酔生夢死の日録

ド素人が好き勝手に語る妄言です

人命よりも体面重視の原子力安全委員会

2011年04月03日 | 原発事故
昨日の当ブログで、「日本気象学会が会員に対して、

放射性物質の拡散予測の公表を自粛するように求める通達を出した」ことに

対して、自由な言論の圧殺として異議を述べた。


しかし今日の産経のこの報道(「造血幹細胞採取は不要」と原子力安全委 作業員の命より政治的配慮か)は、それ以上の衝撃を私に与えた。(産経新聞


まず簡単に説明しておく。

   「全身に被曝した場合、血液の細胞をつくれなくなる障害が起きるが、 あらかじめ自身の造血幹細胞を採取・冷凍保存しておけば、それを移植することで造血機能が回復する。」

   「 茨城県東海村の臨界事故(平成11年)では、作業員2人が他人の造血幹細胞の移植を受けたが死亡した。だが、自分の細胞であれば合併症を防ぎ、回復も早まる。」


そして、

   「造血幹細胞の事前採取については、日本造血細胞移植学会と国立がん研究センターが提言している。先月28日には移植医療に携わる虎の門病院(東京都港区)の谷口修一血液内科部長が首相官邸を訪れ、仙谷由人官房副長官に採取するよう申し入れた。」


しかるにこの結果。

しかも原子力安全委員会が不要と判断した理由が何とも情けないもので、

私はめまいがして絶望感に襲われた。


そしてその理由がこれ、

   「産経新聞が入手した安全委の内部文書によると、現時点で事前採取する必要がない理由として(1)作業員にさらなる精神的、身体的負担をかける(2)国際機関での合意がない(3)十分な国民の理解が得られていない-ことを挙げている。」

この「理由」に納得する人など殆どいないだろうことは確実だ。

それほどまでにこの原子力安全委員会は腐敗し切っていると言える。


まず(1)の「作業員にさらなる精神的、身体的負担をかける」については

  この措置が作業員の方にある程度の負担をかけることは否定しないが、

事前採取が万一の被曝の時の為の予防措置であることを考えると

作業員の方にとっても(心理的にも)有益と思われる。


(2)の「国際機関での合意がない」については私には確認しようがない。

しかしそれよりも、そもそも「国際機関での合意」が必要なのか

大いに疑問に思う。


しかし(3)の「十分な国民の理解が得られていない」に到っては

もはや論外というか、馬鹿も休み休みに言えというか、私の開いた口は未だに

塞がらない。


人命が危機に晒される可能性がある時に、

「十分な国民の理解が得られていない」って一体何なんだよ。


一般人とはまるで違う極めて危険な作業をしている方の為の防御対策に

「十分な国民の理解」を求める必要が一体どこにあるのか。

もはや原子力安全委員会の頭脳は破綻していると言わざるを得ない。


背景には、


   「今回、安全委が造血幹細胞の事前採取を「不要」と判断したことについて、事前採取の必要性を訴えてきた野党若手議員は「被曝を前提とするほど危険な場所で作業していることになれば、国民の不安感や諸外国の不信感をあおることになりかねないという政治的配慮があるのではないか」との見方を示している。」


こういう事情があるようだ。


しかしこれに対して、有り得ない判断だと思う人は多いのではないか。



まさに「人命よりも体面重視」という倒錯した価値判断。

そろそろ日本も、こういう馬鹿げた判断から脱却すべきではないだろうか。

この未曾有の危機を起点にして生まれ変わるべきだ。



(4/8 追記)

造血幹細胞の事前採取について、その必要性を疑問視する意見を見つけたので

リンクを張って置く。

リンク①

リンク②