パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

トルシエ時代のアジア杯など

2007年07月27日 22時25分21秒 | Weblog
何かと評判の悪い事の多いトルシエ
しかし、結果から見れば日本サッカーの一番の功労者ではないのか
ワールドカップでベスト16に導いたこと
そしてアジア杯 2000レバノン大会で圧倒的な優勝をした事
また有望な若手を発掘し2006年のベースをつくった事など
彼の言動のエキセントリックな面を割り引いてみれば
素直によい監督だったと考えてみてもよいのではないか

一般的に彼が嫌われる理由の一つに
日本人を馬鹿にしている態度があげられるが
彼は日本人に学んだ事として
フランス人同士なら、狭い道を歩いてきて、はち向かいになったとき等
互いに道を譲らず喧嘩になってしまうが、
日本人ならお互いに譲り合って円満に解決する
この譲り合いの精神は素晴らしい、とも答えている

またU19のナイジェリア大会には、期間中に施設を訪問させて
残酷な現実を見せ、若い世代の選手に何かを感じさせようともしている

ただ本当に彼はエキセントリックで熱しやすいために誤解を受けやすいのだろう

ところでトルシエが監督したアジア杯レバノン大会
このときの日本は今回のオシムの内容的には別格に見える(?)サッカーの
更に上をいっていたように記憶している
とにかく強かった
点も良く入り、ボールもよく回り、あとから見てみると
それ程規則通りにやっているというより結構自由にやっていたように思える
そして大会のテレビ放送の解説でも記憶に残る言葉が
「フィジカルでも負けていません、今回は日本の方が強いようにも思われます」だ
確かに倒れていたのは日本人よりは中東の連中みたいな記憶がある

その時のメンバーは高原、西沢、柳沢、北島、中村俊、三浦敦、明神、
稲本、望月、小野、森岡、服部年、松田、川口等
今年のメンバーと比べて年齢的には大差ないと思うが
このときの方が選手自身のスケールが大きい気がしてならない
それは過去を美しくしてしまう記憶の勘違いかもしれないが
それでも彼らの方が戦う男達だったような気がする
戦う男達、
日韓ワールドカップのメンバーもそうだ
確かにトルシエは戦う男達を選んでいた
柳沢、鈴木、中田英、小野、市川、戸田、稲本、中田浩、
森岡、松田、森島、服部、中山、西沢、三都主、明神、宮本、楢崎、
これから伸びそうな選手、ピークを迎えつつある選手
少なくとも選手の選択は間違っていなかったように思える
(中村俊の問題はあるが、あのチームではすこしタイプが違うかな)

現在のオシム監督の方向性はいいと思う
しかし、選手選びに多少の?が目についてしまう
もう少しポテンシャルの高い選手を選んでほしい
少なくともジェフの連中は?がついてしまう

トルシエ時代を懐かしく思ってしまうが、
日本で行われたコンフェデ杯 対カメルーン戦
鈴木が2得点して代表デビューした試合だったが
この試合も強かった 
カメルーンをやっつけたという印象が残っている
ジーコのように結果的に勝ったというのではなく
負かした、と言える程強かった
残念なのはこのときのチームみたいな迫力を現在の代表に感じない事
いったい何が不満なのかまだ具体的にはわからないが
このままでは弱いものいじめはできても、
強いチームには、相変わらず!の
繰り返しになってしまいそうな気がしてならない

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1 コメント

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はじめまして (マヌー)
2007-07-28 07:35:20
時系列的には、現在はコパ・アメリカの時みたいなものでしょう?(トルシエが名波を酷評し、また名波が応戦したって話)。



それから、ユース代表・五輪代表が合流してアジアカップへとつながっていったわけで、その前段階と考えればそう悪くないんじゃないかな?と思います。



フランスにいる松井がトップフォームに戻り、下のカテゴリーからの合流を見てからでないと、オシムジャパンの総合的な評価は正直難しいですね。
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