良寛庵主に附す

2005-09-21 | 良寛
            良寛が生涯身に離さず大切に持っていたとされる
               師大忍国仙の印可状(「五合庵」から)

良寛庵主に附す

良也,愚の如く,道転(うた)た寛(ひろ)し  
騰々任運,誰か看ることを得む  
為に附す,山形爛藤(さんぎょうらんどう)の杖  
到る処の壁間,午睡(ごすい)閑(のど)かなり

良よ、おまえは一見愚かそうに見えるが、そうではない。辿りついた仏道は既に広々とした所に出ている。あくせくせず、運を天に任せているが、そうしたことを誰がわかっているだろうか。私は今印可の一本の杖を与えよう。この杖を持って旅に出よ。どこに行こうと良し、ただこの杖を壁に立てかけておけ。昼寝をしていても良い。(http://www.mskj.or.jp/getsurei/tachibana0501.html)

あらためて読んで・・見事な詩(偈)だ。人格のやさしさ、広さ、やわらかさを感じる。良寛は晩年の自画像に「是は此れ誰そ大日本国国仙の眞子良寛」と大書しているとのことだから、さぞやすばらしい師匠だったのだろう。国仙の後円通寺十一世住職となり、後に永平寺五十世として本山の改革に務めた玄透即中も「国仙師は日国禅林間出の仙と、日本に時たまあらわれる程の大徳である」と喝破、その遺徳を讃歎しているとのこと(http://www.kurashiki.co.jp/gokaji/02-tyorenji.htm)。

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2 コメント

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印可状 (湖南)
2005-11-08 05:52:24
初めまして



印可状でTBさせていただきました。
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Unknown (azumando)
2005-11-09 10:23:32
「一休が印可を焼く」拝読しました。さすがは一休ですね。はたから見ていると、師に対し無礼になるのでは、と心配ですが。良寛は印可状を焼きませんでしたが、使うことはありませんでした。一休同様そういうところから離れたところに生涯身を置いていたと思います。「印可」もよき師を思い出すよすがとして大事にしまっていただけでしょう。
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