「箱根仙石原二ホンジカ問題」現地見学会レポート
NPO法人小田原山盛の会 (記録;兵頭昌雄・編集;川島範子・監修;古林賢恒)

仙石原のゴルフ場に出没するシカ

仙石原湿原周辺のシカの生活痕跡
(採食痕、糞、ぬたば、剥皮害をGPSカメラで撮影した位置情報を示す。2016仙石原緊急報告書より)
日時 2016年10月27日9:30-15:40
場所 箱根町仙石原一帯
参加者の所属と(人数)
行政・関係機関など:環境省箱根自然環境事務所(2)、東京神奈川森林管理署(2) 県自然環境保全センター(2)、県政総合センター(2)、小田原市役所(3)、箱根町役場(3)、箱根ビジターセンター(2)、小田原市森林組合(1)
一般団体など: 野生生物保護管理事務所(1)、 日本大学生物資源科学部(1)有機農法研究会(1)、箱根を守る会(1)、丹沢ブナ党(3)、美しい久野里地里山協議会(1)、神奈川森林インストラクター(1)、一般市民(5)小田原山盛の会(7、古林氏含む)、報道各社(4) 合計42名
主催 NPO法人小田原山盛の会
後援 神奈川県、箱根町、ブリの森づくりプロジェクト
見学会の目的
今回の見学会は、天然記念物湿生植物群落のある仙石原地区を中心に、シカ問題の解決に向けて
1)冬の主要な食性になっているアオキに対する異常な採食状況、
2)6月から11月の植物成長期間の主要な餌場とそこでのシカの生活痕跡、
3)箱根町の町有林、片平地区で植樹をした場所におけるシカによる被害状況、
4)環境省が行っている「植生保護フェンス」の内外の植生の状況
を見学し、シカが低密度といわれている仙石原ですでに何が起こっているのかを先ずは認識していただくことに始まります。次ぎに、鳥獣保護エリアであり、観光地であるエリアにおいてシカの個体数をコントロールする手法について具体的な案を考え、さらには、これから急激に拡大する被害対策にむけて全国で行われている情報を戴き、意見を交換する場とすることを目的として開催することになりました。
経過
受付・主催者挨拶 9:30 (車で移動)
別荘地隣のヒノキ林 9:45-10:05
当日の講師である古林賢恒氏(元東京農工大森林生物保全学、小田原山盛の会シカ調査を指導)から、緊急報告書(仙石原のゴルフ場、湿生植物群落周辺におけるシカの生活痕調査)を使いながら、ヒノキ林の林床に生育しているアオキがシカにとっての冬期の主要な餌となっていることが説明された。現地では、シカの口が届く範囲のアオキの葉が採食されてできるディアラインが観察された。また、それより高い枝は噛み折られ、葉が食べられていた。全てのアオキに採食圧がかかっており、一旦葉が無くなっていた4月に比べると1生育シーズンを経過して回復していたが、いずれも葉が小型化していた。
古林賢恒氏:In vitro乾物消化率や粗タンパク質含有量についてみると、ササやスギ・ヒノキの葉よりもアオキは栄養価の高い食べ物である。アオキを食べている中は良いが、アオキがなくなってくるとどのようなことが待っているのだろうか。冬には常緑性の植物しか存在しないことから、スギ・ヒノキの葉やササの葉が利用されることになるだろう。つまり、被害問題が発生してくる。分布域が広いアオキを指標植物にしてシカの個体数をコントロールする手法は、アオキが優占するエリアでは都合が良い。アオキは、シカの過食圧によって起こる植生の劣化を指標する植物として重要な位置にある。
なお、アオキがシカの採食圧に対して敏感に反応することの実験を丸太の森で行っている。その結果について参考までに簡単に紹介しておく。
シカの採食を模倣したアオキの葉の摘み取り試験
2016年2月26日に全ての葉を摘み取った。ただし成長点はそのままにした。
3ヶ月後の5月26日と6ヶ月後の8月26日に回復状況を調査した。(9ヶ月後にも調査予定)100%摘み取った時点で、全ての個体(41個体)に関して、葉面積を計測した。それを100として葉面積の回復率を追跡調査することで、シカが葉を採食した際の影響を調
べた。
摘み取って3ヶ月後の回復 42.8±10.3%(n=11)
摘み取って6ヶ月後の回復 43.6±12.2%(n=11)
現時点では、冬期に葉が100%の採食を受けるとダメージがあり、葉の回復率は50%以下になることがわかった。
葉面積が低くなるのは、葉のサイズがもとと同じで、枚数が減少した結果ではなく、葉が小型化したことにより、葉面積が減少したことがわかった。
色々な場所でアオキを観察していると枯死個体が多いことから、枯死に至る経緯を今後も追跡しなければならない。それによってシカの採食圧に対してどの程度敏感に反応するのかがわかってくる。つまり、アオキの耐性テストである。

2月26日時点(個体No.1)

5月26日時点(個体No.1)

2月26日時点(個体No.37)

8月26日時点(個体No.37)
同じような距離から接写していることが、赤白ポールや2.5cm画に穴の空いている板を見てわかる。
No.37は、先端が二股になり、葉が明らかに小型化している。No.1は、葉が明らかに小型化している。
(車で移動)
ゴルフ場の植物性廃棄物置き場 10:20―10:45
ゴルフ場で刈り取られたシバ、木の枝などが置き場に廃棄されている。その面積は大きく、ざっと見て1-2ヘクタール程度の開放的な場所になっている。そのため、パイオニア植物が多くの場所で繁茂し、格好のシカの餌場になっている。

シバ捨て場にて採食痕の説明(古林氏)

餌場に出入りしている大小のシカの足跡
古林賢恒氏:この場所は開けて明るい環境にあるため草本がよく繁茂し、シカにとって脂肪を蓄積し、体重を増加させなければならない夏期の主要なエサ場になっている。イタドリ、ヨモギその他の草本類の葉や茎が採食され、低木は盆栽状になっている。シカの分布が1平方キロあたり2頭程度の低密度であっても、このような餌場には三々五々に集合し、通常、餌場集団といわれるが、ゴルフ場内で観察されているシカの頭数から判断すると多いときには5頭から10頭前後の母仔ジカのグループが形成されている可能性がある。そのとき、この主要な餌場を含む生息密度は、最低でも1平方キロあたり5頭-10頭という計算になる。決して低いという密度ではない。更に考えなければならないのは、行動圏のサイズである。50haから100ha程度の大きさになるだろう。その範囲における植生が経年的に食圧を受け劣化していくことである。現地では多くのシカの足跡、採食痕跡、矮性化した低木、頻繁に使用されている獣道、オスジカの使ったwallow(ヌタ場、シカの体毛を確認)が見られ、この時期には、雄も雌グループもよく利用していることがわかる。
濱崎伸一郎氏(野生生物保護管理事務所):シカは生活しやすいところに集中する傾向がある。通常、シカの生息密度は1平方kmで算出している。一様に分布するのではなく、住みやすい所では密度が高くなる。
古林賢恒氏:シカは一様分布するのではなく、栄養価の高い餌が豊富に存在する場所に集まってくるため、時間を区切ってみれば高い密度のところと低い密度のところ、いないところというように分布状況は濃淡になっている。それを平均して1平方km当たり何頭いるというように表現する。集まってくる密度の高いところを含むエリアでは、アオキの異常な採食状況、低木の矮性化といった現象が出現していることを確認いただいた。密度が低いから問題はないというのは、事実に合わない適当でいい加減な考察といえる。シカが集まるホットスポットが多くなればなるほど全体のシカの密度が高くなっていく。仙石原はすでに個体数コントロールが必要な現場になっている。後で見る箱根町がセットした囲いワナは、ホットスポットにあり、時期といい、場所といい、的を射た捕獲である。 (車で移動)
片平地区の町有林植栽地 11:00-11:40
片平地区町有林では、広葉樹混交林事業として平成13年、20年、21年に、ヒノキ林の間にイロハモミジ、ヤマザクラ、ヤマボウシ、ヒメシャラの4種の苗がヘクタール当たり1,000本植栽された。このうち、小田原山盛の会の調査によると、現在約50%の個体しか残っていない。残っている個体もシカによる枝葉食い、枝角こすり、幹折りの被害を受けている。(配布資料)。これらの被害木は枯死したり、近い将来枯死すると思われる。これらの苗は植栽時にプラスチック製でチューブ状のツリーシェルターを設置してあった。そのためにシカの採食圧を受けなかった。現在はそれが劣化し、多くは剥がれ落ち地表に散乱している。現地では古林氏の説明を受け、全員で被害の様子を観察した。

雄ジカの角こすりについて説明する古林氏

角こすりによって剥皮害を受けた広葉樹苗

雄ジカの角こすりによって損傷したヒノキ

シカの角を使い角コスリの実演(古林氏)

竹による保護柵の試作品

竹による保護柵の試作品
古林賢恒氏:角こすりはオスのシカによる。オスのシカは春になると袋角が生えてくるが、秋には角が骨化し周りの皮膚をはがすために角を細い樹木にこすり付ける。そのような動作は習性のようで、何度も繰り返し行っていると考えられる。その結果、角は磨かれて白くなり、光があたるときらきらと輝いて見えると言われている。その一方で、こすられた樹木は樹皮がはがされる被害にあう。
また、現地ではヒノキの成木に対するシカによる樹皮剝ぎの被害についても観察した。角を研いたり、甘皮を採食している痕跡である。
シカの樹木に対する被害を防止するために、小田原山盛の会(会役員の天野氏)が3種類の柵を考案し現地に仮設した。これらの柵について説明があった。そのうちの2種は苗木を守るためのシェルターで、緑色の金網または黒い金網で苗木を囲む。マンデイフェンス(単木保護)である。緑色の金網は色彩が目立ち景観上好ましくない。黒いものは目立たなかった。もう一種はヒノキの幹を守るために竹を短冊状に割って紐で編んだもので、それを幹に巻きつける。この柵は樹皮剝ぎの防止に役に立ち、景観上も色彩が目立たず問題ないと思われる。里地里山では、孟宗竹の分布が拡がり、邪魔者になっている
場所が多い。邪魔者のタケを取り除き、森林地帯でおこるシカ被害対策に使う、一石二鳥の話に聞こえたのは私だけだろうか。
現場近くで、箱根地域で最大と思われるワロウ(wallow、ヌタ場)を観察した。

最大級のヌタ場(シカの体毛を確認)
耕牧舎石碑(長尾峠入口)付近に設置されたシカ柵 11:50-12:30
環境省が2010年に設置した植生保護柵(ゾーンデイフェンス)について、環境省箱根自然環境事務所の宍戸弘城氏より説明があった。

植生保護柵の説明をする宍戸氏(奥)
保護柵の中ではアオキとシロヨメナが再生・繁茂
宍戸弘城氏:箱根地域の5か所に10m×10mの保護柵を設置したうちの一つである。柵の内外にコドラートを設定し、植生調査を行っている。調査はパークボランティアが担当している。生育する植物のうち被度の大きい植物種について、内外の被度の比較を行った。ここでは柵内外で違いがあり、シカによる被害があることがわかった。また、監視カメラを設置しているが、実際にシカが撮影されている。箱根の他地区に設置した柵では芦ノ湖岸の白浜では差がある。他の、例えば三国山の柵では差はないが、現在箱根ではシカの被害は全体的に広がっているわけではなく、モザイク状で濃淡があるので、植生保護柵の場所で被害がないからといって、三国山全体として全く被害がないとは言えない。今後被害が全体的に広がってくれば全ての柵に影響が現れてくるであろう。
古林賢恒氏:丹沢では保護柵の内外で一見して明らかな植生の違いがある。保護柵を設置することで生育する植物種のジーン(遺伝子)を保存することが可能である。丹沢では人工林を保護する柵は勿論のこと、高標高地帯に出現するブナが優占する落葉性の広葉樹林にも延々と柵が設置されていった。総延長約2,000kmの柵が設置されていると聞く。また、その周辺部ではワイルドライフレンジジャーによる捕獲を行っている。フェンスの効果により、多くの見かけなくなっていた植物が柵の中で息を吹き返している。また、シカの個体数をコントロールする際に、柵の内外での植生の差がシカの個体数コントロールの指標になっている。柵外の植生をどの程度まで回復させるのか、そのときのシカの密度がどの程度になっているのか継続して調査を進め、シカ管理のマニュアルを確立させてほしい。
耕牧舎跡石碑エリアでイヌツゲのディアラインを観察し、車で移動。
仙石原浄水センター 12:40 仙石原浄水センター広場にて昼食。
誘引式囲いワナ 13:10―13:30
箱根町が設置した誘引式囲いワナ
箱根町がシカ捕獲のために浄水センター構内に設置した囲いワナを見学した。箱根町の遠藤高志氏より説明があった。
遠藤高志氏:囲いワナは1基45万円。 現在山北町で設置しているわなと同様のものである。生ヘイキューブを週3回程度餌として与え、シカが慣れて囲いに出入りするようになったことを監視カメラで確認し、捕獲している。10月14日には2頭のシカが捕獲された。中に張ってあるワイヤーに2頭目が接触して扉が落ちた。
参加者:ここで得られた結果について記録を残し、是非公開してもらいたい。ヘイキューブに醤油を垂らす所もあるとか、餌としてアオキはどうか。
参加者:シカの誘引効果として鉄分や塩分を混ぜたものが効果的であると言われているが、使用してみてはどうか。
小笹:現在「ユクル」という鉄分と塩分を含んだ固形物を使用中である。センサーカメラでの観察経過では未だ誘引効果は得られていない。「ユクル」担当者の話によると、「ユクル」自体に(執着させ、そこにいさせ続ける)定着効果はあるが、匂い等でおびき寄せる誘引効果がないとのことであった。町としてはシカに「ユクル」を気付かせる方法について模索中である。
話題提供と意見交換会
13:30-15:40
仙石原浄水センター広場で話題提供者が資料をもとに話をし、意見交換が行われた。

話題提供と意見交換会風景
古林賢恒氏:仙石原地区の航空写真を示し、今日見学した地域の概要が説明された。ゴルフ場の周り、浄水センター敷地の草地がシカの主要なエサ場になっていて、シカは、早川を渡渉して湿生花園、湿生植物群落やススキ原に容易に接近できることから、早急にシカ対策を行う必要がある。シカの生活痕跡は、天然記念物の周辺で沢山確認されている。鳥獣保護区になっていること、観光地であることから、今後シカとどのように付き合っていくのか、つまり、捕獲一つを取っても大変な場所である。広場に設置されている囲いワナやそれに変わるワナを主要な餌場に設置するなど、シカとのつきあい方が問われる。今一つ、小田原駅から車で10分、坊所という場所がある。里地里山の一つである。そこでも最近シカの出没が多くなり、苦慮されている。有機農法をやっておられ、シカの防除に人一倍熱心な石綿さんが見えておられるので、お話しを戴きたい。
石綿信之氏(小田原有機農法研究会):配布資料をもとに小田原市久野坊所におけるシカとイノシシについて説明があった。約10年前からイノシシが増加し、また2011年ころからシカが監視カメラに映るようになった。このため2014年から監視カメラを用いて定点観測を始めた。
2016年4月~10月におけるシカ目撃記録、5月~10月のくくり罠によるシカ捕獲記録、2012年~16年10月17日までのシカとイノシシの捕獲数が資料で示された。特に今年5月以降に両者の捕獲数が増加し、6頭のシカと12頭のイノシシを捕獲した。
交尾期になるとカメラに写るシカの頻度が非常に高くなる。
罠にかかるシカは今のところオスジカが多いが、メスグループもよく写っている。今後、再造林によりシカが増えると坊所に分散してく個体が増える。被害が懸念される。シカ対策をこれまで以上にしっかりとやっていただきたい。
柏木聰氏(仙石原野生鳥獣クリニック):資料を基に捕獲された8頭のシカの胃の内容物の調査結果が示された。胃内容物としてミカン、キウイフルーツ、どんぐりなどが確認できた。
これらは採食されても現場に痕跡が残らない、食
痕調査ではわからないものである。食痕調査と胃内容物の併用で、シカの食性を明らかにすることに意味がある。胃内容物から出現したミカンはかなりの量であった。農業被害が存在するが、農家も被害に気付いていない可能性が高いのではないだろうか。これからもワナ捕獲による個体の胃内容物を分析し、農業被害に関しても追跡していかなければならない。その他、胃から検出された植物種が38種あった。
三谷奈保氏(日本大学生物資源科学部):丹沢山地塔ノ岳での1994年1月~12月までの各月における採食種類と採食時間割合の表をもとにシカの植生について説明があった。
丹沢では冬期はササを食べるが、春から夏では土崩れを防ぐために植えられた牧草や木の葉を食べる。木の葉は食べつくされる。秋には落ち葉を食べる。柏木氏のデータで箱根地域のシカの胃内にはササがない。他に栄養があるものがあればそれを食べるためである。シカはキノコが好きで、どこにあるかを覚えているらしい。キノコのあるところに近づくとまっしぐらに向かって進んでいく。
ミカンは山中では手に入らない。ミカンがある場所はシカが覚えているはず。そのシカの仔はミカンを食べるのが習性となり被害が拡大する懸念がある。
古林賢恒氏:奈良のシカは、母親がポップコーンを食べないとその仔も食べない。母親が食べるとその仔も食べる、という関係が認められた。
柏木聰氏:丹沢では冬期にササを食べるが、坊所のシカの胃からはササが出ない。
古林賢恒氏:その理由としては色々なことが考えられるが、一つには、畑の放棄地や道ばたに乾物消化率が高く、粗タンパク質含有量の高いえさ植物が沢山あるからではないか。ササ以外のグラミノイドやアオキの採食割合が高くなり、個体数が増加して、今利用している餌植物の現存量が少なくなってくると、さらに農業被害や剥皮害などが心配である。
村松広氏(県自然環境保全課):丹沢山地の中高標高域は県が、山麓部では市町村が管理捕獲を行っている。箱根は分布拡大防止区域で市町村が対応している。丹沢山地では平成15年から県猟友会に委託して猟犬を使用した巻狩りによる捕獲を行っており、昨年度は年間90回行った。平成24年からは高標高山稜部等でワイルドライフレンジャーが捕獲を行っている。平成24年度からの第3次計画中は、毎年2,000頭以上捕獲し(県が約600頭、市町村が約900頭、狩猟が約700頭)、現在、丹沢山地では個体数は減少傾向にあると推定している。
一方で、箱根山地を含む分布拡大防止区域ではシカは増加傾向にある。平成29年度からの第4次計画では、対策を強化することを考えている。箱根は国立公園なので環境省をはじめとして国有林や箱根町など関係機関と力を合わせて取り組みたい。シカをなくすのではなく増加を抑制し、これ以上の森林への影響を防止することを目指したい。第4次計画の素案についてはHPで公開しており、意見を募集中である。
古林賢恒氏:箱根外輪山では林道法面に草木が繁茂し、シカの主要なエサ場になっている。林道での、誘引捕獲対策が必要と考える。そのための体制を確立させなければならない。
吉田宗史氏(環境省):箱根は富士箱根伊豆国立公園及び鳥獣保護区に指定されている。環境省が主導で、関係行政機関や有識者によって構成される検討会を開催し、8月に箱根のシカ対策に関する提言をまとめた。提言の中で、仙石原湿原特別保護地区を早急に守る必要があるとされている。環境省では湿原側を一周囲む植生保護柵を検討中で、今年度中に各方面との調整と設計を行い、最速で来年度に設置したい。捕獲は県・町が主体で行ってきたが、環境省もこれからの捕獲のあり方について検討していきたい。
濱崎伸一郎氏(野生生物保護管理事務所):箱根は今のところはまだシカの餌資源が豊富というと印象であるが、植生に不可逆的な影響を及ぼさないうちに対策をとる必要がある。箱根は変化の初期にある。全国的にもシカの分布は多雪地域を中心に拡大しており、最近の2011年から2014年の間も分布は1.18倍に拡大した(資料を基に説明)。2013年度末の本州以南のシカ頭数は、誤差は大きいものの中央値で305万頭と推定されている。同年度の捕獲数は38万頭で、生息数に対して捕獲は不足している状況。全国で分布に濃淡があり、山梨、伊豆は密度が高く、箱根はその隣に位置している。今後10年間でかなり増加する可能性があり、対策を要する。シカはメスが定着し毎年1頭ずつ仔を産む、オスは移動性が高い。密度が低い所で捕獲するのは困難で、まずは柵で防護するのが確実である。保護柵としてはマンディフェンス(個々の樹木を防護)、パッチディフェンス(柵で囲う)、ゾーンディフェンス(更に広範囲を囲む)があり、それぞれに長所と短所がある。シカの高密度地域に偏りがある現状では、ホットスポットを探し、誘引して捕獲するのが有効である。
古林賢恒氏: 誘引式くくり罠「静鹿ちゃん」の実演。

ヘイキューブ

誘引式くくり罠「静鹿ちゃん」中のワイヤーに接触するとシカの首にワイヤーの輪がかかる。

これはくくり罠と違って餌による誘引捕獲であり、メスを捕獲するために非常に有効である。くくり罠は設置場所に経験と技術が必要だが、これは誰でも簡単にできる。学術捕獲でまず試験をするとよい。県内でもクマが冬眠中の1~2月に解禁される事が望ましい。
堀口剛氏(東京神奈川森林管理署):国有林の位置は芦ノ湖の西岸地域や台ヶ岳・駒ヶ岳となっている。木材生産は芦ノ湖西岸で行っており台が岳、駒ヶ岳は自然のままである。森林管理署では、シカの捕獲などは県や町にお願いをしてきているが箱根町において実施しているシカの有害鳥獣捕獲において国有林内での捕獲が多いことに驚いている。芦ノ湖西岸では試験的に小規模に伐採し、芦ノ湖西岸では木材生産を行い、跡地には元から箱根にあった樹木を植えてソフトネット(ステンレス入りのもの)を回している。ネットの中にはシカが入らないが周りには糞がある。ネットは破れるので定期的にメンテナンスが必要であるが森林事務所には一人しかいないため柵の管理が大変。
現在、コストを抑えたシカ柵の設置(山北町で実施)や、くくり罠の免許を取るなど対策を模索中。猟友会と協力しながら対策を講じたい。
林野庁全体でも鳥獣被害の対策に予算を取り、全国的な対策に乗り出している。
この後、参加者の自己紹介とご意見をいただいた。
15:40解散。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
<< 見学会を終えて >>
川島範子 (NPO法人小田原山盛の会 副理事長)
二年前に古林先生と出会い調査を開始した時には、まさかここまでシカによる植生劣化が進んでいるとは思わなかった。航空写真で劣化色を呈している広葉樹林に行くと、見事に下層植生に影響が出ていることが分かった。
箱根はササが多いが、高標高でササの被覆のない箇所は、採食の累積により下層植生の貧化が進んでいる。しかし、丹沢と違ってササはまだほとんど利用されていないため、ササを指標植物とするシカ管理には適さない。神山、駒ケ岳もシカが定住し、下層植生の貧化が進んでいる。神山では、シロヨメナが広い範囲で優占するが、ことごとく採食を受けていた。駒ケ岳のササ地に点々と立つマユミの立木は、皆一様にシカの採食を受け、矮性化したり、枯死している。ササの繁茂地には獣道ができている。南足柄市の檜山林道では、行く度に必ず5~6頭のシカに出会う。

シカに下部を採食され、ディアラインとなったマユミ(駒ケ岳山頂)

駒ケ岳山頂の木はディアラインとなっている。奥は神山。

リョウブ萌芽枝が採食されている。駒ケ岳北面は採食の影響がかなり出ている。
この数年のシカの増加ぶりを肌で感じている。南足柄市に隣接する山北町では農林業被害が頻発し、柵なしでは農作物が全滅する、マダニが大発生しているという情報を得た。箱根はまだダニもヒルもさほどではない。しかし、丹沢山地とその里山の事例は明日の箱根山地である。
今回のイベントと時期を同じくして「第四次二ホンジカ管理計画素案」が出された。箱根では県と市町村の管理捕獲の分担が明記され、会としてはこれまで緊急的に60回もの調査をやった甲斐を感じる内容となっている。先鞭をつける形になった箱根町の「誘引式囲い罠」を今回の見学会に組み込むことができた。まるでイベントに合わせたかのように、10月14日に2頭のシカが捕獲されたという。箱根で初めての取り組みに賭ける関係者のご尽力に敬意を表したい。そして是非、捕獲のノウハウを積み重ね、周辺市町村に良いお手本を示して欲しい。
箱根は神奈川県の大切な水源林であると同時に、諸外国からも多くの人が訪れる人気の観光地である。仙石原湿原、神山・駒ケ岳、金時山。自然が観光資源となっている箱根である。決して花のない植生の劣化した山にしてはならない。
神奈川県は森林の生態系サービスの重要性を前面に出し、森林政策において全国のトップを行く県である。そのため「水源税」を県民から徴収し、丹沢と箱根の水源林を計画的に整備してきた実績がある。丹沢のブナ林衰退やシカ問題を研究し、シカによる植生劣化については「ワイルドライフレンジャー」を投入し、シカの生息密度を減少させ、ブナ林の再生に鋭意努力されている。その経緯を考える時、シカ対策は早期対策がいかに重要か、いかに税金の無駄使いを回避するかを身にしみて感じておられるのではないだろうか。

神山山頂付近の採食された苔むしたリョウブ

モミジバタテヤマギクの群落が一面採食されていた。
シカの生息密度が低い分布拡大防止域では「ホットスポット」を見つけ、「誘引捕獲」が有効とのご意見を野
生生物保護管理事務所の濵﨑様よりいただいた。 シカの分布は一様ではない。植生の劣化の現場を見つけた時がシカ対策を始める時。「シカ問題は早期対策こそ成功の元」。是非これを合言葉にしていただければと思う。
「静香ちゃん」の冬季の使用許可が出れば、更に密度管理に弾みがつく。箱根外輪山の南足柄市の林道、小田原市の伐採新植地は仙石原に劣らないシカの増殖地である。里山の農業被害も顕著になった。これらの「ホットスポット」でも、市による管理捕獲が始まる事を願ってやまない。
森林整備はシカのお蔭で複雑になってきた。森林の生物多様性を豊かにするはずの間伐や伐採は、今はシカ増殖の餌場を作る結果になってしまう。「森林の保全の優先順位は、シカ対策を最優先にすべき時」となった。シカの餌場を造成しないためにも、丹沢で成功したフェンスの設置を箱根山系でも同時進行で推進していただきたい。静香ちゃんの解禁と合わせて、神奈川県には是非これらの英断をお願いしたい。先進県として、箱根山地を日本で最初のシカ対策成功例とするために。
そのためにも環境省や県は是非、周辺市町村が集い、「箱根全山でシカ問題を考える場」を作っていただきたい。また市町村では農林業者や市民が参加できる、「地域でシカ問題を考える場」を作ってほしい。
今回関係機関や市民の皆様のたくさんのご参加をいただき、箱根のシカ対策について多くのご意見をいただいた。早期対策で箱根を守ろうという皆様の熱い思いを感じた。一人一人の、または地域ごとの取り組みの結集によって箱根山地は守られる。山盛の会としても引き続き、詳細調査、見学会、竹による保護柵の作成と設置など、できる事をして対策に繋げていきたいと考えている。
最後に改めてシカ問題に関心を寄せ、このイベントにお集まりいただいた皆様、送り出して下さった皆様に深く感謝をお伝えしたい。また今後とも私どもの調査にご指導ご協力いただければ幸いである。
・・・・・・・・
※ちなみに、11/18までパブリックコメントが募集されています。
参考)
第4次神奈川県二ホンジカ管理計画素案
http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/842247.pdf
「第4次神奈川県ニホンジカ管理計画(素案)」に関する意見の募集について
http://www.pref.kanagawa.jp/pub/p1074307.html