パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

本当のことは口にしないに違いない

2023年11月03日 10時25分09秒 | 養鶏所騒動

ローカルの裁判絡みの面倒くさい話

手にした不動産鑑定の結果を記した書類(コピー)の最初のページには
「本件鑑定評価に当たっては、自己又は関係人の利害の有無その他いかなる理由に
かかわらず、公正妥当な態度を保持し、専門職業家としての良心に従い、誠実に不動
産の鑑定評価を行った」と記されている
残念ながら、これは全ての不動産鑑定の書類に書かれているものか
それともこの書類だけなのか素人はわからない

この言葉が気になったのは、新城市が買い上げた養鶏場の不動産鑑定は
この言葉通りに作業を行われたのか疑問を覚えているからだ

令和元年に買い上げられることになった養鶏所は、いくつかの違和感があった
●買上げの金額が地元の住民の肌感覚と比べて異様に高い
●養鶏所のすぐ隣の土地を国が買い上げることになったが
   その価格は、養鶏場の価格の8分の1だった
●不動産鑑定は取引事例をもとに算出されたが、4箇所のうち3箇所が市外の豊川市だった
●不動産鑑定業者は随意契約によるものだった
●不動産鑑定業務の委託料は「公共事業に係る不動産鑑定報酬基準」によって決定される
   としているが、不動産鑑定の作業が行われていない時点では随意契約の金額を
 決めようがないので、養鶏業者の希望買取価格を伝えてその額を報酬基準の表に
 当てはめて算出している
●その希望買取価格は不動産鑑定に影響を与えていないか
●不動産鑑定の地目は、登記されているものと異なるものだった
  (不動産鑑定は現況で行われるものとされる!がその根拠だが
     山林・農地が雑種地とされたのはある種の意図を感じる)

地方自治体が土地等を買い上げる場合は、税金を使うのでなるべく安くすることが求められるが
異様に安い場合は先方にも迷惑をかけることになるので、程々の数字で収まるようにするらしい
安すぎてもいけないし、高すぎてもいかない
その根拠となるものが有資格者の不動産鑑定士による数字だ

だが、不動産鑑定の数字は現実には不動産鑑定士によって大きく違ってくるようだ
一般的に不動産鑑定を行う場合は目的があって行われるが
それは時には安めの数字がほしいとか、高めの数字がほしい、、
といった生臭い話で、顧客と不動産鑑定士との打ち合わせでその辺りが十分に
検討され、その方法論(例えば地目の変更)が選べられるようだ

つまりは、職業としての不動産鑑定業者はクライアントの意向を読み
それを具体的な形にすることが求められる
(忖度と言うより洞察力が求められるのかもしれない)

新城市では、あるとき急に養鶏場の買い上げ希望の話が出てから
あれよあれよという間に進められていった

行政はその正しさを確保するためには手続きが守られていることが必要とされる
今回の場合は、高すぎない安すぎない正当な買上げ価格を求めるために
国家資格を有する不動産鑑定士に依頼したとしている

ところが、この不動産鑑定の実態が本当に冒頭のカッコで囲まれた宣言のように
 行われたのかは大いに疑問だ
話を聞けば大半の人が「なぜ豊川?」と違和感を声にする取引事例の場所は
業者は「取引事例が少なく、あの時点ではこれしかなかった」と答えている
だがこれが本当のことか、もっと適切な取引事例の場所があったのかはわからない
これしかなかった、、という業者の説明を信じるしか手はないのだろうか

そして、希望買取価格を知ってしまった不動産鑑定業者の心理的に
その数字からスタートしないで公正妥当なものを求められるのだろうか
行動経済学ではアンカリングという言葉で、最初に提示された数字が
その後の判断に影響を与えるとされている
それほど難しい話でなくても、不動産鑑定業者は鑑定した結果が高いほど
自らの取り分の委託料は高くなるので、それを無視しても安い数字を出すものだろうか

いくつかの例外が重なると怪しいことが多いのは世の中の常で
そう考えるのは人間として身につけた経験と知恵だが
(この話は本当に例外が多かった)
現実に当事者に聞けば、答えは間違いなく冒頭のカッコの中のように行った
と答えるに違いない

行政裁判の原告と被告は、嘘を言っても虚偽証言として罰せられないらしい
人間はこのような場合は嘘をつくことが多く
いちいちそれらの証言がホントか嘘かを調べていると時間ばかりかかってしまうので
「嘘を言うものだ」を前提に進めるらしい(知らんけど)

だが、自分が説明すると市民の多くが状況判断から怪しいとされることも
当事者はちゃんと行っていると答える場合
裁判官という人々はいったいどんな判断をするのだろう

裁判官は自分らが話した市民と同様な気持ちになるのだろうか?
あの時点では取引事例はそこしかなかった
希望買取価格は聞いていたが、それに影響されることはない
この2つの言い分を裁判官という人々は、どう解釈するんだろう

現在進行中の裁判は11月29日に結審をすることになっている
本当のことを言わない!と心に決めているとしたら
人はそれに対抗するにはどうしたら良いのだろう






 
 

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