2011年2月、私は東京にいた。
霞が関で文部科学省の役人に、琵琶湖の湖底で起こっている異変について報告していた。
何かがおかしい。
2009年12月に初めて発見した湖底からの泥水の噴出。
2010年12月には、その水域は大きく広がっていた。
それは湖底が強い力で押されているような光景だった。
おかしいから、注意した方がいい。
そう懸命に役人たちに説明したが、一地方の研究者の声は聞き流された。
2011年3月11日
私は、琵琶湖畔の研究室にいた。
突然襲ってきた大きな揺れ
まずい
きっと琵琶湖に地震が発生したのだ
とっさにそう思ったが
震源地は東北沖だった。
現地の映像がテレビに映る。
それは悪夢のような光景だった。
阿鼻叫喚というのは、このことを言うのだろう。
2011年5月
私は宮城県南三陸沖にいた。
浦先生に頼まれて、水中ロボットを用いた海底探索の手伝いに来ていた。
私たちは懸命に海底のがれきの中を捜索した。
2月の説明の時に、なぜもっと役人を説得できなかったのか。
国レベルでの注意喚起があればよかった。
そのことへの激しい罪滅ぼしの気持ちもあった。
たとえ不十分であっても
おかしいことの警告を発し続けることが
真の自然科学者のとるべき態度だった。
2021年2月、論文を出版した。
やっと過去10年間の心の思いをまとめることができた。
Increasing benthic vent formation: a threat to Japan’s ancient lake
Scientific Reports (nature.com)
3月11日の大地震で亡くなった多くの人々への御供養でもある。
いま、私は小中高の生徒たちを琵琶湖へ案内している。
一緒に琵琶湖の湖底を見て、地球からのメッセージを聞く。
こうして、これから10年後にやってくるだろう
大きな環境異変や地殻活動に今から準備をしている。
私にできることは、それくらいのことしかない。
でも一緒に頑張っている生徒たちが育てば
一人が十人になり、十人が百人になると信じている。
琵琶湖は地球の鏡である。
いろいろな表情を私たち伝えてくれる。
元気ならよし
顔色が悪ければ、みんなに注意を呼び掛ける。
そんな取り組みに、一人でも多くの人が参加して欲しい。
私も年を取ってきた。
いつまでも琵琶湖に出れない。
自分の経験や知識や技術を若者たちに伝え、共に学ぶ。
琵琶湖の湖底を見てごらん。
そこには日本の歴史が埋まっている。
1万年前の縄文土器から近年の活断層の跡まで。
知ることから始めて、動くことを学び、伝えることを身につける。
琵琶湖を守れなかったら、日本を守れない。
日本を守れなかったら、地球を守ることはできない。
かんたんな理屈じゃないか。