用を足すかさえ、認知があやうくなっているというのに。

…自分の名前さえ言えない時があるのに。

…普段なら、何かの用事に私が、気をとられてしまったら、
不安になって、玄関から外へ出て行ってしまうのに。


慈愛に満ちた表情というのは、こういうのを言うのだろうか。
そこに、病気のかげは、かけらもない。

わたしは、思わず
ふざけたふりをして、ごろにゃ~ん!と、
ばあたんの膝の上に頭を乗せる。
…とても、顔を見せられない。

ばあたんの膝に頬をあてながら、思いもかけない言葉が、すべり落ちる。

「なんか、すっごく、幸せだなぁ。」


すると、ばあたんが、歌うように言った。

「おばあちゃんも、とっても、幸せよ。たまちゃん。
 大好きなたまちゃんと、一緒にいるんだもの。
 たまちゃん、とっても、いい気持ち?
          うちわで、やさしく、あおぎましょう」

電気を消して、ベランダで。

2005-07-03 23:37:25 | じいたんばあたん
じいたんは最近、夜、眠る前に
ばあたんを連れてベランダを往復する。

「涼しい時間に、少しでも外の風に当たって歩きたいからね、お前さん」
じいたんは、いつも、そんな風にうそぶく。


でも、本当は違う。

わたしは知っているのだ。

ベランダへ出て、ばあたんと二人、見送るためだ。
夜中に、自転車を漕いで一人、自分の部屋へ帰っていく私を。


せつないやら、心配やらで、つい、

「ねえ、じいたん。見送らなくていいんだよ。
  どうせ明日また来るんだから。
   それにまだ、首と肩が痛いから、あまり手を振れないわ」

そういう私に、じいたんは

「そうか、わかったよ、お前さん。
  今夜は見送らないから、安心してお帰り」

そういって、笑った。



じいたんに「おやすみ」を言い、
ばあたんに頬ずりをして、
玄関に鍵をかけて
エレベーターで1Fまで降りる。

フロントで退出のサインをして、番号札を返却し、
不寝番の人と軽いジョークを交わてから、表へ出た。
風がひんやりしている。

自転車を取りにいくとき、反射的に祖父母宅の窓を見上げた。
すると、なぜか、
部屋のあかりがついていない。



ぴんと来た。


自慢の耳をじっと、澄ませてみる。
二人の話している気配がする。

眼鏡を外し、角度を変えて当て直しながら、バルコニーを凝視する。
闇の中に二つの頭が溶けているような、溶けていないような。

私に気遣いさせないよう、電気を消して見送ろうと、したのだ。


ライトの下に立ち、手に持った白い書類を大きく振りかざす。
ばっさばっさと、振りまわす。
大きな声で、呼びかける。

「じいたん、ばあたん、ありがとう~!」

ひらひらと、たよりなげに振られた手は、ばあたんの手のようだ。

「おやすみ~!大好き!大好きだよぉ!!」

叫ばずにいられなかった。


だって、いま言わなければ、いつ、言うというの。

明日がある保障なんて、どこにもないのだもの。




・・・ぱん、ぱん!・・・

じいたんが、かしわ手を打つような、合図を返してくれた。

じいたん、不思議な木の実を持ち帰る。

2005-07-02 00:34:57 | じいたんばあたん
「去年の秋から今年の春先まで」とは、みちがえるほど
じいたんは元気になった。

医師から一応止められている、散歩に
ばあたんと二人、最近よく出かけるようになっている。
(ちなみに、携帯はなるべく持って出てくれている)

もちろんそれは、ある程度ばあたんを歩かせて、
彼女のストレスを軽減させるためでもあるのだが、
じいたんは、時にばあたんをほったらかしで、
散歩道に咲く花や美しい木に夢中になる。

そんな中での、先日の『戦利品』が、上の写真の木の枝。
広葉樹に、いくつか涼しげな実がぶら下がっている。
(携帯での撮影なのであまりきれいじゃないけど…)

「この木の名前が思い出せないんだよ。お前さん。」

と嬉しそうに取り出して、見せてくれた。

「綺麗な実だね」
とわたしがしげしげと眺めていたら、

「そのー、なんだ、お前さん。
 この名前、調べられるかい?おじいさんも調べたんだが…」


だが、話はそれだけでは終わらなかった。
なぜなら、この実はじいたん的には、「特別なネタ」になると考え
ゲットしてきてくれたからだ。


じいたん曰く、この実を使って、


魚が釣れる


と。本当だろうか。

じいたんの説明によると
「この実の中には毒があってな、魚がぱくっと飲み込むと毒が効いて
 さかなを釣れるというわけさ」

…でもさ、じいたん、
毒にやられた魚、食べて、大丈夫なんでつか?


この青い実を釣竿?の先につけて
あるいは紐の先に結んで、
じーっと魚を待つという光景は、
なかなかにファンタジックで素敵なのだけれど…

ちょっとした山奥の、きれいな水の中で
涼しげな薄緑色の実を、ぱくりと魚がつまむ
そんな様子も、思い浮かべてみれば少し、夢がある気がするけれど…


真相は藪の中。

ま、色々想像できて楽しかったから、いいか。

ばあたん、雨雲の合間に見える青空のように、思い出す。

2005-07-01 02:23:07 | じいたんばあたん
最近、夜も時々1Fフロントで保護されることがある彼女。
昼間も、二人きりにしておくと、
しばしばマンションの住人の方に保護されているようだ。

今日、やっと首のコルセットが取れた私に、安心したのか、
夕方になってから、ばあたんが、口を開いた。


「ねえ、たまちゃん」

「なあに?」

「たまちゃんには、何を言っても大丈夫よね?」

「うん。大丈夫だよ。どうしたの?」

「ねえ、たまちゃん、お手洗いを使いたいときは、どうしたらいいのかしら。
 どこにトイレがあるか分からないの…
 (紙はどうするのか、出したものはそのままでいいのか…etc)」


どうやら彼女の中から、「家にトイレがある」という概念がすっぽり消えてしまったようだ。
あるいは、用足しをするべき場所があることはわかっているのだが、目の前にあってもそれを見つけられない状態…。
便器を便器と理解するのが難しいらしい。

「排泄したものは、このままでいいの?誰が片付けるの?」



…そうか。やっぱり。(↑実際のやりとりはもっと、丁寧に、問い返しながら)


私が事故にあってから三週間以上が過ぎた。
その間に、彼女の認知は著しく低下したようだ。

じいたんが、お散歩などにがんばって連れて行ってくれているけれど、
「話す・歌う・共に作業する」の三点セットがないとやはり
ばあたんは、不活発になってしまうようである。

夫の愛情によって、メンタルな面では比較的落ち着いているようなのだが、

時計を読むことが再び出来なくなり、字も、再び書けなくなった。
漢字も(彼女のもともとの能力に比して)殆ど読めない。

また、適切な表現で話すことができないことがある。
たとえば「トイレを折りたたんで持っていくの?」
    (↑外ではどうしたらいいの?という意味のようだ)

表現が変になるのには、訳がある。
それは、彼女の自尊心がなせる業なのだと思う。
「こんなことを聞いたら、おかしいというのがわかってしまう」

そういうときは、「何を話しても大丈夫」ということを、
いろんな方法で、繰り返し伝え続けて、
彼女がいまどんな状況におかれているのかを理解しなければならない。



なので今日は、じいたんには、
最近買った中でヒットだった二冊の本を貸して、
(じいたんも絶対、楽しんで読む、と自信があったのだ)
ずっとばあたんにつきっきりで過ごした。





そんな一日の終わり。もう眠る前、洗濯物を一緒に干していたら、
不意にばあたんが、

「ねえ、たまちゃん。おー伯父さんはどこ?
 姿が見えないんだけど…」

たま「ん?(◎◎伯父の来訪を思い出したのかな)」

ばあ「だっておーちゃん、泊まりに来ていたじゃない。
   もう、帰っちゃったの?」

たま「(慎重に)うん。そうだよ。
   (おそるおそる)
   …おー伯父さんは遠くで暮らしているからねぇ。」

ばあ「◎◎だったよねぇ。こんな暗くなってから帰ったのかしら、大丈夫かしら…」
  「せっかく息子が遠くから来てくれたのに、
   さよならのあいさつをしなかった気がするのよ…」


…ひっくり返りそうになった。

昏い色の雲が立ち込めたような彼女の意識に、いきなり青空がのぞいた瞬間。


ここのところ、ぷち徘徊や、ぷち周辺症状が出ていたばあたんが。
今、伯父が◎◎に住んでいることを、思い出せている。
(たとえ5分後には消えてしまうとしても)

伯父が訪ねてきてくれた、先週末の記憶が今日のものと誤認されていたって、
そんな細かいことは、この際どうでもいい。


ばあたんのなかには、ちゃんと彼女自身のたましいが、昔のまま入っている。


「アルツハイマーは、進行性で、死に至る病です。
 できることは、アリセプトの処方くらいです」


…それ、本当なの?



今日みたいな場面に出会うとき、いつも目撃者が私だけ
ということが、本当に残念で悔しい。

伯父に、見せたかった。
あの時伯父がいれば、ちゃんとばあたんと話せたのに。

コルセットも外れたし、話すのも楽になったから、
色々な挑戦をまた始める。
薬だけに頼らない。諦めるつもりなんか全然ない。
彼女が、不治の病と自覚していることも、治りたいと望んでいることも、
あたしは知っている。だから。

明日は、ばあたんの生んだ子供たちの話を、聞かせよう。
「あめあめ ふれふれ かあさんが」を、替え歌にして。

「家族で過ごす時間」

2005-06-26 09:29:39 | じいたんばあたん
昨日の夕方に伯父が帰っていった後、じいたんが、
穏やかな表情で、ぽつりと言った。

「なあ、お前さん。
 家族で集まって過ごすのは、やはり楽しいものだなぁ」



うん。そうだね、じいたん。
じいたん、ずっと頑張ってきたんだもんね。


前の夜、じいたんばあたんと、ばうたま、伯父、5人で過ごした。
私と伯父が色々話し、ばうがばあたんの相手をしている間
じいたんは、椅子でうたた寝をしていた。

気になって、「じいたん、布団に入る?」ってたずねてみたけれど、
じいたんは、目をふと開けて、「眠くないよ」と言った。
そしてまたうつらうつらしていた。

きっと、あの空気の中で
うとうとしているのが、幸せなのだ。
本当は、身体にはさわるけれど
じいたんの好きにさせてあげたいなって思った。


伯父の来訪で、
色んな、優しい、泣きたくなるような感情を
たくさん体験した。
どれを書けばいいのか、わからなかった。
それで夕べはとうとう、更新できないまま床に就いた。


でも、じいたんのこの一言に尽きる
そう思ったので

団欒の中で幸せそうに目をつぶるじいたんのことを
かきのこしておこうと思います。

じいたん、よかったね。
あたしも、うれしかった。
長生きしてね。

長生きして、もっといっぱい、人生のボーナスを受け取って。



追伸:

皆で食べた中華料理も、おいしかったね。
伯父さんが、取り分けてくれたの
おいしかったよね。

ばあたんと、伯父さんが手をつないで前をあるいていく
じいたん、その後姿を見て、笑っていたね。
嬉しかったんだね。

ばあたんが眠るとき、手を振ってくれた
伯父さんの笑顔、すごくすごく優しかったね。

いいこと、いっぱいあったね。

長生きしてね。
もっともっと、いいこといっぱいあるから。
毎日の普通の生活、積み重ねていこうね。
たまも、お二人のそばに、いるからね。


…ああ、

やっと、涙がでました。

ありがとう。

じいたんの行きたいところ

2005-06-24 00:00:35 | じいたんばあたん
”ばうたまじいばあ”四人で、夏、ちょっと遠出したいねぇ…
なんて、居間で話していたときのこと。

突然、じいたんが言った。

「お前さん、海外旅行なんぞに行ってみたいとは思わんのかね?
 まあ、いつも本さえあればお前さん、幸せそうにしているが、
 人生それではいけないよ」

それはそうだ。
でもさ。今、介護してて無理だし。
てか、行きたいところは安くすまないところだし…
と思いつつ、答えてみた。

「一応、行きたいところあるんやよ。ガラパゴス!」


私が無邪気に答えると、何故かじいたん、してやったりという顔で
こうのたまった。

「お前さんらしいなぁ。
 でも、おじいさんの行きたい所だって、すごいぞ

…んん?去年、「もう旅行なんて無理だ」って
ごねてたじゃん?

「お前さんはきっと知らんだろうさ。
 フィリッピンの下にある、あの、なんだ、…」

じいたん…?なんかさ、らしくないんだけど。

おそるおそる言ってみる。
「…オーストラリア?」

じいたんぱあっと顔を明るくして、
「それだそれだ、オーストラリアだ」と唾を飛ばした。

…すかさず、突っ込みを入れてしまった。

「なんかさー、今までの海外旅行と、傾向が違うんじゃない?」
 (「ばあたんが元気だった内に連れて行ってやってくれよ!!」、という皮肉がちょっぴり)


そうなのだ。
大体、じいたんはは、85歳くらいまで、


エジプトで、添乗員の制止を振り切ってピラミッドによじ登ったり、

中国の僻地の遺跡で、壁すらない穴だけのトイレを使って来たり、

メキシコ行ったついでにカリブ海でパンツ一丁で遠泳してみたり、

そういう「歴史と遺跡」みたいなものが関係しているなど、
変わった旅行をするのが趣味だったのだ。
(ちなみにばあたんは、内心、諦めて付き合っていたようだ)


だが、じいたんは何も、変わっちゃいなかった。

「そうでもないんだよ、お前さん。
 わしは、あの国にある、大きな一枚岩に登ってみたいんだ


…はぁ???

じいたん、それって…エアーズロックのことでつか?(汗)


ああ、びっくりした。

でも嬉しかった。
「わしは早く死んでしまいたい」が一時、口癖だったじいたんが、
行きたい海外がある、って言えるようになったのだから。

日々進化してゆく、じいたん。 あなたの冒険は果てしないのね…



じいたん、折り合いをつける。

2005-06-19 23:47:02 | じいたんばあたん
最近、じいたんはばあたんを連れて、二人で散歩に行く。


本当は医師からは止められているのだが

「お前さん、先生には内緒にしておけばいいじゃないか」
というじいたんの屁理屈に勝てず、
諦め半分で、二人で散歩に行ってもらう。

じいたんとしては
「たまの負担を少しでも軽くしよう」
という気持ちも、あってのことなのだ。
(いや、それなら、頼むからショート使ってくれ…と
 ツッコミを入れたくなるけど、猫には口はないのだ(笑))

いちおう、
「車の通るところはなるべく歩かないでね、公園とかにしてね」
 (ばあたんは、歩道と車道の区別がつかない。信号も分からない)
と”おねがい”だけはしているのだが
   ↑※ここポイント。”おねがい”するだけなら
     じいたんも圧迫感なく聞いてくれるし、
     考えてくれる。

じいたんは
「わかってる、わかってる」といいながら
翌日には
「○○のバス停まで歩いていって、帰りはバスで還ってきたよ」
と、嬉しそうに私に報告してくれる(笑)
 (それでこそ、じいたんなのですが…)


でも今日は、

母方の祖母のこともあるので、私は昼も自宅にいた。
心配でたまらなかった。
だから、
ちょっとだけ、泣き落としてみた。

たま
「今、わたし、怪我で自由が利きにくいでしょう。
 これで今、じいたんたちに何かあったらどうしようって
 すごい心配なんよ…
 その気持ちだけはわかってや。口うるさくて、かんにんな。」

じい
「ああわかっているとも。公園に行くから心配しないで
 待っていておくれ。」


…仕方なく、待った。
 散歩から戻ったら、電話をくれるだろうと思いながら。


そしたら。
何と。
じいたん、散歩先から私に、電話してきたのだ。

「やあ、お前さん。おじいさんだよ。
 お前たち(私と妹)がくれた携帯電話を持って来たんだ。
 今、○○公園の高台でおばあさんと二人、休んでいるのさ。
 ここなら電波も通じるだろうと思ってな。」


あれほど携帯を使うのをいやがっていたじいたんが、
(教えても教えても覚えられず、それが辛かったようだ)

私の心配と、じいたんの欲求の折り合う位置を見つけて、
がんばってくれたのだ。

「じいたん!かっこいい!!
 めちゃめちゃかっこいいよ!!」
と叫ぶ私に

「そうか?」
と、少し嬉しそうなじいたん。

じいたん、ありがとう。
実は、携帯くらいじゃ心配が減るわけじゃないんだけど、
その気持ちが、
あたしのために、新しいことにトライしてくれるじいたんが、
うれしかったよ。

「そうやで。めっちゃかっこいいで。
 90代になってから携帯使えるようになる人なんて、
 そんなにいてへんで~!
 じいたん、ありがとうな~!!」

じいたんは照れている。

そこで間髪いれずに
「少しでも気分が悪いと思ったら、三番と、青いボタン押してね。
 自分でかけられへんときは、
 近くの人に、電話渡してね。
 たま、すぐ飛んでいくからね」

そう、少しずつ、そろ~り、そろ~り、
用心深く、待つのだ。
じいたんが、少しずつ、色んなことを
受け入れながら、
自分の力で、尊厳を護れるようになるのを。

「たまちゃん、ごめんね…」

2005-06-16 06:08:16 | じいたんばあたん
一度だけ、たった一度だけだが
ばあたんに、絶対言わせたくない種類の「ごめんね」を
言わせてしまったことがある。

もう、二度と犯したくない、過ち。
眠れない明け方、
ばあたんが、ひとり目を覚ましているかもしれない、
この時間に、書き残してみようと思う。

-------------------

その日の夜、私は、うわの空だった。

うわの空のまま、
ばあたんの繰り返しの話に相槌を打ち、
3分おきに訊ねられる、一定の質問に答え続けていた。


ばあたんからは、毎日のようにこぼれる、「彼ら」の名前。
私の名前が分からないとき、ばあたんの口からこぼれる、名前。

それだけの深い思いが、ばあたんのなかに、ある。
ばあたんの、大事なひとたち。
それは、充分、わかっている。頭では、わかっているつもりだ。

だけど。

ばあたん。
ばあたんのことなんか忘れて、あいつら好き勝手してるよ。
遠いところで今、あたしの母方の祖母がもうヤバイって知ってて、これだよ。
なのに、
そんな奴らのこと、赦せっていうの。
そんな奴らの「ふり」を、あたしに演じろというの。
そんな奴らと、あたしを、間違えるの。

 ちがう。間違えてるんじゃない。
 ばあたんは、必死で、覚えている名前を羅列しているだけなのだ。
 分かってる。
 分かってる。
 分かってるの。
 だけど。

 だけど。

ちくしょう。ちくしょう!ちくしょう!!

…やり場のない怒りが私を襲って、



「…。」

何を呟いたのか、あの時。



はっとしたときには、
もう、遅かった。



「たまちゃん、ごめんね…」

搾り出すような、ばあたんの声。


ざっくりと傷つけられた、彼女の自尊心。
何もわからない、苛立ち。
目の前の人を傷つけてしまう、悲しみ。
そして、それら全てを抑えて
「自分が悪い」と伝えようとする、その気持ち。

そんなものが、ない交ぜになった、そんな声。
それでも、一粒の涙もこぼさないのは、わたしのためだ。


自分がしでかしたことに、一瞬、呆然とした。

慌てて、謝った。
ばあたんの頭をがばっと、胸に抱きしめて。
目から鼻から勝手に、液体がどばどば出てくる。

「ばあたん…、ごめん!ごめん…!!」

声にならない声で、それでも、言わずにいられない。

「ばあたんごめんな。ばあたんは悪うないねんで。
 わかってても、辛いねん。
 ○○って呼ばれるの、辛いねん。
 どうしても、今日は、あかんみたいやねん。
 ごめんな、こんなんで、ゆるしてや。ゆるしてや。。。」

私が泣くべきではないのに。
泣きたいのは、ばあたんの方なのに。
病んだ脳の中、絶海の孤島に、ひとり閉じ込められて。

もう十分、傷ついて、辛い思いをしているのに。

もう十分、何も分からない恐怖と不安に耐えているというのに。


・・・抵抗できない人に、殴りかかるような真似を。



「いいのよ。たまちゃん…」

ばあたんの、いつもの声。

いつのまにか、
私のほうがばあたんに、抱きしめられている。


泣き止むことすらできない私の
身体を力いっぱい、
ぎゅうっと抱きしめながら
ばあたんは、くりかえし言う。

「辛い思いをさせて、ごめんね。たまちゃん。
 たまちゃんは、悪くないのよ。
 どうか、自分を、責めないでちょうだい。

 おばあちゃんはね、大丈夫だから。
 たまちゃんが、そばにいてくれるんだもの。

 おばあちゃんはね、たまちゃんが誰なのか、わからないの。
 でも、たまちゃんのことが、大好きなのよ。

 どんなことがあっても、それだけは、変わらないの。」

じいたん、熟睡する。

2005-06-14 15:04:51 | じいたんばあたん
「お前さん、おじいさんを信じて、しばらくしっかり休んでくれ。」
のひとことに覚悟を決めて、土日はひたすら眠りまくった。

そして月曜の夕方、デイケアから戻った祖父母のところへ顔を出した。


「おお、たま、良く来てくれたね。」

挨拶もそこそこに家事に手をつけようとした私を、
ほとんど無理やりソファに座らせ、
じいたんは、ゆらりと台所に立つ。

目もあまり見えないのに、慎重に包丁を取り出し
私の、何倍もの時間をかけて、ゆっくりと切り分ける。

そうして出されたタルトを見ると、薄く薄く、スライスされている。
首にコルセットをはめている私でも、食べやすいように。

「食べやすい!おいしい!」と声をあげるわたしに、
じいたんは
「そうか、そうか」と目を細めて笑う。
老いた身体から「生きてて良かった」オーラを放って、
うれしそうに、私がタルトを食べる様子を眺めている


二人が食堂へと降りている間、デイケアの連絡帳をみた。

「奥様の介護でお疲れなのかもしれません」とのこと。
私が怪我をしてからというもの、じいたんは
デイケアではうとうとしていることが増えているようだ。

食堂から戻ってきたじいたんの顔を改めてみると、
心なしかむくみが出ている。
私が不在である時間が長いせいで、
ばあたんの散歩などで無理をしているのではないか。

「いや、お前さん、朝はすっきりしているんだよ。
 それよりもだ。
 お前さん、母方のお祖母さんの具合はどうなのかね」

じいたんに話をうまくはぐらかされ、
つい、明日から検査入院する母方の祖母のことを色々と報告する。

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ばあたんは、覚えていない人の話題が出ると、不安になる。
「私、どんな方だったか思い出せないのよ…」
そこから、兄弟の名前を何度も数え、
少女時代のエピソードを延々と話す、
繰り返しのスパイラルのなかへと、落ちていく。

ものすごい力で私の二の腕を捕まえるばあたん。
言葉は淡々とつむがれるが、表情が、叫んでいる。
こればっかりはもう、仕方がない。
日が昇る前後と、日が沈む前後は、そういう時間でもあるのだ。

いったんこうなってしまうと、
ばあたんに全神経を集中させなければならない。
そんな私の様子をしっかりと感じて初めて、
ばあたんは徐々に、落ち着きを取り戻していく。

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ひとしきり、ばあたんが安心するまで話を聞いて、
ふと静かになったじいたんを見ると、


湯呑みを持ったまま、椅子でぐっすり眠りこけている。
何度か声をかけても目を覚まさない。
熟睡しているようだ。
安心しきった寝顔と、規則正しい寝息。

普段なら寝ぼけながらでも返事してくれるのに。


ああ、こんなに疲れていたんだ、じいたん。

泣けてきた。


「たまちゃん、どうしたの?」
心配そうに覗き込む、”見慣れた”ばあたんの顔で我に返り、
じいたんの手からそっと、湯呑みを外して
ひざ掛けをかけた。

「じいたんをびっくりさせようか、ばあたん」
ばあたんの手をとって、歌を歌いながら、お風呂場に向かう。

じいたんの手には負えない種類の洗濯物を、
今のうちに、こっそり、きれいに洗っておこう。