DALAI_KUMA

いかに楽しく人生を過ごすか、これが生きるうえで、もっとも大切なことです。ただし、人に迷惑をかけないこと。

風(3)

2018-06-13 01:30:38 | ButsuButsu


湖上に心地よい風が吹いている
もうすぐ初夏が訪れる

湖上空に雲が流れ
飛び交う鳥たちが餌を食む

こんな日は、船に乗ってびわ湖へ行こう!
ひょっとしたら新しい発見があるかもしれない

認定NPO法人びわ湖トラストでは、小学5年生・6年生・中学生をびわ湖へ連れて行ってくれるらしい。
文部科学省が支援する『ジュニアドクター育成塾』だ。

いま、生徒の大募集中だ。
定員まであと10人なのだそうだ!

いろいろな大学の先生が直接、指導してくれる。
これはお得!

勉強して、楽しんで、成績が上がる!
しかも5年間、無料!

嘘だと思ったら、びわ湖トラストのホームページをみてみよう。
http://www.biwako-trust.com/



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風(2)

2018-04-20 17:59:07 | ButsuButsu


暖かい風が吹き、サツキまで開花の準備に入った。

ツツジはすでに満開だ。

春から夏へ、一気呵成に過ぎ去ろうとしている。

ゆっくりと成熟する変化が見えないのは、国の官僚も同じようだ。

きちんとした手順を踏んだ、わかりやすい政治をしてほしいものだ。

風向きを読み

風の強さを計り

耐え忍ぶ術を学ぶ。

そうした知恵をいつ忘れたのだろうか。

安普請の家屋は突風で倒れ、隠蔽された中身が露わになっていく。

こんな時だからこそ、本物の構えを求めたい。

負けない、そしてしなやかな強さを身に着けた若者を育てたいと思う。


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風(1)

2018-04-11 14:03:39 | ButsuButsu


春の風が吹いて
花が咲きほころび
山々は緑に変わった

湖にも
春は確かに訪れて
何か新しい気配がしていた



びわ湖トラストが
新しいびわ湖の歌を募集している
もしあなたの周りに
歌を作りたい人がいたら
教えてあげて欲しい

http://www.biwako-trust.com/?p=1989

今日の風は
少し強めだが
私の心には心地よく感じる
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道(100)

2018-03-02 11:42:37 | ButsuButsu


江州之圖というのがある。
1662年に発生した寛文近江・若狭地震の前後に描かれた地図と思われ、歴史的に大変興味深い。
どうやって描画したのかは不明だが、現在の地図と比較して北湖が異様に大きいのと、安曇川付近が誇張されているのが特徴である。
この地図と、我々が1990年代に測量した安曇川付近の湖底図とを比較して欲しい。



安曇川の南で大きな地滑りの痕が見られる。
これは寛文地震で発生したものと思われる。
この時に、白鬚神社の鳥居が湖中へ移動したと言われている。

996年の夏頃、この地を船で訪れた女性がいる。
越前へ下向した父を訪ねた紫式部である。
その時に詠んだ歌が、紫式部集に載っている。

三尾の海に網引く民の手間もなく立居につげて都恋しも

万葉集(1171番)にも

大御船泊ててさもらふ高島の三尾の勝野の渚し思はゆ

とあるところから、三尾や勝野というのは古い地名であったらしい。
今の高島市明神崎だというのが定説だ。
紫式部の一行は、勝野付近で船泊りをしたようだ。
ここで注意したいのは、そこは今よりも沖合であったと思われる点である。
おそらく浅瀬が続く豊かな渚だったのだろう。

高島の阿渡の水門を漕ぎ過ぎて塩津菅浦今か漕ぐらむ

と万葉集(1734番)にもあるように
この地を発った紫式部一行は、竹生島を経て塩津湾に入ったのだろう。

かき曇り夕立つ浪の荒けれぱ浮きたる舟ぞ静心なき

今もそうなのだが、菅浦から塩津湾に入る付近は、風向きが頻繁に変わることから難所として知られている。
ちょうど葛籠尾崎付近である。
この地の湖底には、古くは縄文から近くは平安に至る土器が沈んでいることで知られている。

道シリーズは、100回で終わる。
歴史は繰り返すと言うが、同じような風景を万葉の歌人や紫式部も眺めたであろうと想うと、情感を感じる。
ただ地震があったりすると、少し変化してしまう。
その少しの変化を、きちんと後世に残すことが大切なのだろう。

江州之圖を見ると、そんなこと思い起こされる。
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道(99)

2018-01-25 12:02:01 | ButsuButsu


未利用の太陽エネルギーを利用した自律型水上移動物体の普及と地域振興

琵琶湖では、1997年から自律型ソーラーボート競技会を通じて、未利用の太陽エネルギーを利用した自律型水上移動物体の開発を行ってきた。
自律型ソーラーボートの開発によって培った技術を一般に普及させ、大事故や災害時の輸送や通信及び救援に関わる補助手段として、社会リスク低減に貢献することを目的としている。

今回の課題は、自律航行に関する制御システムの最適化である。
我々がこれまで開発したハード及びソフトのオープンソース化を進め、より簡便に利用できる自律型水上移動物体の普及と振興を目標としている。
システムのオープンソース化によって、より多くの人々が簡便に自律型水上移動物体を製作することができ、レジャーや災害対策など様々な用途で利用される。
結果として参加者の倍増が期待できる。

2017年に5艇であった参加艇を10艇に増やし、参加者数を100名にすることを目指す。
さらに、国内だけでなく国際的な取り組みとして展開したい。
そのためには、より走行効率の良い自律型水面移動物体の設計・製作を実現し、システムのオープンソース化を目指し多くの人々が気軽に利用できる環境を整備する必要がある。
コンパクトでかつ安価な自律型水上移動物体のシステムを国内外の希望者へ提供したいと考えている。
このことによって、2018年以降には日本国内だけでなく、世界からの参加者も増え、地域の観光や漁業(伴走艇として漁船を雇用している)および災害時の活用も含めて地域振興に貢献できるものと考えている。

Enjoy!

https://www.youtube.com/watch?v=GshEeG7TBTM
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道(98)

2018-01-23 10:52:28 | ButsuButsu


2008年にスタートした認定NPO法人びわ湖トラストが、今年で10周年を迎える。
実に多くの人々に支えられてきたものだと思う。
感謝の一語だ。

10月8日に記念行事を行うことになった。
場所は、びわ湖ホールの中ホール。
どうしても琵琶湖が見える会場でやりたかった。

何をするのかいろいろ議論しているが、やりたいことがある。
びわ湖のライブミュージアムだ。
湖底にカメラを入れて、ライブで映像を流す。
ホールだけでなく、SNSを通して世界中に見せる。
そんなことが可能となってきた。

2000年に自律型潜水ロボット淡探(たんたん)を作ったとき、ぜひやってみたかったことだが、当時は十分にはできなかった。
技術の進歩は早い。
今では、安価にそしてきれいにできる。
どんな映像を流せるか、楽しみにしておいてほしい。

できればみんな、当日びわ湖ホールに集まろう!
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道(97)

2018-01-15 16:48:24 | ButsuButsu


大学で働くようになってから6年になるが、時折、驚かされることがある。

ほぼ毎日自宅から大学まで5kmほどの道のりを歩くのだが、先日、公道のゴミを拾う集団に出会った。

奇特な人たちがいるものだと感心した。

通り過ぎてから振り返ると、彼らの背中に「Ritsumeikan Green Patrol」と書いてあった。

路傍に捨てられたゴミには気づいても、なかなか拾う気にはなれないものである。

確かに、この通りは、立命館大学の学生が多く往来する。

誰が捨てたかもわからないゴミを、懸命に拾い集めるボランティアがいる。

海外では信じられない光景である。

日本という国の、立命館大学という学校を、ちょっと見直した瞬間だった。
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道(96)

2018-01-10 16:30:03 | ButsuButsu


新年の朝は、屋根の上の初日から始まった。
今年は良い年であって欲しいものだ。

最近、いろいろと考えさせられることが多い。
貴乃花は、結局、2階級降格となってしまった。
当分、理事に立候補しないような気がする。
どうしようもない人々に交じって自己の節を曲げるより、まだ若いのだから自分に吹く風を待った方が良いのではないだろうか。

声高に「貴乃花は礼を失した」と言っている人が、「張り手やかち上げのどこが悪いのか」とも言う。
何故だか、矛盾した発言だ。
この人は何もわかっていないのだな、と驚く。
我が国における「礼」とは、江戸時代に定着した儒教に根源を有している。

***(ネットから)
そもそも「礼」とは、古代中国における人が従うべき社会の規範のことを意味している。
孔子は内面の「仁」と外面の「礼」を結びつけ、行動として外面にあらわれる「礼」を正しく復興させることで、社会秩序を再建しようとした。
***

であるから、中国の外夷であったモンゴルの人々には、「礼」という概念はない。
騎馬民族にとって力こそ正義であり、したがって張り手でもかち上げでも、許されるのなら何でもありの世界なのだ。

相撲道が確立された江戸時代にあって「礼」を規範とする日本人力士は、許されているとはいえ張り手やかち上げはよほどのことがない限り使わなかったのだろう。
ましてや、横綱がそのようなみっともない形で勝ちを拾うことなど、想像もしていなかったに違いない。
勝率9割6分を超えた大関雷電はあまりの強さに、「鉄砲(突っ張り)」「張り手」「閂(かんぬき)」「鯖折り」を禁じ手とされたという。

一方、「礼」の本質を学習してこなかったモンゴル人力士にとって、形式のメンツより実質つまり勝つことへのこだわりの方が強いのは当然のことだ。
したがって、張り手やかち上げを遠慮なくやっていいのなら、おそらくボクシングのように繰り出すことにためらいはない。

差別という意味ではなく、日本人とモンゴル人とは、文化の背景が根本的に異なるという認識から今回の暴力事件を観るべきなのだろう。

例えば、モンゴル人に道を尋ねれば、必ず答えてくれる。
それは親切だからということではなく、厳しい自然環境で生活をする遊牧民族にとって、間違っていても答えを示してあげることが人を救う道なのだ。
知らないと答えて、決断しなくて迷うことの方が危険なのだ。
これはアフリカの狩猟民族でも同じだと聞いたことがある。
彼らもまた、当たり前のように道を教えてくれる。

一方、日本人の場合、知らなければ知らないと答える。
気候が穏やかな農耕民族にとって、仮に知らないと答えても、尋ねた人が道に迷って餓死する危険性は少ない。

「嘘をつく」とか「人をだます」ことに対する罪の意識も大きく異なる。
私は20年近くモンゴル人と付き合い、かの国を10回以上訪問してきた。
その中で、彼らに騙されたり、嘘をつかれた事例は枚挙に事欠かない。

「嘘」や「だまし」は生活の知恵であり、そのことに恥じ入ることはない。
また、人に謝ることもしない。
謝るということは、自分が弱いということを認めることなのだ。
厳しい自然環境下では、嘘を信じる方が悪いのであり、だまされるのが愚かなのだ。
むしろ、家族とか友人と言った同じ利益集団のきずなを守ることの方が大事なのだ。

日本人の多くは、自らの罪を悔いる。
嘘はつきたくないし、人も騙したくない。
これらは、ひとえに儒教の教えである。

こうして、今回の日馬富士の暴力事件を振り返ると、見えてくることがある。
日馬富士は、白鵬の指示または依頼で、貴ノ岩にヤキを入れたのだろう。
恐らく、日馬富士は白鵬に、何らかの借りがあり断れなかったのだ。
横綱3人は同じ利益集団であったからこそ、互いの利益を守った。
結果として日馬富士が一人悪者になった、というのが真相だろう。

しかし、このことはモンゴル人社会で言えば、当然のことなのだ。
一人を犠牲にしても、集団を守る。
そのためには、嘘や騙しも許される。

可哀そうなのは、そのような利益集団に翻弄される相撲協会という組織である。
いくら規律を求め、礼を唱え、厳罰を処しても、本質的な解決とは逆行している。
そんな中で、貴乃花がいくら相撲道を叫んでみても、無駄でしかない。
あきらめるか、時期を待つかしかない。

「礼」などどいう自分に都合のよい規範を持ち出して人を裁くことが、結果的に自分自身の首を絞めていることに気づかない愚か人々とは、距離を保った方がずっと賢い。

モンゴル人と日本人で、共通なこともある。
それは、自然を崇拝することだ。
モンゴル人は、自然と語りかける。
ホーミーなどがそのよい例だ。

共通点を共有することに、解決の道があるのかもしれない。


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道(95)

2018-01-05 11:24:41 | ButsuButsu

琵琶湖で発見した壺を見ていたら、面白いことに気が付いた。
http://sp.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/3/23254.html
口のところに魚の死骸のようなものが?
丸く囲ったところに、しっぽの形が良く見える。
形や大きさから言うと、二ゴロブナのようにも思える。
恐らくあとでツボに入り込んでそのまま死んだかだが、形が残っているのも面白い。
もし、元々入っていたのなら、どうして今まで形が残っているのか。

第一、飛鳥時代と思われる土器があまり土砂に埋まっていないのも不思議だし、湖成鉄などが付着していないのも興味深い。
謎が謎を呼ぶ1400年前の土器の発見に、少し興奮を覚える。
引き上げには多額の経費が掛かるが、誰かスポンサーはいないのだろうか。
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道(94)

2018-01-03 22:50:29 | ButsuButsu


昨年末TBSテレビが放映した琵琶湖のお笑い番組(?)です。
結構笑わせるので、よろしかったらご覧ください。
90分ですが、ちょうど真ん中あたりです。

https://www.youtube.com/watch?v=2ZNjuqzpEZg
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道(93)

2017-12-30 19:00:05 | ButsuButsu


2018年8月19日から24日にかけて国際陸水学会(SIL)が中国南京で開催される。
この会議で、次のような特別セッションを開くことが決まった。
尊敬するCharles R. Goldman先生の88歳の誕生日を祝福するセッションだ。
世界的に著名な先生は、アインシュタイン賞の受賞者でもある。
ぜひ若い人々に参加してほしいと思っている。
応募される人は (http://www.sil2018.com/dct/page/1)からお願いしたい。
地球物理学者 熊谷道夫

Dear friends and colleagues,
We would like to invite you to join our special session at SIL in Nanjing, China, August 2018.
This session will celebrate Charles R. Goldman and his 88th birthday; an 88th birthday has a special meaning in Japan, since its double eights (8x8) means double infinity (∞) and is a symbol of long life. We hope you can join us for this special event to share the enjoyment, and to celebrate Charles and his vision of ‘global limnology’.
Michio Kumagai, Warwick Vincent and Richard Robarts

S9. Global Lessons from Lakes of the World
Michio Kumagai, Professor, Lake Biwa Sigma Research Centre, Ritsumeikan University, Past President of the Japanese Society of Limnology, Japan
Warwick F. Vincent, Professor & Canada Research Chair, Biology Dept & Centre for Northern Studies (CEN), Laval University, Canada
Richard Robarts, Director, World Water and Climate Foundation, Former Director of Global Enviromental Monitoring System (GEMS). Canada.

Session abstract: This session is in celebration of world limnologist Charles R. Goldman and his 88th birthday. The aim is to examine how specific lakes or regions of lakes contribute to an improved global as well as local understanding of freshwater ecosystems, which can lead to strategies for lake preservation and restoration throughout the world (the theme of SIL XXIV).

List of presentations to date:
Keynote: Charles R. Goldman – The Importance of Limnological Research in the Changing World Climate
Michio Kumagai – ICT Monitoring System for Freshwater Ecosystem Resilience
Warwick F. Vincent – Global Limnology of the World’s Largest Wetland: The Circumpolar Arctic
Sally MacIntyre – Mixing Dynamics in Lakes from the Tropics to the Poles
Pu Peimin - Water Structure and Strategy for the Restoration of Chinese Lake and River Ecosystems
Richard D Robarts, Gyres and their Biogeochemical Consequences for World Lakes.
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道(92)

2017-12-28 10:24:39 | ButsuButsu


「相撲道」という言葉で世間が揺れている。
貴乃花の言う「相撲道」とは何か。
それは外国人力士に理解できるのか。
面白い文章を見つけたので、以下に引用しておく。

貴乃花の言う「相撲道」とは、スポーツではなく文化なのだと思う。
これは外国人にはわからないだろう。
何しろ、日本人でさえ忘れてしまった心なのだから。
しかし、守りたい心でもある。

相撲協会と貴乃花の確執は、現実と理想の確執でもある。
現実は興行であり、金もうけである。
理想は、日本人としての心構えである。
そこには、美学が存在する。

古来、日本人はそのような美学を尊いものとしてきた。
九郎判官義経や浅野内匠頭などは、多くの庶民から支持されてきた。
イケメン貴乃花にも心酔者が多い。
相撲協会がどうあろうとも、勝負ははなから決している。

すべてがグローバル化され
国際的な色で塗り固められている昨今
かたくなに「日本人の心」を追求する。
そんな「相撲道」があってもよい気がする。

海外から日本に来て
日本の文化に触れあおうとする人々は
「日本人の心」を理解するように努めるべきだし
その象徴が「相撲道」であるのなら、その道から外れるべきではない。

モンゴル人がモンゴル人に暴行を加える。
これはどうみても集団リンチだし、「相撲道」ではない。
貴乃花の美学とは、到底相いれない。
こうして、私たちは今、とても重要な問いかけに直面している。

アメリカや中国、韓国や北朝鮮といった国々の
時には理解不能な言動と対峙して
必要な決断を迫られることが多い昨今
「日本人の心」が国難を救うのかもしれない。

***********
第65代横綱 貴乃花 光司

中西進先生は当代随一の万葉学者であり、日本人が忘れてきてしまった“日本の美徳”を、言葉の起源をひもときながら誰にでもわかりやすく教えてくれ、目を覚まさせてくださる方です。その中西先生の著作集全三六巻が順次刊行されるとのお知らせを聞き、改めて先生の精力的な仕事ぶりに頭の下がる思いが致しました。
私が中西先生と初めて出会ったのは、東海道新幹線の座席ポケットに入っている『WEDGE』誌上でのことでした。地方巡業に赴く長い道中、ふと手にとった『WEDGE』に連載されている「日本人の忘れもの」を読み、心が揺さぶられるような思いが致しました。
私は15才で入門して以来、ひたすら相撲道を邁進して参りました。相撲界は一般の方から見ると特殊な世界のようで、未だに国技である“相撲”は完全に理解されているとは言えません。たとえば“横綱”についてですが、横綱とは「力士の中で最も強い者」「相撲という格闘技のチャンピオン」である、と解釈されている方がおられることが残念でなりません。同様に、相撲は“日本古来の格闘技”ではありません。相撲とは『神道』に基づき、男性が神前にその力を捧げる神事がその根源です。横綱に強さだけでなく、品格や厳格さが求められるのは、相撲が神事である証しといえるでしょう。横綱とは力士番付における最高位ではありますが、ただ勝ち星が多ければよい、他の力士に比べて力や技に勝り、誰よりも強ければそれでよいという存在では決してありません。
相撲の道を志すものは、「強くなりたい」という思いと同時に、「日本の伝統文化を守る」という強い意志が必要だと私は常々考えて参りました。それと同時に、相撲を通じて古来から脈々と受け継がれてきた日本文化の美学を後世に伝えていくことが、相撲に関わるすべての人間に課せられた義務であると考えております。
中西先生の著作に初めて接したとき、「ここにも日本の伝統文化を伝え、守ろうとしている方がおられる」と、まるで同士を見つけたように心強く感じると同時に、背筋が伸びるような思いをしたことを今でも覚えております。しかも、遠大なテーマでありながら中西先生の語り口に難解なところはみじんもなく、常にどんな人にも平易に読める文章で日本文化の奥深さを伝えてくださいます。このようなところにも、先生の温かなお人柄と、近代化の中で日本人が忘れてきたものを幅広く伝えたいという情熱がうかがえます。
私が実際に中西先生にお会いしたのは、貴乃花部屋創設の際作成した記念パンフレットに掲載するため、こちらから「是非に」とお願いし実現した対談のときでした。先生は文体そのままの方で、眼鏡の奥のまなざしは優しく、そして時に茶目っ気が感じられました。「相撲道」にも格別の関心をお持ちで、先生の専門分野である“言葉”から、様々な考察をされておられました。例えば、相撲の立ち合いで行司がかける“見合って、見合って”というかけ声については、「日本語で“見合う”というのは“誉める”という意味があるんです。これは、お互いに尊敬し合えるからこそ、真剣勝負ができるという深い意味が込められている証拠と言えます」という言葉をお聞きし、先生が相撲道の本質を見抜いておられることに深く感じ入ったものです。相撲の本質とは力の競い合いではなく、その時々の力と技の優劣を競うことに眼目があるという深い考察にも、先生の相撲に対する思いが伺えました。
対談でとりわけ印象深かったのは、中西先生が「女性が土俵に上がれないのはどうしてですか?」と聞かれたことでした。当時は、ちょうどそのことが世間で話題となる出来事があり、論争が起きていたのですが、先生はまさに直球でその真意を私に問うてきたのです。これに対し、私は「相撲とはもともと力士のどちらかが死ぬまで競い合うもの。土俵という闘いの場に本来守るべき存在の女性を上げるわけにはいかない。女性を土俵に上げないのは、この精神があるからなのです」とお答えしました。すると、先生は何とも言えない嬉しそうなお顔で「そもそもそのような由来があったのですか。一般の方々にも広くそうした事実がわかった上で、正しい議論が始まると上手な解決法が見つかるかもしれませんね」と深く納得されてらっしゃいました。
中西先生は文学を通じて日本が古代より女性を尊んできたことを熟知されておられます。日本文化が女性の手によって花開いていったその歴史を知り抜いておられる先生だからこその、安心されたご様子の笑顔と理解し、先生の「正しい議論」というお言葉に、私自身も勇気づけられる思いでした。
『日本人の忘れもの』――私が中西先生と出会うきっかけともなったエッセイのタイトルがそうであったように、近頃の日本は大切な多くのことを忘れてしまっているようです。我々は、日本人としての誇りを持ち「日本人の心」を今一度再確認しなくてはいけません。中西先生にはこれからも著書を通じて、この日本の素晴らしい伝統文化を未来に語り継いでいっていただきたいと願ってやみません。

万葉学者「中西進著作集25」に封入の「月報」より
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道(91)

2017-12-21 10:05:49 | ButsuButsu


2017年12月14日、実験調査船はっけん号で、琵琶湖葛籠尾崎地先へと向かった。
この地は、湖底遺跡があることで知られている。
古いものでは8000年前の縄文時代の土器が見つけられている。

現地で船を係留し、最新型の水中ロボットを投入した。
思ったより湖底堆積物が多い。
水中を浮遊する粒子の数も多そうだ。

この場所は、塩津湾から吹く風と菅浦から吹く風が左右に交互で卓越するので、船の固定が難しい。
おまけにロボットのケーブルは150mしかなかった。
ゆっくりと濁りの中を進む水中ロボットのカメラが、何かを捉えた。

「壺だ!」
歓声が上がる。
その場でロボットを着底させ、水が澄むのを待つ。

現れたのは、なめらかな曲線を持つ土器だった。
どこにも傷のない完全な形の土器だ。
少しずつ前方に回り込もうとするが、ケーブルの長さが足りない。



その時、神風が吹いた。
風向が変わって、はっけん号が土器の方向にゆっくりと動き始めたのだ。
「やった!」

ついに壺の口を拝むことができた。
一緒に参加した水中考古学者が、「7世紀ころの土器かな」とつぶやいた。
600年代というのは、大津京の前あたりか?

琵琶湖の湖底には歴史のロマンがある。
かれこれ30年近く琵琶湖の湖底を研究してきたが、こんなに美しい遺物は初めて見た。
いつの日か、この壺を採取したい。

そんなことを思った。

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道(90)

2017-11-21 18:09:18 | ButsuButsu


大学の正門で、かわいい白い花を見つけた。

思わず写真を撮る。

ネットで調べたら、アベリア コンフェッティと言うのだそうだ。

原産は中国。

花言葉は、謙虚・謙譲・強運。

大学の入り口に植えるのには、向いているのかもしれない。

学生たちはほとんど見向きもしないが、この灌木は結構長く花を咲かしている。

今日は、ひとつ勉強した。
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道(89)

2017-11-17 13:20:47 | ButsuButsu


昨日の続きの話をしよう。

吹き出しの場所は、この画像の赤丸の点である。

すぐ横には、湖底からそそり立つ山がある。

この山は、湖面には出ていないが、かつてあった火山の痕跡であると言われている。

今から7-8千万年前の話だ。

この隠れ山の少し北にあるのが、湖面に顔を出している沖ノ白石である。

このような、湖中に隠れた山塊が南から北に連なっており、そこかしこで湖底からの噴出が確認されている。

壮大で面白い話だ。
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