酔生夢死の日録

ド素人が好き勝手に語る妄言です

「ねじれ」ではなく選挙制度こそが大問題

2010年07月16日 | 政治
参議院選挙後のここ数日のテレビ報道を見ていて、奇妙な感覚に囚われるのは

果たして私だけなのだろうか。


テレビではどこも、「ねじれ」問題ばかりを取り上げているが

はたしてそれが今回の選挙の本質的な問題なのだろうか。

私にはそれは、単なる国会運営上の問題に過ぎないように見える。


もちろん、法案が通るかどうかは重要な問題という事は私にも分かるが、

それは極論すれば、既定の議席数を前提にした議論に過ぎない。

それよりも、今回の選挙による議席数の決定方法(要するに選挙制度)

そのものに問題はなかったか、という議論がなされるべきではないのか。

これこそがより本質的な問題ではないのかということである。


今回の選挙結果を”何か変な結果”と感じている人も、

結構いるのではないだろうかと思う。


私のような政治音痴の人間が言うまでもなく、既に1部ではそういう議論が

起きている。(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100713


http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51417231.html


http://www.asahi.com/politics/update/0624/TKY201006240431.html




それは大雑把に言えば、2つの問題に起因する。

1つは1人区(小選挙区)の問題であり、もう1つは1票の格差の問題である。


私のような門外漢には、民意の反映という観点から言えば

議席獲得に結びつかない「死に票」が多くなる小選挙区(1人区)は

廃止すべきと思われる。

では中選挙区ならいいのかというと・・・。

結局、選挙区という制度は極めて不公平と言わざるを得ない気がする。


ただ1つ厄介な問題が残る。

それは今回の普天間基地のような問題である。


敢えて露骨な言い方をすれば、普天間問題は”ただの沖縄問題”とされていて

全国レベルでは完全に埋没してしまっている。


辛辣な言い方をさせてもらえば、普天間問題は全国レベルの共感を得ることは

困難だと言わざるを得ないと思う。

(早い話が、誰でも不都合なことは他人に押し付けて逃げるということだ。)



話を1票の格差の問題に戻すと、今回私は、今までこの問題に自分があまりにも

無関心であったことを今更ながら感じた。


今回の選挙では、神奈川県と鳥取県では1票の格差は5倍に及んだ

と言われている。


これは当たり前のことだが、神奈川県民の1票に対して鳥取県民は1人で5票分

を持っていることである。


これはさすがに驚くべきことであり、裁判沙汰になるのは無理もない。

何が間違っているのかと言えば、それは当然、こんな事態を認めている選挙制度

である。



「ねじれ」云々の国会運営を論じるよりも前に、そもそも、ある政策を

支持するかどうかの選択である選挙そのものの制度問題を考えなくて

どうするというのか。


私は必ずしも、いわゆる「民意」を全面的に信じるものではないのだが

その「民意」すら十分に反映していない選挙制度なんてありえないものだろう。