パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

常識という力

2018年08月02日 19時14分57秒 | Weblog

あるきっかけで弁護士という職業のひとと打ち合わせをすることが多くなっている
会話は実務的な話以外にも飛んで、各地方自治体の裁判の例だとか、珍しい出来事だとか
気になる国のことだとか、、これらが弁護士の視点とか知識の中で紹介されてなかなか興味深い

つい先日はある市議会の懲罰動議(委員会)の話が出た
これは新城市議会でも発生した出来事で、ある議員の発言が議員としてふさわしくない
(その理由もしっかり調べてみるとかなりアバウトな理由だったが)と懲罰委員会が開かれ
最終的には、該当議員は議場で議長からのお小言を聞かされ、陳謝の言葉を述べるということになった

それで、我市でも同じようなことがあったと、何気なく伝えたところ
なんとあっさりと、懲罰動議とか委員会なんてものは、意図的に誰かに意地悪するようなことで
そんなのはよくあること、、、と言われてしまった
法に則って粛々ではなく、もっと人間的な好き嫌いに左右されることが多いらしいことを知って
驚いたというより、やっぱり、、と自覚したのは少々情けないが、、人間たちの行うこと
しょうがないな、、とも感じてしまう(最近この善悪の判断が甘すぎる傾向が自分にあるような気がしてきたが)

弁護士は若い人物と事務所を経営しているやり手と評判の二人
尋問の役割分担の話をしていた時、若い弁護士に向かって
「君はその分野の知識は十分に持っているか?そうでないならその様子は相手に読み取られてしまうし
相手が専門的なことを何やら言われたらごまかされてしまうぞ」
と同僚にいう言葉としてはきつい言い方をした

その瞬間話を聞いてるだけの自分の頭に浮かんだのは、市議会における一般質問の状況だ
議員さんは行政にいろいろ質問をする
一応調べてその場所に向かうが、相手の行政は一年中その仕事に取り組んでいる専門家
議員さんの知らない法律や情報を、長い前置きと同時に答える
そうなると議員さんは一気に不安になる、自分だけが知らないのか、、と
おまけに最近は反問権などというものが存在する、それが質問の真意を尋ねる使い方なら良いが
ちょいと意地悪な無知を晒してやろうとする意図がある場合には
議員さんは少しばかり困る状況になることは想像できる、、
だから、困ったものだな、、と、このことを思いながら聞いていたが
次に続く弁護士さんの次の発言は、、なかなかもものだった

「そういうときは、常識という(庶民の)強力なバックが控えていると自覚して、無知を恥じること無く対応すべきだ
 常識的に何かに違和感を感じるということは、世間の支持を受けているとも、、、」
(正確には覚えていないがこんなニュアンスのことを言った記憶)

そうだ、法の静的な解釈とか理解ではなく、生きた人間の自然発生的に感じるなにかおかしいと感じる常識的な感情
それをベースにこと当たるということ、それが現実に生きている生活者の生活に寄り添うことになりそうだ
市議会も裁判(裁判はちょいと違うかもしれない)

この常識的なこと、感情を実はずっと官僚とか職員の方にももってほしいと思っていた
厳密に常識とはなにかとか、庶民の意志とか一般意志とは何かなどと、ことを細かく突き詰めていくと
また観念の迷路に陥ってしまいそう
あまりアバウトすぎるのも困りものだが、ある程度の普段使われる常識という言葉の中で
物事が進められていったならば、、、もう少し世の中は過ごしやすいと思ったりする

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