DALAI_KUMA

いかに楽しく人生を過ごすか、これが生きるうえで、もっとも大切なことです。ただし、人に迷惑をかけないこと。

4月29日(月)のつぶやき

2013-04-30 05:00:43 | 物語
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Global Versus Local Perspectives

2013-04-29 17:39:46 | ButsuButsu
2003年に本を書いた。

Freshwater Management - Global Versus Local Perspectives

という本だ。



http://www.amazon.co.jp/Freshwater-Management-Global-Versus-Perspectives/dp/4431004882

Vincent教授との共著だが、その当時、こんなことに興味があった。

つまり、GlobalとLocalの対峙だ。

環境問題は、その一つの局面を実によく表している。

たとえば、中国のPM2.5は極めてLocalな話だが、今や日本にも影響が飛び火し、Global化している。

他人事とは言えない。

福島第一原発の汚染水は、地下水を通って海洋に流れ出ている。

あまり大きな声で語っていないけれども、おそらく我々の想像以上の負荷が海洋生物にかかっているのだろう。

この本は、基本的に、GlobalとLocalのついになる話から成り立っている。

どちらがより重要だと言っているのではない。

エントロピー増大の法則からいえば、偏った環境汚染は、広く拡散していく。

しかし、あくまでも保存則が成り立つ場合だ。

TPPはグローバル化を目指すものだけれども、それはGlobalで儲けようとしている企業なり個人がいるからだ。

人間社会は、文化という砦をもち、Global化を妨げてきた。

これからは今まで以上の努力とエネルギーでもって、文化の防波堤を築く必要がある。

そうしないと、地球は画一化に向かい、結局力とお金を持っているものが制覇することになる。

私はTPPに反対するわけではない。

しかし、それらは武力行使や核開発と同じように、文化を破壊しかねない。

利益と利益の対立構造ではなく、人間社会の根本となる存在意義、つまり民族としての価値や尊厳、を失わないためにもGlobalだけではだめなのである。

LocalからGlobalへ向かうエネルギーはとても大きい。

これに拮抗するような、強靭な文化を作ることができる民族だけが、これからの世界を生き残れるような気がする。

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4月28日(日)のつぶやき

2013-04-29 05:06:07 | 物語
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琵琶湖の底

2013-04-28 18:00:06 | ButsuButsu


琵琶湖の最深部が、深くなっている。

そんなことを書くとお叱りを受けるかもしれないが、以前計算した数値が出てきたので報告する。

これまで、琵琶湖は年間1~2mm沈降していると言われてきた。

私たちもそのように説明してきた。

ところが国土地理院のGPSデータによると、10年間で10cm、つまり年間1cm沈降しているらしい。

正確に言えば、全体としては上昇しているのだが、基準点を設けて相対的な変化を計算すると、琵琶湖周辺は沈降しているのである。

国土地理院によって琵琶湖の測量が初めてなされたのは、1956年だった。

その当時、最深部の深さは103.4mと103.6mの二つの数値が報告されている。

その後、1976年に103.8mと変更された。

我々は、はっけん号と淡探を建造してから何回か詳細な測量を行った。

その結果を付け加えたのが、表記の図である。

年間に1cm深くなっていることがわかる。

もちろん水位変動の補正も行っている。

これまでの説より10倍速く深くなっている。

GPSと音響測深の異なった二つの手法から、同じような数値がはじき出されたことに驚いている。

琵琶湖研究所がなくなり、滋賀県ではだれもこのような研究をする人がいなくなってしまった。

人と施設の活用がうまくできていない。

まことにもったいない話だと思っている。
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憲法9条

2013-04-28 09:49:39 | ButsuButsu


1980年、私はイギリスにいた。

29歳のときだった。

サウサンプトン大学の宿舎にいたのだが、同じフロアに4人の男が住んでいた。

ギリシア人、パキスタン人、私と、イギリス人だった。

ギリシア人とパキスタン人とは、調理をしながらよく雑談をした。

どんなタイミングか覚えていないが、戦争の話になった。

サダム・フセインはクレージーだ、とギリシア人が言った。

パキスタン人は、軍隊からの派遣だった。

インドとの緊張を生々しく語ってくれた。

私が、憲法9条の戦争放棄について話した。

ギリシア人は驚いていった。

「知らなかった。それで日本は生き残れるのか。」

パキスタン人が言った。

「これはとても有名な話だ。私はすばらしいと思う。」

あれから、30年以上がたった。

日本はまだ生き残っているが、フセインは死んだ。

憲法改正の話は、古くなった家を壊して立て替えるのか、古さを活かして改修するのか、という議論によく似ている。

いずれにしても、基本設計と資金計画が必要なのだろう。
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4月27日(土)のつぶやき

2013-04-28 05:01:07 | 物語
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びわ湖に行こう

2013-04-27 07:30:53 | ButsuButsu


今日は、いい天気だ。

NPO法人びわ湖トラストの取り組みで、ライオンズクラブの人たちとびわ湖に行く。

少しでも多くの人に、びわ湖の現実を見てもらうことが目的だ。

予算の都合で毎年2~3回くらいしか行けないが、なるべく続けたいと思っている。

琵琶湖汽船のmegumiという船を使う。

立命館大学の川村研から水中ロボットを持ち込む。

いろいろな制約があるが、こうして湖底の映像を見てもらうようにしている。

まず観ることが大切だ。

船中で講演もする。

経験と知識を共有することを目指す。

さあ、でかけよう。

あなたもびわ湖に行きませんか。

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4月26日(金)のつぶやき

2013-04-27 05:03:15 | 物語
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琵琶湖の七不思議-その6

2013-04-26 17:42:36 | ButsuButsu
6番目の不思議は湖底の話である。

2006年に淡探が撮った写真を見ていたら、面白いことに気が付いた。

最深部100m付近にたくさんの生物を発見したからだ。



ビワオオウズムシやアナンデールヨコエビといった、琵琶湖の固有種が湖底にうじゃうじゃ群れていた。

A4の紙一枚の大きさのところにである。

よく見ると、湖底から泥がモコモコ湧き上がっていた。



それから3年後、2009年に湖底からの吹き出し、ベントを発見した。



なんなのだ、これは?

最初はよくわからなかった。

湖底から何か出ている。

それはきっとおいしいものなのだろう。

生物が群れていた理由がわかった。

ベントの数はどんどん増えていった。



湖底の濁りも高くなってきた。

そして2011年3月11日を迎えた。

今も、日本中が動いている。



琵琶湖は縮み、湖底の濁度は依然として上昇している。

エンコから温水が噴き出すようにもなってきた。



さて、どうしようか。
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雑感

2013-04-26 14:21:18 | ButsuButsu


昨今の為政者の言動を見ていると、このまま任せておいて大丈夫なのか、という心配がわいてくる。

地方自治体の首長もそうだが、国家の最高責任者ともなればなおのことだ。

みんなが子供のような事を言ったり、行ったりしている。

たとえば、

国家のために戦死した英霊を弔うことは当然だ。

という論理について、反対する人は少ないだろう。

でも、なぜ、それが靖国神社への参拝につながるのだ。

それがよくわからない。

宗教法人である神社への参拝は厳然たる宗教活動であり、国家運営とは関係がないのではないのか。

みなが、駄々っ子の集団なような気がする。

インフレ導入にしても、強力なカンフル剤のようなもので、効果が切れたらどうするのだろうか。

平成の徳政令のようなもので、単純に考えれば、お札を2倍刷れば貨幣価値は半分になるはずだ。

ところがインフレ率は2%だという。

残りはどこへ行くのだろうか。

きっと、国債の利子などで消えていくのだろう。

あとは利権か。。。

そしてつじつま合わせに消費税の値上げか。。。

北朝鮮の指導者も変だ。

ただこちらは独裁者だから、すべての論理は客観的ではないのだが。

中国の指導者は、もう少しまともな気がするが、こちらもいつまでもつのか心配だ。

今のところ、もっともまともなのは韓国の指導者か。

彼女は、非常に賢い。

おそらく、父母の死を経て、地獄を見てきたのだろう。

覚悟のレベルが違うような気がする。

地球の異変と並行するように、国家間のバランスが崩れかかっている。
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4月25日(木)のつぶやき

2013-04-26 05:08:05 | 物語
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琵琶湖の七不思議-その5

2013-04-25 16:25:48 | ButsuButsu


琵琶湖には自然にできた島が4つある。

大きな順に、沖島、竹生島、多景島、沖の白石と呼ばれている。

花崗岩からなる竹生島や多景島とは異なり、沖島と沖の白石は湖東流紋岩から成り立っている。

ご承知のように、花崗岩は深成岩で深い場所でマグマがゆっくりと固まったものだ。

一方、流紋岩は火山岩で、地表付近で急速に冷えて固まったものだ。

どのような構造を考えれば、同じ湖の中の4つの島の成因が異なることを説明できるのだろうか。

今から300万年前に、古琵琶湖と呼ばれる大山田湖を埋め尽くしたのが、この湖東流紋岩だ。

従って、現在の琵琶湖がある場所は、昔は急峻な山岳地帯だったということになる。

単純に考えてみよう。

琵琶湖の沈降速度を年に1mmとしよう。

1000年で1m沈み込むということになる。

ということは300万年前には、3000mの高さだったことになる。

まさに、日本アルプス並みの山々があったことになる。

4つの島の中で、一番小さいのが沖の白石である。

この島を構成している流紋岩は、写真で見るように白っぽい岩である。



だからこそ、沖の白石と呼ばれるようになったのだろう。

ところが、現在の沖の白石は、決して白くはない。

むしろ遠目には黒っぽく見える。

鳥の糞のせいで黒くなったのだという説もある。

ということは、沖の黒石か?



この島の周囲は、とても深い。

少し離れると、水深が60m~70mに達する。

まるで、針が立っているような島だ。

300万年前には、おそらく槍ヶ岳(3180m)のような姿をしていたのだろう。

いろいろ想像することは楽しいことだ。

琵琶湖の湖底地形は、興味深いことを私たちに教えてくれる。

実は、私たちの測量では、湖底に小さな突起を見つけている。

これは昭和30年代に行われた国土地理院の地図には載っていない。

彼らが指摘する湖底のふくらみは、場所がずれている。

単なる測量誤差なのか、実際に琵琶湖の底が盛り上がりつつあるのかは、謎である。

はっきりさせるためには、もう一度正確な測量を行う必要がある。

そのためには、はっけん号を使わなければならない。

何とかしてこの船を手に入れたいものだ。
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古地図

2013-04-25 09:56:51 | ButsuButsu


私の古い友人に武田和忠さんがいる。

友人と言っても私より10歳は年配で、しかも大学の先輩でもある。

だから大いに恐れいる必要があるのだが、本人はいたって気さくなのでつい友達のように接してしまう。

武田さんは、技術士だ。

技術士の偉さを私に教えてくれた人でもある。

昔は三洋電気に勤めていたが、脱サラして自由業になったらしい。

技術士が自由業かどうかという議論はさておき、彼の暮らしぶりは確かに自由人である。

私が公務員であったころ、よく研究室に遊びに来てくれた。

遊湖の会の初期会員でもある。

彼については面白い話がたくさんあるのだが、今日は古い地図の話をしよう。

武田さんは、努めて古い地図を集めている。

面白い地図や珍しい地図が手に入ると、私のところに見せびらかしに来る。

きっと私も興味を持つに決まっていると、確信しているのだろう。

いつだったか、伊能忠敬が描いた琵琶湖の地図を持ち込んできた。

おそらく、我が国最古のまともな琵琶湖地図だろう。

皮肉屋の私は、数値化して持ってこなければ役に立たない、と言って彼に地図のデジカル化を押し付けてしまった。

それが添付した画像である。

よく見ると面白い発見がたくさんある。

山科に大きな池があったなどとは知らなかった。

時間があれば現在の地図との比較をしてみようか、と思っている。

武田さんは、過去を楽しみ、現在を憂い、未来を分かち合う、数少ない私の友人の一人だ。
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4月24日(水)のつぶやき

2013-04-25 05:05:25 | 物語
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琵琶湖の七不思議-その4

2013-04-24 11:41:01 | ButsuButsu


琵琶湖の西に延びる湖西道路を北に向かってひたすら進むと、右手の湖中に赤い鳥居が見えてくる。

白鬚神社(しらひげじんしゃ)の鳥居だ。

この神社の建立は古い。

近江の国では一番古いらしい。

社記には、

「垂仁天皇25年、皇女 倭姫命(やまとひめのみこと)社殿を再建、天武天皇 白鳳2年(674)勅旨を以って比良明神の号を賜る・・・」

とあるから、紀元前後の神話時代の話である。

日本には多くの白鬚神社があるらしいが、ここの神社はそれらの大元締(総社)らしい。

一説によると、白鬚(しらひげ)は新羅(しらぎ)につながり、新羅からの帰化人秦氏が作ったと言われている。

湖から突き出たように立つ鳥居をとおしてみる琵琶湖は、一幅の趣がある。

でも、なぜ湖中に鳥居が?

昔はもっと水位が低かったという説もある。

しかし、我々が作った湖底の地図を詳しく調べるとこの辺り一帯には大規模な地すべりの跡が見られる。



いつ起こった地すべりかはあまりはっきりしないが、多くの記述では1662年の寛文地震によるものとされている。

この時の地震は大きかったようで、彦根城や膳所城も傾いたという記録があるらしい。

らしいというのは、私が原著を調べたわけではない、という意味でだ。

おまけに、次のような記載も見つけた。

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14世紀ごろの「比良庄堺相輪絵図」には、鳥居が陸上に描かれている。
それが琵琶湖の水位が変化するうちに湖の中に孤立し、16世紀の「江源武鑑」に記されている鳥居は湖上に立っている。
白髭神社の境内にある鳥居復興碑には、昭和12年に大阪の薬問屋の小西久兵衛が荒廃した鳥居を立て替え、今の鳥居は昭和56年の復興事業で建立されたものだ。
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ただ、江源武鑑というのは、1537-1623年のことを書いているので、1662年とは若干年代が合わない。

それに、この本は偽本だとも言われているので、あまり信じないほうがよいのかもしれない。

できれば原文をあたってみたいものだ。

いずれにしても、白鬚神社から安曇川にかけての一帯には大きな地すべり跡があるのは事実でおそらく大規模な津波が起こったことだろう。

アダムという数学者が書いた「自然の中の数学」という本には、次のような記述がある。

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1958年アラスカで起きた地震の影響でリツヤ湾の岬の上の不安定な岩の表面がゆるみ、約900万トンの岩が湾の中に落下した。大部分の岩は垂直に落下したので、エネルギーのほとんどは無数のしぶきとなったが、それは対岸の山に550m以上の高さにもなって達した。この水の移動により、湾の出口で巨大な孤立波が生じ、一連の運河のように進んだ。目で見る限り、波の高さは15-30m、速さは毎秒45mに近かった。この波は、岩が落下した地点から遠く離れたところで、30m以上の高さまで海岸の木々を薙ぎ払った。
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自然とは恐ろしいものだ。

もう少しきちんと計算をしてみる必要がありそうだ。

宿題です!
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