パンセ(みたいなものを目指して)

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メモ持ち込み禁止!だそうだ

2024年06月17日 16時35分11秒 | あれこれ考えること

東京都知事選は混戦のようだが、アメリカ大統領選も先が見えない
ところで、東京都知事選立候補予定者はなぜあんなに多いのだろう
冷静な頭があれば無謀な行為と思われる人が少なくない
使命感に導かれて行動に出る人はいるかもしれないが
都民であっても全く知らない人がきっといるだろう
この少し調子に乗った行いは日本の今を表しているのかもしれない
目立ったもん勝ち  自己承認欲求の究極の姿
これらは政治とは何の関係もない欲求に支配されているように思えてしまう

彼らを面白がって応援する人がいくらかは存在するのだろうが
その無責任さを生み出している社会は少しばかり病んでいると思えて仕方ない

ところで「もしトラ」が実現するかもしれないとされるアメリカ大統領選
アメリカでは公開討論会が行われる予定になっている
真剣勝負で行われる自己アピールの場だが、前回はトランプさんバイデンさんの二人とも
相手の話している最中に野次を入れたり、反論をいれたりして収集がつかなくなった
そこで、今年は相手が話している間はマイクをオフにするようにするらしい

少なくとも相手の話くらいは聞くのが常識だと思うが、それすら出来ない大統領候補
というのがなんとも情けないが、現実的な方法としてはマイクオフは苦肉の策だろう

この公開討論会のニュースで興味を引いたのは実はマイクオフのことよりも
二人は「会場にメモなどの資料を持ち込んではいけない」とされたことだ
つまり自分の言葉と頭で、しっかりと話せ!
見聞きしている人はそれで能力・人格を判断するぞ!ということだ

最近の日本の記者会見は、予め質問事項を渡されて政治家はメモを読むだけとなっているから
この制限はなかなか面白い試みのように思える
そしてアメリカの公開討論会というのは人間性を垣間見せる仕組みになっている
と思えて、少なくとも日本の討論会の運営よりは進んでいると思える

相手の話している間に壇上の他の人が口を挟む(みっともないことだが)
その姿をわざわざ見せることで、その行為をした人を会場の人間が判断する
こうした試みをしたことがあった

それは数年前の我が市の市長立候補予定者3人による公開討論会のこと
そこでは一人あたりの話す時間は決められていた
眼の前にはタイムキーパーがいて、持ち時間が減っていくのが本人も他の人間もわかるようになっていた

この時、運営を任された総合司会者は、時間オーバーをした人に人物に
それを告げることは敢えてしなかった
それは、時間をオーバーした人の人間性(開き直っているか慌ててしまうか)とか
聞かされている人の行動(イライラしたり、時間が過ぎてるぞと言ってみたり)を
可視化するためにそうしたのだった

公の場ではみんな良いことばかりを言いたがる
だが、とっさの場面でフト出てしまう人間性
会場にいる人間がそれらを感じることができれば
誰に投票するかの判断材料になりそうとの思いでこのような試みをしたのだった

このシーンは少なくとも一回はあった
そしてそれは思わず出てしまう人間性を垣間見れる機会だった

だが、会場の人たちに運営側の意図とか仕掛けを想像してもらえたか?
という点では少し不安があったのも事実



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