どこかで何か音がする。
男は泳ぎを止め、耳を澄ました。
「この近くだ」
岩角を乗り越えたあたりで枯葉にまつわりつくウズムシの群れを見た。
周辺には、黒っぽくて丸い卵が無造作に転がっていた。
何の警戒も必要ではないのだろうか。
そんな危惧さえ抱かせるかのように、ビワオオウズムシの卵が放置されていた。
彼らにとって、ここは全くの安全地帯なのだろうか。
それにしてもなぜこんなにも多くのウズムシがいるのだ。
水のにおいも変わってきた。
少し暖かい気もする。
プツプツと気泡がはじけるような音がする。
男はそっとあたりを見回した。
水の底がモコモコとかき乱されている。
「あそこだ」
ここは湖の源とでもいうような場所だ。
地面から何かが噴き出る場所に、ビワオオウズムシが潜り込んでいる。
周辺には小エビのような生物も見られる。
「ヨコエビか」
アナンデールヨコエビと呼ばれるこの生物も、奇妙な生活をしている。
昼間は湖底にたむろしており、夜になると浮上する。
その距離は時には80m近くにもなる。
エサを取りに行くらしいが、昇降に費やすエネルギーの方が大きい気がする。
彼らは、過去数十万年も同じような生活をおくっているのだ。
ビワオオウズムシとアナンデールヨコエビ。
ともにこの湖の固有種と呼ばれる2種類の生物は、お互いの存在を無視するかのように湧き上がる泥にまみれていた。
この地に小さな吹き出しが見つかったのは2006年のことだった。
注意しないと見過ごしてしまうような光景だが、何か意味があるのかもしれない。
この頃からビワオオウズムシが急に増えてきた。
「何かが変わりつつある」
男は一人ごちた。
漠然とした不安が男の胸をよぎった。