DALAI_KUMA

いかに楽しく人生を過ごすか、これが生きるうえで、もっとも大切なことです。ただし、人に迷惑をかけないこと。

道(37)

2016-01-28 15:58:59 | ButsuButsu


この世で一番早く走る動物 

チーター(Cheetah)には

目の下に黒いtear markがある。

まるで悲しくて泣いたあとのようだ。

ライオンより、豹より、しなやかで格好いい。

その割に、争いには向かない。

せっかく捕らえた獲物も、彼らに横取りされてしまう。

そして、とても家族思いでもある。

そう言えば

野球選手やフットボール選手も目の下を黒くしている。

チーターの真似をしているのだそうだ。

彼らは商標使用料をチーターに支払うべきだろう。



というのは、他の猛獣とは異なり、チーターは朝に獲物を狩る。

水平に差し込む太陽の反射光を避けるために、このマークがあるのだ。

弱肉強食の世界にも、一定のルールがある。

適当に分け合い、逃げ道を用意する。

条理に合わなければ滅亡する。

覚悟を持ち

信念を持ち

不条理を克服する。

チーターの姿に、そんな生き様を重ね合わす。

人間の狩りによって激減したチーターが、絶滅しないことを祈る。

アラブの世界を見るときに、人間の尊厳がどこに行ったのかと疑問に思う。

人間は、ライオンや豹より獰猛なのだろうか。
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道(36)

2016-01-27 12:25:37 | ButsuButsu


この寒波で、山頂はきれいに雪化粧した。

やっと冬の富士らしくなってきた。

今日の関東は天気がいい。

まるで春のように、気持ちがいい。

私の心は、浮き立っている。

実は、昨日、「はっけん号」が帰ってきた。



2012年からだから、まる4年間、私がこの船の上に立つことはなかった。

そう、4年ぶりの再会。

恋人に会うような気持ちで、甲板に立った。

手に触れる一つ一つに、23年前の思い出が重なる。

1992年、この船の設計をしたとき、いろいろなことを工夫した。

使いやすいように。

そう願って心を込めた。

月日が経つのは早いものだ。

あと少しの時間、命を吹き込んで、湖面を走らせる。

そう思って、一緒に走った。

すべてがこの日のために。

さあ、これからだ。

***

神は決して運命を作りはしない。

人間同士をめぐり合わせるだけだ。

そして神の意志によって提示されたチャンスを実現し、あるいは反古にし、または罠に嵌ったり、上手にまたいだりするのは、人間たちの努力と判断にかかっている。

(浅田次郎より)
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道(35)

2016-01-20 13:31:12 | ButsuButsu


なんだって。

朝、起きると、窓の外は雪景色だった。

どおりで寒いと思った。

億劫に思いながら、ベッドから這い出る。

長靴を履いて、大学へと向かう。

粉雪を踏みしめていると、少年のころを思い出した。

島根の山間は、豪雪地帯だった。

多い年は1メートル以上も積もった。

時には、学校が休みになることもあった。

子供たちは喜び、かまくらを作ったり、スキーをしたりした。

あの頃、明日のことなど何も考えていなかった。

世界は、村の境界で閉じていた。

貧しかったけれども、幸せでもあった。

手の届くところに生活があったし、食べ物はほとんどが自給自足だった。

今、街には、多くの食料があふれ、生活も豊かになった。

でも失ったものも多い。

毎日食べる食品の多くが、どこから来ているのかも知らない。

偽装食品などなかった。

なんでみんな競争をするのだろうか。

泳がないと沈んでいく社会。

本来はフェアな競争だったはずなのが、やがて勝つための競争となり、負けそうになるとごまかしたりする。

富の偏在が多くの競争を生み、勝つものはずっと勝ち続ける。

負けるものが勝ち上がるには、大貧民の革命しかない。

そして争いは続く。

雪道のように、時々、リセットをかければよいのに。

すべてを白く塗り替える粉雪は、転げたくなるほどふわふわだ。

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道(34)

2016-01-19 14:13:51 | ButsuButsu


「歳を取ると、たくさんの絵は疲れます。素晴らしい絵であればあるほど、養分を吸い取られるようです」

老人は「ふう」と一つ長い息を吐き出し、溶けて水だらけになったビニール袋をテーブルの上に置く。。

**************

確かに、歳を取ると、何をするにしても疲労を感じる。

まさに養分を吸い取られる気がする。

本を読む、音楽を聴く、絵を見る、などなど。

それぞれの行為が、重なれば重なるほど、多くのエネルギーを必要とする。

だから、厳選したものを、少しだけ楽しむ。

文章を書く場合もそうだ。

一度にたくさんの文章は書けない。

その代わり、珠玉の言葉を選ぶ。

良いものを、少しだけ、他人に届ける。

人生とはそんなものだ。

その代わり決してあきらめない。

亀のようにゆっくりした歩みだが、前へ進む。

良い人生を歩み遂げるために。

今日は良い天気だが、風が強い。

比叡山にはまだ雪がない。

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道(33)

2016-01-12 18:09:09 | ButsuButsu


日本の道を歩いていて、感心することがある。

今日も一人黙々とゴミを拾う女性がいた。

通勤の途中に、こうした風景をよく見る。

空き缶や食べ物の空き袋を放置する若者がいる一方で、それを拾い集める人がいる。

放置していれば、清掃車がやってくるような場所ではない。

まったくのボランティアで、彼女はゴミを拾う。

しかも、ほぼ毎日だ。

こうして、日本の道はきれいに保たれる。

海外ではみられない光景だ。

「日本に大量の難民が来るのは嫌だな」とある知人がつぶやいた。

島国という特殊な文化で維持されている日本社会が、汚されるのに耐えきれないらしい。

しかし、とも思う。

もし東アジアで大規模の虐殺が起こり、多くの難民が日本海を渡って漂流してきたときに、私たちは拒絶できるのだろうか。

人道的な立場からして、また、国際的な責任からして、追い返すことは困難だろう。

だとすれば、この国の文化に適応してもらうしかない。

日本人に対しても、外国人に対しても、日頃からこうした教育を積み上げる必要がある。

「ローマにありてはローマ人の如く生き、その他にありては彼の者の如く生きよ」

という諺にもあるように、基本的には理解しあえる考えだ。

問題は、なかなか実践できないところにある。

どうすれば老人に優先席を譲り、どうすれば歩道のゴミが拾えるのだろうか。

それ以前に、どうすればゴミを捨てないようにできるのか。

世界でも稀有な文化を保持する日本という国において、他国への範として示す道がある。

それを守りたい。

坂道を歩きながら、今日はそんなことを考えていた。
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道(32)

2016-01-08 12:28:55 | ButsuButsu


水の通り道というのは、摩訶不思議なものだ。

特に地面の中を流れる水は興味深いものがある。

深部流体と呼ばれる水の流れもそうだ。

その中に「有馬型」と呼ばれるものがあるそうだ。

この呼び名は有馬温泉から来ているが、高塩分で酸素同位体比が高い地下水のことを指すらしい。

フィリッピン海プレートが沈み込む際に水を引き込む。

深く潜ると圧力が上昇し、水は熱水流体となって上昇する。

フィリッピン海プレートは若いので、西日本では比較的浅いところで上昇流が起こる。

だから火山のない場所でも温泉が出る。



(産総研ホームページより)

ひょっとしたら、瀬田唐橋の自噴泉も深部流体が起源なのかもしれない。

そうだとすると、馬鹿子さんの指摘のように、「エンコ」の「エン」は塩から来ていてもおかしくない。

そう言えば、琵琶湖の深い場所には海洋性の古細菌がいる。

もしこれらが繋がっているとすれば、琵琶湖のベントも瀬田唐橋のエンコも古細菌の存在も、一連の議論の中に収まる可能性がある。

そしてエンコの水が深くなっているということは、プレート活動の活発化の証左なのかも知れない。

気をつけるに越したことはない。
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道(31)

2016-01-05 16:32:40 | ButsuButsu


瀬田川にかかる橋は、古代の昔からあったようだ。

それだけ重要な橋だったのだろう。

日本三大古橋でもある。

現在の場所に橋を架けたのは、織田信長と言われている。

さて、この橋の近くに「エンコ」と呼ばれる深井戸がある。

明治時代に作られたものだ。

なぜ「エンコ」と呼ぶのかは定かではないが、長い間、エンコの井戸水が枯れていた。

ところが数年前(あまりはっきりしないのだが1990年頃か?)から盛んに水が湧き出すようになってきた。

景気が悪くなり、周辺の工場が井戸の利用をやめたから、とも言われている。

しかし、この話もあまり確かではない。

実は、この井戸の水は温度が高い。

年中19℃以上もある。

これは地中でいえば、深さ200mくらいの水の温度と一緒だ。

井戸の中に水温計と溶存酸素計を一年間沈めておいた。

昨日取り出して図にした結果を示す。



よく見ると面白いだろう。

夏ごろから水温が上昇している。

それに呼応するように、溶存酸素濃度が低下し、1%以下となった。

ほとんど酸素のない水が地下から噴き出している。

地表に出ると酸素と触れて赤褐色の水となる。

酸素が低くなるということは、水が湧き出る場所が次第により深くなってきていることを意味している。

なぜだろうか。

残念ながら確実な答えを持ってはいない。

ただ、地殻の収縮や膨張と関係しているかもしれない。

溶存酸素の値が小刻みに揺れているのも、不思議だ。

体に感じない、微小な振動が地下で起こっているのかもしれない。

ここしばらく注意が必要だろう。
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道(30)

2016-01-04 17:49:26 | ButsuButsu


さて「赤い水」の第2弾だ。

今日は水温計を持ち込んで計ってみた。

瀬田唐橋の深井戸の場合は19.8℃だった。

ここではすでに大気と触れて水色が赤くなっているので、それよりは低いだろう。

そう見通しをつけた。



上流の澄んだ水は11℃で、赤い水は17.7℃だった。

やはり深い場所から湧き出した水だ。

おそらく深さ150m位からしみだしていると思われる。

もう少しモニタリングを続けてみよう。

身近でいろいろな変化が見られるようになってきている。

どういう変化が起こるかは不明だが、少しは気配りをした方がよいのではないだろうか。
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道(29)

2016-01-03 20:32:25 | ButsuButsu


散歩を兼ねて近所の郵便局へ出かけた。

歩きながら、ふと水路を見ると赤い水が流れていた。

「これは???」

明らかに鉄が酸化した色だ。

瀬田唐橋近くで自噴する深井戸「エンコ」の水色と同じだ。

100メートル以上深い井戸の水は、溶存酸素濃度が低い。

だから、二価の鉄が溶けだしている。

それが地表に来ると大気と触れて酸化し三価の鉄になり、赤色に変わる。

ということは、上流で深い地中から地下水が湧き出している可能性がある。

こうして、郵便局からの帰り道、赤い水の水源を訪ねる私のプチ冒険が始まった。

この水はどこから来ているのだろうか。

これまでこんな色の水を近所で見たことがない。

一体何が起こっているのだろうか。

京滋バイパスを越え、新幹線を越え、瀬田地方特有の曲がりくねった道を進んだ。

やがて自宅近くまで辿り着いた。



「あった!」

ついに赤い水の源流を発見した。

なんと、自宅から100メートルほど離れた水路で、赤い水が滾々と湧き出ていた。

なぜ、今頃ここで?

昔はなかったな?

そんな疑問が脳裏に浮かんだ。

経験から言って、何らかの地殻の収縮が起こっている可能性がある。

注意が必要だ。

さてどうしたものか。

もう少しきちんと調べた方がよいのかもしれない。

大きな地震の予兆かもしれない。

いま私にできることは、可能な限り科学的に対処することだろう。

ということで、今日は何もしないで帰ってきた。

たぶん何事も起こらないと思うのだが、放ってもおけないだろう。
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道(28)

2016-01-02 01:28:14 | ButsuButsu


京都の街を散策すると、時々面白い発見をする。

珍しいことに、時宗のお寺を見つけた。

そもそも仏教には、4つの如来信仰がある。

釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来、薬師如来である。

如来とは覚者を意味し、深い悟りを開いた者を指す。

空海を祖とする真言宗では、大日如来を祀る。

つまり、宇宙の根本を示す曼荼羅の中央に描く。

最澄を祖とする天台宗では、釈迦如来が中心である。

この違いは、二人が学んだ中国の宗派(寺院)が異なることによる。

天台宗は法華教を根本経典としており、のちに法然が分かれて浄土宗を開く。

彼は、阿弥陀如来を信仰した。

その後、親鸞の浄土真宗を開くのだが、ともに阿弥陀如来を信仰し「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも成仏できると教える。

この流れに位置するのが、一遍が唱えた時宗(時衆)である。

この宗派はもっと寛容で、阿弥陀如来の信仰は問わない。

ただ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えてお札を祀るだけでよい。

いい加減と言えばそうだが、難しい教義を説かないので、多くの貧しい民衆が信者となった。

調べてみると、時宗の寺も結構全国にあるようだ。

こうしたお寺を訪れると、時代の流れを感じる。

最近は、救われない時代となってきた気がする。

皆が自分のことしか語らないようになり、詭弁を弄するようになってきた。

傲慢な政治家や経済評論家が増えてきて、誠実な説明や簡明な表現がおろそかにされている。

例えば「非成長産業から成長産業へ労働者を動かす政策が必要だ」という意見がある。

一見、なるほどな、と思う。

しかし、ここにジレンマがある。

(1)何が成長産業かわからない。

(2)どんな職種にでも対応できる労働者は、そんなに多くない。

(3)産業の成長速度と、労働者の順応速度は同じではない。

結局、こうして非正規労働者が増えることになる。

非正規労働者なら、置き換えが容易だからだ。

念仏さえ唱えれば誰でも成仏できるような、わかりやすい政策が必要な気がする。

わが国の産業構造を支えてきたのは、熟練した技術者が高度な製品を作り出す、中小企業という社会基盤である。

これは韓国にも、中国にもない。

「成長産業」という枠組みでは、こうした熟練工が切り捨てられる。

政治や経済を職業とする人々は、日本独特の産業構造をもっと大切にしてほしいと思う。

「労働者を動かす」には、それなりの仕組みが必要だ。

労働者はロボットではないのだから、口で言うほど簡単には動かせない。
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