『マグリットと写真』展が先月15日から6月11日までパリのMaison Européenne de la Photographieで開催中。Photosapiens.comの記事の写真(拡大したのはページの下に)。ベルギー海岸で撮影され、むこう向きの男はマグリットか。背中のところに開かれた本が、浮遊するような貼り付いた(?)ような、微妙な位置にある。
写真はL’éminence grise (影の助言者)と題される。マグリットの好む、意味深長なタイトル。
造形作家は単に作品を『無題』とすることもできる。ミニマル・アートのドナルド・ジャッドの場合Untitledが並ぶ(イメージ検索結果)
佐々木健一氏は『タイトルの魔力』(中公新書)で美術や文学作品の題名を修辞学的に分類する。
フランス・ハルスの肖像画『デカルト』のような「提喩型」は、作品の中から中心になる要素を取り出してタイトルとする。作者でなく、後世の人がつけたものは、ほとんどこの型。「提喩型」は何がそこに描かれているか、どんな意味があるかを明快に示す。
『赤と黒』のような「メタファー型」タイトルは近代の産物である。題を付けることは「作者の独特の表現行為となる」
読者は「赤と黒」を、「作品世界の精神的内包を表現するものとして受けとめ」る。「メタファー型」は多義的で、様々な解釈を許す。私たちは確かに作品とタイトルの類縁性を感じるが、それをうまく説明できるとは限らない。
また「メタファー型のタイトルがメタファーとしての意味を持ちうるのは、あくまでも作品との関係においてであるから、作品を見たり読んだりする以前の段階では、それはメタファーとしての意味を発揮することもできない」
一枚の絵を見る目は、タイトルに大きく左右される。
佐々木氏はブリューゲルの『イカロスの墜落』を例に取る。タイトルは作者によるものではないが、この名で一般に知られている。
学生たちにスライドを見せ、記憶によって画面を記述してもらう。主題を知らない学生にとってこの絵は平和で穏やかな風景画である。
主題を教えられ、目は初めてイカロスを捜す。そして右前景の、海面に突き出た脚を見つける。
「ゲシュタルト心理学の教えを思い起こそう。われわれはさまざまな部分の総和として全体を知覚するのではない。まず全体を知覚し、その全体像の中で部分を捉えるのだ」
主題を知らない者の目は、まず絵を全体として掴もうとする。暗い前景の突き出た脚は、意味のない「ノイズ」となり、見落とされてしまう。
Éminence grise (影の助言者、懐刀)について、アカデミーの辞書(第9版)http://atilf.atilf.fr/academie9.htmは
Éminence grise, par allusion à la couleur grise de la robe des Capucins, nom donné au Père Joseph, conseiller privé du cardinal de Richelieu. Par ext. Celui qui, sans occuper de fonctions officielles, exerce, dans l'ombre ou en retrait, une grande influence sur le personnage qui détient le pouvoir d'action ou de décision. L'éminence grise du ministre.
(カプチン修道会士の僧服の灰色への暗示、リシュリュー枢機卿の私的顧問ジョゼフ神父がこう呼ばれた。転じて、正式の役職には就かず影または裏にいて、活動・決定の力を持つ人に大きな影響を及ぼす者。「大臣の・・・」)
リシュリュー枢機卿(図)が「赤の猊下」l'Éminence rougeなので、ジョゼフ神父は「灰色の猊下」l'Éminence grise と呼ばれることになった。
日本語の「黒幕」と同様、éminence griseは陳腐化した言葉である。ただそれがマグリットの写真に添えられると何かが起こる。
私たちは写真とのつながりを捜す。何が、誰がéminence griseなのか。
アンリ・ミショーはマグリットの絵を出発点に『謎の絵から夢想して』En rêvant à partir des peintures énigmatiquesを書いた。マグリットの作品の驚かせ、夢見させる力は、時にはまるで謎々を思わすタイトルに、多くを負っている。