発見記録

フランスの歴史と文学

Vanitas 本を出したいのは虚栄心?

2006-04-14 23:01:32 | インポート

Vanitas_3 Vanitas(はかなさ) 作者不詳(anonyme)17世紀前半 ルーヴル美術館

英語では自費出版専門の出版社を"vanity press (or publisher)"というらしい。
1959~60年にアメリカの二つの出版社が、アンソロジーにあなたの詩が収録されますと、全英で広告を行なっていた。イギリスのハンプシャー州に住むJohnathon Clifford氏がこれを"vanity publishing"と呼んだのに由来する。

自費出版の会社すべてがそうではないが、氏は現在まで悪徳業者への注意をよびかけ、闘いを続けてきた。自身のサイトhttp://www.vanitypublishing.info/

日本語にはこういう、本を出したい人にも少々ぐさっと来る呼び方はない。
いやカラオケに喩えることはよくある。

七つの大罪に「虚栄心」はなかったかWikipediaで確めると意外にも

4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの著作により初めて八つの「枢要罪」があらわれたのが起源である。八つの枢要罪は厳しさの順序によると:暴食、色欲、強欲、憂鬱 (sadness)、憤怒、怠惰、虚飾 (vainglory)、高慢、である。後に6世紀後半にはグレゴリウス1世により八つから現在の七つに改正され、順序も現在の順序に仕上げられた。「虚飾」は「高慢」に含まれ、「怠惰」と「憂鬱」は一つの大罪となり、「嫉妬」が追加された。

モラリストは虚栄心を得意のテーマにしてきた。引用句のサイトなどでvanitéを探すと人気のあるのがわかる。

La vanité d'autrui n'offense notre goût que lorsqu'elle choque notre propre vanité.
他人の虚栄心が私たちの気に障るのは、ただそれが自分の虚栄心を傷つける時だけである。
[Friedrich Nietzsche]

La seule cure contre la vanité, c'est le rire, et la seule faute qui soit risible, c'est la vanité.
虚栄心に対する唯一の薬、それは笑いであり、唯一可笑しい過ちは、虚栄心である。
[Henri Bergson]

Ne tuez pas trop la vanité. Gardez-en de quoi vivre.
虚栄心を殺しすぎるな。生きるため必要なだけは取っておけ。
[Rodolphe Töpffer] 

http://evene.fr/citations/mot.php?r=vanite

Töpfferはどう読むのか?同じ疑問を持たれた方は→漫棚通信ブログ版 マンガを創った男:ロドルフ・テプフェール

Livres 17世紀、特にオランダで多く制作されたVanitasと題する静物画では、この世のはかなさの象徴として頭骸骨や蝋燭、花、楽器と並んで本が描かれた。作者不詳の上の絵(こちらは部分)はフランスの画家によるとされている。

この種の静物画の代表的作家と言えそうなのがEdwaert CollierとPieter Claesz
http://www.art.nl/exhibitions/theme.aspx?theme=Still-life


La Pensée universelleと自費出版の世界

2006-04-13 17:37:49 | インポート

自費出版 ある専門会社の倒産 (東京新聞)
碧天舎の名は初耳。 レオ・マレ自選集〈1〉トルビアック橋の霧(中野 貞雄訳)の文芸社は、新聞でも広告を見かける。

あちこちするうち、フランスのLa Pensée universelleに行き着く。

以前 Maurice Rebierre, Paris-taxis (1982)の書評「タクシー・ストーリーズ」http://www1.ocn.ne.jp/~ppl/epaves04/taxis.htm
を書くためこの出版社のサイトを覗いた時カタログには知らない名前ばかりで、それもそのはず自費出版が専門なのだ。
どういう事情でか倒産し、新経営者Jean-François Knidler氏のもと、紙から電子本、CD-ROM、より多様な形で出版を引き受ける会社として再生を図る。過去にはあまり芳しくない噂があったらしい。
Planetexpo, le portail du monde du livre
Forum de discussionでKnidler氏が第一にそれを認めている。On a même parlé d'escroquerie, de livres non diffusés, etc.(詐欺だとか、配給してもらえない本があるとか、そんなふうなことまで言われました。)

フランスの非営利団体le CALCREは、自分の本を出したい人が不利益を蒙らないよう支援する。
悪質な自費出版会社は、「袖の下」un dessous de table を要求する。また「出版を助ける援助金」une aide destinée à faciliter la publication.と称して、払い戻し不可の大金の支払いが契約書に記されていたりする。http://www.calcre.com/conseils/

年譜25 ans de Calcre, une histoire mouvementéeによると、この組織はla Pensée universelle など幾つかのパリの出版社との法廷闘争をきっかけに生まれた。

CALCREの創設者Roger Gaillard氏はインタビュー

Le CALCRE fut créé en 1979 avec l’objectif de moraliser l’édition à compte d’auteur. A ses débuts, il lançait surtout des plaintes pénales contre les éditeurs à compte d’auteurs abusifs, tels que La Pensée Universelle, Les éditions Saint-Germain des Près, Pierre-Jean-Oswald ou L’Athanor.

CALCREは1979年自費出版業界の道徳化をめざして創設されました。最初の頃は、特に悪質な自費出版社に対し訴訟を起こしました。”tels que La Pensée Universelle, Les éditions Saint-Germain des Près, Pierre-Jean-Oswald ou L’Athanor”と並ぶ名前の、Pierre-Jean Oswald にどっきり。目を疑う。

Rosny_1 夫人のHélèneと始めたNéO(Les Nouvelles éditions Oswald)はSFやロマン・ノワール、幻想小説を斬新な装丁で続々と刊行した。
夫婦二人、文字通りの小出版社だったと聞いている。いつのまにか姿を消したのも訴訟と関わりがあるのか。あまりにもわからないことが多すぎる。

Le Mondeの追悼記事La passion de la poésie et de la littérature populaire(03.10.00)には、詐欺まがいの悪徳業者を思わすものは何もない。

Pierre-Jean Oswaldは2000年9月28日、癌によりパリで死去。享年70歳。
1951年、20歳の時から手引き印刷機(ハンド・プレス)で詩、特に反抗を表現した詩の出版を手がける。61年、独立まもないチュニジアに発つ。
64年からオンフルールに住み、生活のため「地方の広告の仕事を少々」quelques travaux de publicité locale 引き受けながら、詩の出版を行なう。文庫版の現代詩叢書また詩誌Action poétiqueを発刊。
1972年パリに戻り出版を続ける。79年に夫人とNéOでの出版活動を始める。詩を情熱的に愛した男は大衆小説のファンでもあった。


フローベール 姪カロリーヌへの手紙

2006-04-08 22:18:25 | インポート

「文豪フローベールの書簡集 」(ちょうど100年前のフランス雑誌瞥見)で写原さんが紹介されていたフローベールの姪への手紙 Lettes à sa nièce Carolineはかなりの分量になるが、初めの何通かだけでも十分楽しめる。

最初のパリからの手紙(1856年4月25日)は、?Ma chère Lilinne,?と始まる。カロリーヌからの手紙への礼。綴りと文章に上達が見られると褒め、伯父さんの真似をしているうち、作家になってしまうかもと冷かす。
だがすぐ、自分の間近に、しどけない姿の「ブールヴァールで出会った」女がいることを明かす。

1846年1月21日、フローベールの妹カロリーヌは娘を出産する。子供は母と同じくカロリーヌと名づけられた。
しかしまもなく産褥熱でカロリーヌは亡くなる。フローベールは1月15日の父の死に続き、妹を失う。フローベールと母は生まれてまもないカロリーヌを引き取る。クロワッセの家での生活もこの年に始まる。
http://auteurs.normands.free.fr/ermite.htm

手紙はカロリーヌの脚注つきなのが有難い。

フローベールはロベール夫人(カロリーヌの人形)の健康を気づかう。顔の色が悪い、滋養になるものを食べるよう言ってあげなさい。昨日出かけた絵画展ではうさぎの絵を沢山見た、「クロワッセの家主ラビット(カロリーヌが可愛がっている)」をカタログで探したが見つからなかった。

フローベールは手紙の最後で言う、? Adieu, mon pauvre loulou ; embarasse bien ta grand-mère.?
短篇Un cœur simple (邦題は「まごころ」(岩波文庫『三つの物語』)など)の老女フェリシテが可愛がる鸚鵡は、Loulouと呼ばれていた。

Lilinneからloulou, カロリーヌの愛称はKaro,Caro, Carolo あるいは bibi ( bichon, bichet, chat,... ) と入れ替わり、フローベール自身がTon vieuxやTon oncle qui t’aime にとどまらず、時には黒人(Tom, bon nègre) アラブの族長(Ton scheik) と、道化の仮面をつけかえるのを楽しむかの様子。この書簡集を追っていけばまだまだ見つかるだろう。

? Je m'ennuie de ta petite personne.? (手紙 IV)
「退屈」のs'ennuyerしかお目にかかったことがなく、辞書(atilf)で確かめると、

A. Vieilli. [Correspond à ennui A en partic.] Il m'ennuie de + subst. Avoir la nostalgie de quelqu'un/ quelque chose. Depuis que tu es venue ici, il m'ennuie de toi plus qu'auparavant (FLAUB., Corresp., 1880, p. 375).

また代名動詞 s'ennuyer de では例に

Il s'ennuie de ses parents qui habitent Mouron (RENARD, Journal, 1903, p. 843) 

それは?Ressentir la nostalgie, le regret de quelqu'un/quelque chose.?(誰か・何かに懐かしさ、名残り惜しさを感じること)とされている。

Loulouから私はもう一つ、AutelさんのPlaisir de la langue 舌の快楽・言葉の快楽を思い出した。


辞書にないフランス語の辞典

2006-04-06 21:56:46 | インポート

Maurice Rheims Les Mots sauvages Dictionnaire des mots inconnus des dictionnaires (Larousse, 1991)は19~20世紀の文学作品から詩人や作家の造語で、一般の辞書に採られていない語を集める。
4/3abracadabrantesqueも出ていた。
Abraca 少年ランボーはabdacadabraと呪文を三角に書いた紙を文法書の栞(しおり)にしていた。その紙にはまた?Pour préserver de fièvre?(熱病除けのまじないに)とも記されていたという。

次の項にはabracadabrer v.intr.(ヴァレリーの『固定観念』l’Idée fixeから)Dire des choses insensées. (わけのわからないことを言う)と定義。造語と言ってもほとんどはすでにある語の変形や合成で、無からの創造ではない。
やはりランボーの手紙から
absorculer  v.tr
Je n’ai rien de plus à te dire, la contemplotaste de la Nature m’absorculant tout entier
(もう何も言うことはないよ、ぼくは「自然」観照に浸りきってるんだ。)
それぞれcontemplation  absorber の変形なのは何となくわかる。
ラテン語やギリシア語から作られたものになるとむずかしい。
adelphal adj.
La jubilare sodalité dont Maurice Barrès et quelques poètes saluèrent la gloire de Jean Moréas fut une fête grave et adelphale.(Journal des débats, 25-2-1891)
この辞典はadelphalがギリシア語adelphos(兄弟)によるとしか教えてくれず、SodalitéはAssociation romaine http://www.cosmovisions.com/$Sodalite.htm  jubilareは嬉しいとか楽しいとかだろう。モーリス・バレスと何人かの詩人が集まってジャン・モレアスを讃え、その会は厳かでいかめしくも友好的なものだった。1891年にモレアスは詩集Le Pèlerin passionéを公刊。記事のjubilare sodalitéやadelphaleはバレスやモレアスの古代趣味をからかっているのか?

この辞書の原型Dictionnaire des mots sauvagesは1969年刊、2年で売り切れた。読者からは多くの例が寄せられ、著者のランスも新しい発見をした。しかし彼は1976年アカデミー・フランセーズに選出され、辞書委員会la Commission du Dictionnaireでフランス語の規範化を仕事とするようになる。辞書にない珍奇な語を集めることが、何かしら不遜な行いに思えた時期もあった。
モーリス・ランス(1910-2003)はヴィシー政権下、アルジェリアで「自由フランス」初のパラシュート・コマンド部隊を結成。戦後は競売吏として国際的な名声を得る。アール・ヌーヴォーの再発見に貢献、ピカソの遺した作品の鑑定を行なった。美術関連の著作に加え小説もある。
http://www.humanite.presse.fr/journal/2003-03-08/2003-03-08-318142

この辞書には収集家の好奇心と情熱が存分に発揮されている。様式styleへの目は、アール・ヌーヴォーとこの時代の文学の衒奇的な言葉使いとの類縁性を見逃さない。序文には語彙から見た文学史的展望が示される。
ロマン主義の時代に文学の言葉は大きく変った。造語néologismeという語を復活させたシャトーブリアンは、若い頃に感銘を受けた18世紀の文章を読み直し、古ぼけ、冷たく、生命がないと感じる。バルザックは方言や職業的な専門語、貧乏人や無法者の言葉を積極的に作品に取り込む。造語を好み、「フランス語は私の先達の言葉も立派に受け入れてきた、私の言葉も受け入れるだろう。成り上がりも時が経てば貴族だ」と造語の権利を主張した。
フランスの奥深い田舎、ギリシア、ローマ、ビザンチン、文学はあらゆる異世界に言葉を求める。象徴主義に至って、詩人の洗練された感覚は、意味よりも音、表現よりも印象を優先する。
ランスは1886年のle Symboliste誌からモレアスの文を引くが、?...les roues des véhicules se tarrabalent.? 車の輪が・・・?のように意味不明の語が多く、明らかに行き過ぎだった。より単純な言葉への回帰。ユイスマンスやジャン・ロランの文章にも変化が起こる。レニエ、モーラス、シャルル=ルイ・フィリップ、ジッド(≪Surtout pas de mots rares ou précieux.?) 、彼らは20世紀のとば口で、寄せ集めの気取った文体への愛想づかしを表明する。

モレアスの詩集『スタンス』Stances(1893)の一篇
Ne dites pas : la vie est un joyeux festin ;
Ou c'est d'un esprit sot ou c'est d'une âme basse.
Surtout ne dites point : elle est malheur sans fin ;
C'est d'un mauvais courage et qui trop tôt se lasse.
みだりに言ってはいけない、人生は楽しみ多い宴(うたげ)などと。
それは愚かしい精神や卑しい魂の世迷いごとだ。
絶対に言うべきではない、人生ははてしなく不幸だと。
それはあまりに早く疲れる情けない勇気の泣きごとだ。
(窪田般弥訳、『ミラボー橋の下をセーヌが流れ』白水社 詩の全体はhttp://poesie.webnet.fr/poemes/France/moreas/5.html

ここには珍しい語は一つもない。

著者の死後、04年に出版された新版、Abracadabrantesque : Dictionnaire des mots inventés par les écrivains des XIXe et XXe siècles
de Maurice Rheims, Jean-Pierre Mével, Olivier Barbarant 
はタイトルも変わっている。おそらく2000年にシラク大統領の発言でabracadabrantesqueが俄然有名になったためだろう。


"C'est abracadabrantesque !"

2006-04-03 11:17:41 | インポート

見出しの力は大きい。CPEの記事でも面白そうな気がして飛びついたのは
Dominique Rousseau "C'est abracadabrantesque !"
LE MONDE 01.04.06
http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0,36-756937,0.html

En tant que professeur de droit public à l'université Montpellier-I, que pensez-vous des propos de Jacques Chirac, qui annonce la promulgation d'une loi tout en réclamant qu'elle ne s'applique pas ?

Le président de la République devient le spécialiste des lois promulguées et non appliquées... Jacques Chirac innove : il annonce qu'il promulgue la loi et, dans le même temps, demande à ce que cette loi qu'il a approuvée et promulguée ne soit pas mise en oeuvre. C'est encore plus fort que ce qu'il a fait avec l'article de loi sur les "aspects positifs" de la colonisation !

Un employeur pourrait se voir sanctionné pour avoir appliqué une loi qui existe, que le Conseil constitutionnel a validée, et que le chef de l'Etat a promulguée : c'est vraiment abracadabrantesque !
(ー モンペリエ第1大学の公法教授として、シラク大統領の〔3月31日の〕声明をどう思われますか、大統領はある法の公布を発表しながら、同時にそれが〔そのまま〕適用されないよう求めています。
―大統領は公布されながら適用されない法の専門家におなりだ・・・大統領は、さらに革新を行なっている。法を公布すると発表し、同時に自分が認め公布したこの法が〔そのままでは〕適用されないように求める。植民地化の「プラス面」に関する法の条項(*1)についてしたよりも、まだすごい!
雇用者は憲法院が合憲とし、国家元首が公布した現存の法を適用したために罰されるかもしれません。まったくちんぷんかんぷんです!)

・・・と訳していいものか?
Abracadabrantesqueは珍しい語だが、それはどうやらシラク大統領が2000年9月テレビ番組で口にして有名になったらしい。Le Mondeの記事で用例を捜すと、確かに2000年以降のものばかりだ。

シラク氏はパリ市長時代のRPR(共和国連合)闇資金問題などで疑惑の渦中にあった。9月21日、不動産開発業者で党の秘密財政係、前年に亡くなったジャン=クロード・メリJean-Claude Méryの遺した告白ビデオに基づく記事がLe Mondeに掲載。22日、テレビ局France 3に出演したシラク氏は証言を" abracadabrantesque" と呼び、その信憑性を全面的に否定した。

http://www.lemonde.fr/web/recherche_breve/1,13-0,37-102137,0.html
http://www2.rtbf.be/jp/matin/2001/03/28/4.html

これはシラク氏の造語ではなく、ランボーの前期韻文詩『処刑された心臓』Le coeur suppliciéに先例があるという。

Ô flots abracadabrantesques,
Prenez mon coeur, qu'il soit sauvé !
おお アブラカダブラ まじないの波よ
ぼくの心臓をつかんで 救っておくれ
(宇佐美斉訳 ちくま文庫『ランボー全詩集』)

(*1)旧植民地からの帰還者支援のための「2005年2月23日の法」のうち、フランスが植民地、特に北アフリカで果たした肯定的役割を学校の歴史教育に組みこむよう求めた条項は、激しい批判を受け撤廃されることになった。