パンセ(みたいなものを目指して)

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金額の正当性は手続きによって確保されるか?

2021年09月04日 09時58分06秒 | 養鶏所騒動

土曜日らしくなく、しかも面白そうでもないが、ずっと気になっていることなので個人的な備忘録として
(多少抽象的な)

それはある自治体のある契約を見た機会があったときに、その項目別の金額に少し違和感を感じたので
少しばかり調べる事になったことだ
その項目の金額は一般常識的には高いと思われるものだった
何でも批判的に見て、無条件に反対したいというのではなく、ネットで他の同様なものを検索してみると
それほどの数字にはいかないもので、経済効率からすれば固定費にそれほどの金額をあらかじめ計上するのには
違和感を覚えるものだった

行政はよく「適切に」という言葉を使う
多くの場合その内容についての判断ではなく、然るべき手順を踏んで判断したことを示すことが多いようだ

その然るべき手順とは何か
地方自治体の事業は税金から使われるので、その使用については効率的、公平であることが望まれる
それを確保するために、ある金額以上のものについては競争入札という手段をとる
総額はもちろんだが、そのときにも項目別の金額明細は示されるようだ
この項目別の金額は入札する企業の事情(得意分野とか在庫があるとか)によってかなり違いがあるようで
その一つ一つが高い安いとは言えないようだ
だから行政は総額を判断根拠とする
このあたりには抵抗感はないし、そうだろうなと理解する

だが随意契約となるとこれが不安定で、適切かどうかが疑われるものが出てくる可能性がある
契約には基本的にはいくら以上のものは競争入札すべしと法にあるようだが
規定金額を超えたものでも、特別な理由がある場合は随意契約でも良しとされる
今回自分が目にしたのはこの随意契約のもので、競争入札ではなくて随意契約にした理由は
納得したとしても、その(項目ごとの)金額の正当性はどのように確保されるのだろうと考えた

随意契約でも行政は相場の金額を調べておくのか、それとも委託企業の数字を信じるしかないのか
は部外者のなのでわからないが、仮に後者としたならば、その金額は批判に耐えうるものなのだろうか
行政は全ての分野のプロではないので、細かなことはわからないので相場の金額もわからないのは理解できる
行政のスタッフの中には、なんとか類似の例を探して数字の正当性を確保しようとするか、
そんな面倒なことはやめて粛々と相手側の提出した数字で進めていくタイプに分かれるようだが
後者の進め方の責任回避の理由としては、チェック機関の数の多さが挙げられる
契約を結ぶにはいくつもの印鑑が押される
金額が大きくなれば印鑑を押す人も増えてくる
その人達は、契約書の項目別の金額も見ているはずなので、おかしいと思わるものがあれば気づくはずで
印鑑が最後まで押されたならば、問題ないと判断される
しかし、手続き論はここで終わらない
実際にはこの先に議会による議決の承認で完全なお墨付きを得る
更には、会計監査のチェックも入るのでこうした手続を踏んでいれば、間違いを起こす可能性はないとされる

だが、この進め方は一種の机上の理屈に終止している可能性がある
第一に、議会はこの契約についての明細をちゃんと調べているかが大いに疑問で
議会は予算案としてまとめられた一括のものを議決するだけで
注意深い一部の議員を除いて、割合安易に予算案(結果的には契約書に)賛意を示すことになる
また、常識が判断基準の重要な点とされる会計監査においても、奇妙な点が見つかったとしても
会計監査員は契約の無効までの法的な力はなくて、単に注意喚起くらいしかできないようだ

つまりは手続きを踏んでも、かなり不安定なところがあるということだ
もう一つの問題は、現実の社会生活の人間である職員は、四角四面に効率を考えた予算の執行を
末端のところから個々で考えられるのか、、との問題ができてくる
公務員は、業務上の上司の指示に従わなければならないという条例があって
もしかしたら個人考えたならば、賛成できないと思われた件も、上司からの指示となれば
従わざるを得ないのかもしれない
個々で末端の人が悶々と悩むのは可愛そうだが、そういう人が存在するとすれば(市民にとっては)多少救いがある気がする
だが、よくあるパターンは、ちょっと考えるとおかしなことがあっても
前からそうだった、、といった悪い意味での前例主義で、たいして考えることなく進められてしまうのではないか

一番あってほしくない出来事は、腐敗だ(あるいは、なあなあの関係の世界だ)
誘惑の多い地位にいるおエライサンが、命令あるいは忖度を暗示させるような仕方で部下に物事を伝えたならば
どういうことになるか

実はこの問題ではないが、(これを彷彿とさせる)これに似たような件で、近々ある出来事が起こる
それはある組織に客観的にどちらの言い分に分があるか、、を決めてもらう手続きのことで
それはニュースになって地元に伝えられるか、それともスルーされて無視されるか、、
いずれにしても、そのうち分かることだ
滅多に怒らない(?)方だと自分では思っているが、この件は腹が立ったのでその意志をはっきり示すことにした


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