パンセ(みたいなものを目指して)

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拘束力

2016年06月28日 11時01分21秒 | あれこれ考えること

新城市の住民投票がそうだったように
イギリスのEU離脱の是非と問う国民投票も
拘束力はないそうだ

だからといって、ことがここまで大きくなると
この結果を、実施しないことは現実的、気分的に難しそうだ

気分的、勢い、今回はこの言葉が分析の結果よく使われている
投票したあとで「EUってなに?」とか「EU離脱とは?」と
イギリス国内で検索されているらしい

ドイツが辛い経験を踏まえて「気分による大衆の暴走の可能性」を
排除した法体系なのは、試行錯誤の上のことで
この必然性はよく分かる

関心はどうしても昨年の新城市の住民投票との比較につながるが
あの住民投票は実施も結果も、イギリスの場合のように暴走だったのか?
(そんなことはないはず) 

というのは、今のイギリスの状態を見て
「住民投票はまともな民主主義にそぐわない!」
と言い出しそうな人や理屈が大手を振ってきそうな気がするからだ

住民投票は空気に流されやすいとか、単純な二項対立を煽って
まともな議論よりも勝ち負けが優先してしまうとか、、 
だから、選挙で選んだ議員さんに判断はお任せすべきだ
という声が 大きくなりそう

でも、振り返るとやっぱり新城市のあの住民投票は、妥協点を見つけたくても
その壇上に上がれない、説明も不足して市民の理解を得られていない状態で
行うことができた最後の砦だった様に思う

新城市の住民投票でも「拘束力」が問題となった
しかし、あのとてつもなく難解な選択肢のために、いかような解釈ができるように
なってしまって、果たして住民投票の結果が生かされたのか
生かされなかったのか、わからなくなって
後々の行動に至ってしまった

今回のイギリスの国民投票騒動
新城市民は住民投票を思い出す人が多かったのではないか 

 

 

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