『ノヴゴロドの伝説』 La Légende de Novgorodeは、サンドラール幻の処女作だった。回想記でも言及し、自製の著作目録では1907年にロシアの出版社から、ロシア語訳で14部出版と記されている。1995年、この本がブルガリアのソフィアで発見された。
詩人で現在パリのブルガリア文化センター長 Kiril Kadiiski キリル・カディースキー(?)が偶然古本屋で見つけたもの。だが研究者が十分に鑑定を行なう前に、スイスのコレクターの手に渡ってしまう 。翌96年には、ファタ・モルガナ社からファクシミリ版に仏訳とピエール・アルシンスキーの挿絵を添えた La Légende de Novgorode (amazon.fr)が出版された。
本の真正性を疑う声は当初からあった。今年6月、ラファエル・スタンヴィルの「フィガロ」紙記事( Un faux Cendrars au goût bulgare,Le Figaro littéraire du 28 juin 2007)が騒ぎを引き起こす。
スタンヴィルの記事はロシアの留学生Oxana Khlopina(オクサナ・フロピーナ? パリ第10大学ナンテール、クロード・ルロワ教授の指導で博士論文を作成) の研究に基づく。
フロピーナは次のような問題点を挙げる。サンドラールは「滑稽で英雄的な叙事詩」としているのに、見つかった作品の基調は悲劇的。またホテルの名前など1907年の作にしては奇妙な箇所がある。文法と綴りの分析からも、ロシア革命で正書法改革の行なわれた1917年以前のものとは思えず、扉のタイトルに用いられたキリル文字は、1988年に作られ普及したコンピュータ(プリンタ?)用のフォントと一致する。これらの点から、フロピーナは発見された『ノヴゴロドの伝説』は偽書だとする。
彼女は偽書の作者を特定していない。ところがスタンヴィルの記事は、ずばり Kadiiskiを作者とする。フロピーナの論点をまとめた上で、
Et pourtant, trop respectueuse de l'homme de lettres qu'elle ne rencontra qu'une fois à la Rotonde, toute timide alors et petrie d'admiration, la jeune universitaire se refuse a livrer le nom de celui que tout accuse : une parfaite connaissance de la langue russe et de ses subtilités, des qualités de poète, une connaissance des techniques de l'édition, la Bulgarie : Kiril Kadiiski. Celui-la meme qui decouvrit le faux.
けれども、「ラ・ロトンド」で一度会ったきりの文学者への敬愛の念はあまりに強く、その頃は内気で、ひたすら相手に感服していたから、若い研究者はその人物を名指すことを拒む。作者が誰か、すべてが示している。ロシア語とその微妙さを知り尽くし、詩人の資質、出版技術の心得、ブルガリア―Kiril Kadiiskiだ。偽書を発見したその人。
これにはKadiiskiの激しい反論があった。ルロワ教授も、告発めいた「フィガロ」の記事に怒りを隠さない。フロピーナの論文は、サンドラールとロシア一般との関係を主題とする。『ノヴゴロドの伝説』についての章はその一部にすぎない。研究が思わぬ波紋を呼び、フロピーナは動揺している。
最初アスリーヌのブログ(07 juillet 2007 Le fantôme de Cendrars en rit encore)で知った話、「フィガロ」記事とWikipédia Courrier internationalの記事を参照。要約の要約、情報としては粗くなる。
Ron Padgettの英訳に仏語原詩を付した全詩集Comlete Poems(amazon.co.jp)には『伝説』は収められていない(「発見」に先立つ1993年刊)
ただ、Prose du Transsibérien et de la Petite Jeanne de France (1913 以下Proseと略記)には
Le Kremlin était comme un immense gâteau tartare
Croustillé d'or
Avec les grandes amandes des cathédrales toutes blanches
Et l'or mielleux des cloches...
Un vieux moine me lisait la légende de Novgorode
The Kremlin was like an immense Tatar cake
Iced with gold
With big blanched-almond cathedrals
And the honey gold of the bells...
An old monk was reading me the legend of Novgorod
別の箇所では「読んで」が「歌って」になる(Un vieux moine me chantait la légende de Novgorode)
サンドラール(1887-1961)が初めてロシアに来たのは日露戦争の始まる1904年。1907年までサンクトペテルスブルグの時計店で働き、帝国図書館の司書R.R.と親しくなる。このR.R.が『伝説』を訳し、少部数印刷させた。本の実在を疑う研究者もいるがとにかく当人によれば。
Prose にはDédié aux musiciens と献辞がつく。英訳者によれば his most widely translated and perhaps most poplular poem である。「私」は今パリにいて、シベリア横断鉄道の記憶を甦らせる。旅する私の傍らに、ジャンヌというモンマルトルで娼婦をしていた少女がいる。全体の枠組みとしてはそういうことだが、時空は自在に伸び縮みする。ほとんど口を聞かないジャンヌが生き身の少女か幻影なのかも定かでない。
この詩にはソニア・ドローネの絵との「コラボ」本(図 その全体はこちら)があるが、詩にも名前の出るアンリ・ルソーやシャガールの作品とダブらせてみるのは、 croustillé d'or を日本語に訳すればどうなるか思い悩むよりも楽しいことだ。
『伝説』の概略は差し当たりWikipédiaで知ることが出来た。ファタ・モルガナ版以外にも
Blaise Cendrars, Du monde entier au cœur du monde, Gallimard, coll. ? Poésie ?, 2001
Blaise Cendrars, Poésies complètes (tome 1), Denoël, 2002
に収録ずみらしい。洋ものは調べるにも手間がかかる。