小さな旅、大きな旅の写真物語(Virtual trips/travels)

京都や東京を本拠地として、自然の中や町を歩きながら、撮った写真をどんどん掲載します。いっしょに歩いているように。

ペンタックスK5とトレッキングに行こう その5 春日山原始林 (最終回)

2011-07-27 21:34:04 | 旅行
ペンタックスK5とトレッキングに行こう その5 春日山原始林 (最終回)

若草山の下山コースは全く木陰がなく、いかにも暑そう。迷いましたが、私は、見晴らしの無い山道を歩くより、広々としたところを歩く方がずっといい。 このまま若草山を下山することにしました。 やっぱり私は海人間なのです。 このコースはわずか20分くらいのコースです。


ペンタックスK7 ペンタックス18-135mm

ペンタックス18-135mmをK7に変えてみました。問題ない絵が撮れます。


ペンタックスK7 ペンタックス18-135mm

おや、K7の方が周辺光量がおちないか?


ペンタックスK7 シグマ8-16mm

前を2人連れが下山しています。


ペンタックスK7 シグマ8-16mm

強い風が吹いているので、炎天下でも以外に耐えられます。 暑い時には風が最も効果的であることが分かりました。そうか、昔は、いかに風を利用するかが重要な鍵だったのだ。京都の町屋も風通しの利用を第一に考えていたのです。


ペンタックスK7 シグマ8-16mm

奈良の大仏殿が見えてきました。


ペンタックスK5 ペンタックス18-135mm


ペンタックスK5 ペンタックス18-135mm


ペンタックスK7 シグマ8-16mm

振り返れば、若草山ののっぺりとした山肌が見えます。 低い丘と思っていましたが、その裏には春日山原始林が続いていたのです。
奈良公園に下りてきたのが、午後1時くらいでしたか。 ほんと一番暑い時間帯で、さすがに歩く人も少なく、木陰で昼寝する人くらいしかいない、いかにも<あおによし>の大昔から時間が止まったような昼下がりです。
  奈良もいいな。奈良でベンチャーを立ち上げようかな。自然のなかに人が溶け込んでしまって、時がとまっているような感じが、当方のDNAに何か語りけてくる気がするのです。


ペンタックスK7 ペンタックスDA200mm

もう、暑くて、まじめに撮影する気力もなく、ただ ★DA200mmをもう少し使わないと、重たい思いをして持ってきた意味が無いという思いだけがシャッターを切らせます。


ペンタックスK7 ペンタックスDA200mm


ペンタックスK7 ペンタックスDA200mm


ペンタックスK7 ペンタックスDA200mm


ペンタックスK7 ペンタックスDA200mm


ペンタックスK7 ペンタックスDA200mm

ペンタックスDA200mmは何と重たいことか。暑さボケた頭で、単焦点レンズの撮影とズームレンズの撮影の違いをブツブツ考えます。単焦点レンズ撮影の代表はマクロレンズだと思います。マクロレンズの撮影は、近づいて、じっと対象を見つめ、息をこらして、どんどん対象の中に入りこんでゆく。一つ一つ丁寧に撮影する。普段は、見もしない細部まで目を凝らす。こうやって自然と対話する。マクロレンズでなくても単焦点レンンズはいつも対象と対話する。レンズの持っている枠(焦点距離が決まっているという制限)とレンズの個性があるので、それと対象の持っている主張とをスリ合わせなければいけないので、双方に対話がないと撮影出来ない。一方、ズームレンズは枠がないし、個性も少ない。
対象との対話より、誰かに何かを伝えたいという目的で、撮影する。何か、撮影者が絶対者で、対象を見下ろしている。何か乱暴に奪い取っている気がする。白ペンキオジサンはいつも自然にズカズカ入り込んで奪ってゆく、撮影者が自然と融合していない、そんな気がするのです。
昔書いたブログの伊藤若冲物語で、伊藤若冲は自然の動植物、形ある物のすべてに霊がいると言っています。自分が自然をどう見るか、どう思うかでなくて、自然の中にもともと霊がいるのです。その霊を描き出すことが若冲のやっていることでした。私も、対象の中にもともとあるものをどうやって写し出すかということだと思っています。 対象と撮影者は対等というより、対象から与えてもらっているのです。
明日から、小さな夏休み。熊野古道、那智の滝、伊勢神宮など紀伊半島の信仰のルーツをたどってみます。今度は、単焦点レンズだけ持ってゆくことに決心しています。
  ★レンズのDA200mmなどに比べると、18-135mmはダメですね。修理に出してみますが、まずダメでしょう。使えません、残念です。

この春日原始林トレッキングの真の目的は、実は他にあるのです。古いブログに<天皇遷都物語>というのを書きました。戦後の復興を遂げた日本は、行く先が見えなくなって、なにか恐ろしい方向へ向かう予感がします。東北の震災をバネにしていい方向にすすむかとおもいきや、まったくその気配が感じられません。力強い、うねりがありません。これを打開するには、日本の原点に戻れ、自然と生きる古来の日本DNAを復活させねばならないのです。その具体的方策は天皇遷都にあります。 天皇を京都、いや奈良に戻して、日本はやり直せ、という話です。天皇は京都が本拠地で、正式に東京に遷都してはいないのだという話は当然知っていますよね。そこで、どこに天皇の住処を作るか奈良の下見をしているということです。若草山の頂上に宮殿を作って、春日山原始林を少し開拓して、奈良の街を見下ろす、御所とする(神さまより上になってしまっていろいろな文句がでるかな?もっと探さないといけないか?)。新幹線は奈良から伊勢まで伸ばして、京都、奈良、伊勢は天皇外交と観光の拠点とし、東京は皇居を開放して、国際トレードセンター、国際文化交流&日本文化センターの構築と、江戸城の再建を行うのです。日本文化の臍(ヘソ)を作るのです。なにを突拍子もないこというのかとお思いでしょうが、亀井さんだって天皇遷都説をとなえているし、同じ考えの人はいっぱいいるはずです。とにかく天皇遷都というのは、日本中の利権が全部絡み合った中心部ですから、そこを動かすというのは日本中を動かすことになり、当方の脳みそをはるかに超えた事柄であることは間違いないのですが、といって、冗談をいっているわけではありません。詳しくは、もう一つのブログの天皇遷都物語をご覧ください。

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