一昨年の冬、一人のアメリカ人が私を訪ねてきた。
ジャーナリストだという。
モンゴルに長くいたのだが、病気をしたので日本へ移動して来たらしい。
「外国人に琵琶湖を紹介したいのです。」と、彼女は静かに語り始めた。
アメリカに帰国した折に、母親に琵琶湖について何を知っているのかと尋ねた。
すると母親は、琵琶湖と言えば真珠だ、と答えたそうである。
私は思わず唸ってしまった。
日本人でさえ琵琶湖で真珠養殖がなされていたことを知らない人が増えてきている。
ましてや、海の向こうの国の普通の主婦が、琵琶湖の淡水真珠について知っていることに驚愕したのだ。
琵琶湖での真珠養殖の幕開けは、1930年までさかのぼる。
琵琶湖の固有種であるイケチョウガイを母貝として始まった淡水真珠の生産は、1980年には40億円を売り上げるまでに成長した。
ところが、1980年代後半から急激に生産量が減少した。
母貝が育たなくなったのである。
赤野井湾で真珠養殖に携わった人の話によると、母貝は途中まで順調に育つのだが、アオコが出始める季節になると急に成長が止まるのだという。
現在では、中国産のヒレイケチョウガイを用いた養殖がなされているが、往年の面影はない。
いったい琵琶湖で何が起こったのだろうか。
じつは1980年代後半というのが鍵となっている。
ジャーナリストだという。
モンゴルに長くいたのだが、病気をしたので日本へ移動して来たらしい。
「外国人に琵琶湖を紹介したいのです。」と、彼女は静かに語り始めた。
アメリカに帰国した折に、母親に琵琶湖について何を知っているのかと尋ねた。
すると母親は、琵琶湖と言えば真珠だ、と答えたそうである。
私は思わず唸ってしまった。
日本人でさえ琵琶湖で真珠養殖がなされていたことを知らない人が増えてきている。
ましてや、海の向こうの国の普通の主婦が、琵琶湖の淡水真珠について知っていることに驚愕したのだ。
琵琶湖での真珠養殖の幕開けは、1930年までさかのぼる。
琵琶湖の固有種であるイケチョウガイを母貝として始まった淡水真珠の生産は、1980年には40億円を売り上げるまでに成長した。
ところが、1980年代後半から急激に生産量が減少した。
母貝が育たなくなったのである。
赤野井湾で真珠養殖に携わった人の話によると、母貝は途中まで順調に育つのだが、アオコが出始める季節になると急に成長が止まるのだという。
現在では、中国産のヒレイケチョウガイを用いた養殖がなされているが、往年の面影はない。
いったい琵琶湖で何が起こったのだろうか。
じつは1980年代後半というのが鍵となっている。