日本の名城・古城 城撮り物語

全国各地の名城・古城の現況を写真でレポートします。

鶴ヶ岡城の巻 本丸跡に庄内神社、藤沢周平記念館、大宝館が建つ

2016-09-03 16:38:06 | 宮城・福島・山形

村上から鶴岡に来ました。


ハチ公は秋田県、現在の大館市で生まれた秋田犬です。東京大学の上野教授に飼われていましたが、上野教授が死亡し、ハチ公が毎日渋谷駅に先生を迎えにいく話を知った動物学者、日本犬保存会会長の斎藤弘吉がハチ公のエピソードを新聞に投稿したり、ハチ公像の制作運動を行って、忠犬ハチ公の物語が誕生しました。斎藤弘吉は鶴岡市の出身です。

鶴岡駅前のモニュメント


1978年完成の鶴岡駅舎。古からず新しからず、適度によい雰囲気の駅舎です。

駅前の「雪の降るまちを」の歌碑。作曲家の中田喜直が鶴岡の冬の情景をもとに作曲したといわれていますが、北海道旭川もわが町の歌と主張をしているようです。



山王日枝神社


復鎮霊社。庄内藩酒井家の祖、酒井忠次は松平信康の切腹を防ぐことができなかったことから家康には重用されなかったと言われていました。忠次の孫、忠勝が鶴岡に入封し、信康を慰霊する社をつくったそうです。

松尾芭蕉の「珍しや山をいで羽の初茄子び」の句碑。「いで羽」は出羽のことです。


鶴園橋と内川


羽黒街道沿いのタブノキの巨木。幹周5m以上。タブノキは温暖な土地の樹木ですが、庄内地方は対馬海流の暖流が流れているために大きく育ったようです。

鶴岡市役所

庄内藩校致道館東御門

致道館西御門


致道館は国指定史跡です。



致道館表御門


孔子を祀った聖廟



講堂内部

明治初期につくられた朝暘学校の校舎模型

講堂の側面

致道館の隣、文化会館は改修工事中です。


鶴ヶ丘城址公園の鶴岡町役場跡



鶴岡出身、高山樗牛の胸像と文学碑「文は是に至りて畢竟人なり命なり人生也」



大宝館。大正時代に建設された擬洋風建築、現在は郷土資料館です。鶴ヶ岡城は古くは大宝寺城と呼ばれたようです。

大宝館前の二の丸堀

中門跡

資料館では地元出身有名人物を展示紹介していました。第47代横綱・柏戸剛。柏戸記念館は中心部から車で20分。機会があれば一度行きたいが、鉄道の旅だと絶望的な距離ですね。路線バスはないようです。

小説「月山」で芥川賞を受賞した森敦

横光利一

ゴジラ映画の監督、本多猪四郎

満州事変の石原莞爾

北海道開拓使判官の松本十郎


地元の発明家、斎藤外市がつくった飛行機の模型
鶴岡は多くの人材を輩出しているという気がします。鶴岡出身の知人にそのことを話したら「トップにはなれない人間が多いのだ」と自虐的に話していました。先日亡くなった加藤紘一はその典型かも知れません。隣の酒田市は大川周明、作家の佐高信を出しています。


鶴岡護国神社

「永久平和の先駆 石原莞爾生誕地」の碑

渡櫓跡


荘内神社


藤沢周平記念館。藤沢周平も鶴岡出身です。

記念館内部

清河八郎も鶴岡出身です。

ケヤキの巨木の根幹部


庄内柿の祖、酒井調良の像



鶴ヶ岡城の碑

荘内神社参道

二の丸大手門跡

発明王、斎藤外市の像

本丸を出て、三の丸跡の致道博物館へと向かいました。

致道博物館の屋根です。

二の丸西門跡




致道博物館入口


1881年建築の擬洋風木造建築。旧西田川郡役所の建物を1967年に現在地に移築しました。


内部

1884年建築の旧鶴岡警察署庁舎は現在修復工事中です。

旧庄内藩主御隠殿。藩主の隠居所です。

内部

鶴ヶ岡城の模型

庭園

民具の蔵




収蔵庫内部



田麦俣の民家(旧渋谷家住宅)



内部



酒井氏庭園。鳥海山を借景とした書院庭園です。







慶応大学タウンキャンパスの先端生命科学研究所。明治期に城跡に国立大学がつくられた事例は多くありますが、戦後、城跡に私立の大学がつくられたのはきわめて珍しいと思います。

百けん濠カフェ

三の丸跡の土塁

三の丸跡から見る大宝館

庄内日報




鶴岡カトリック天主堂


旧風間家住宅、丙申堂の薬医門




丙申堂は閉館後のためで入館できませんでした。

無量光苑釈迦堂


内川と開運橋

松尾芭蕉乗船地跡。芭蕉は川を下って酒田へ行ったそうです。

芭蕉が数日滞在した長山邸跡





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