浅井久仁臣 『今日の中東』

1971年のパレスチナ初取材から、30有余年中近東を見続けてきたジャーナリストが独自の視点をお届けします。

私の視点 テロリストは誰?

2006年08月03日 | Weblog
 イスラエルのレバノン攻撃が再開された。自己都合で48時間の停戦を宣言して、また一方的に戦闘を再開させたイスラエルだが、今度は以前にも増して大規模な戦闘を行なうつもりのようだ。

 現地からの情報によると、非常召集された予備役を含む25,000人が地上戦に投入される予定だとのことだ。もしこれが事実とすれば、レバノンが焦土と化すことは間違いない。

 レバノン政府が2日、発表した数字では、今回のイスラエル軍攻撃によるインフラに対する被害は20億ドル(2,300億円)を超えた。年間国民総所得(GNI)が200億ドルを超える程度の小国にとってその1割もの損害を受けることがどれほどの意味を持つか、その辺りから考えていただくと、いかに事態が深刻であるかお分かりいただけるはずだ。ただ、その20億ドルという数字には、観光立国であるレバノンが、今夏に受ける見込みであった収益15億ドルが考慮されていない。また、イスラエル攻撃によって生じた油流出は、想像された以上に汚染がひどく、普段であれば、海外からの海水浴客でにぎわうきれいな海辺が厚い油の層で覆われている。環境問題の専門家は、以前の海辺に戻すのにどれだけの時間を要するか見当が付かないとしている。

 ところが、イスラエルは、まるで当然の権利であるかにレバノンへの攻撃を行ない、それを米国は、政府、マスコミ、そして市民の多くまでもが無条件に受け容れている。米マスコミは、ヒズボッラーをテロリストと言い続けているが、その時点で「情報操作」が行なわれていると私は見る。

 テロリズムを実行しているのは本当にヒズボッラーなのか。米国社会は今一度根本からこの問題を考え直すべきだ。他国の占領は最悪のテロリズムと考える私は、テロリストはイスラエルと見ている。

 その根拠は、これまでに何度も書いたが、最初にレバノンを侵略したのはイスラエルだからだ。レバノン側からイスラエルに対して攻撃を仕掛けたわけではない。

 話は70年代に遡る。PLOゲリラが南レバノンに展開して、イスラエルに“テロ活動”を行なうからと何度も越境してレバノンを攻撃した。その度にイスラエルはレバノン住民の上に爆弾を落としてきた。そして、レバノンを事あるごとに侵略した。住民たちは軍靴で日常生活を踏みにじられた。

 82年には、PLO勢力を排除すればレバノン問題は片付く、と勝手な理屈をつけてイスラエルはレバノンを全面侵略した。そして、PLO勢力を追い出した。しかし、長期にわたる侵略は、結果的にレバノン社会に反イスラエル感情を醸成させてヒズボッラーを誕生・成長させた。

 82年から18年間レバノンを占領したイスラエルだが、ヒズボッラーの執拗なゲリラ攻撃に音を上げて2000年、レバノンから撤退した。イスラエル軍がレバノン侵略から得たものと言えば、PLOゲリラの一掃位なもので、失ったものの方が大きかった。中でも「レバノン症候群」と呼ばれた兵士達の精神的痛手は深刻なものであった。また、それに端を発したイスラエル兵の厭戦気分は政府の焦りを誘った。

 「戦争屋」であったシャロン首相が倒れ、後を継いだオルメルト首相は、ヒズボッラーに攻撃をかけられて、経験不足をつかれまいと、過剰反応をした。「テロリストを一掃する」と、大見得を切ってしまったのだ。

 しかし、レバノンにおいてヒズボッラーがどのような地位にあるか見極めができていなかった。彼らは、もはや復古主義を振り回して暴れまわる“テロリスト集団”ではない。地道な活動を続け、市民から根強い支持を受ける、主要政党に成長していたのだ。

 それに、イスラエルがレバノンから撤退したと言っても、それはイスラエルが勝手に「一人芝居」をしているだけの話で、ヒズボッラーからすれば、「売られたけんか」の落とし前はまだつけていなかった。だから、2000年にイスラエルが撤退した後も、ヒズボッラーはイスラエルに対して攻撃をし続けていた。今回の対イスラエル攻撃もその一環だ。あの攻撃を「テロリズム」と位置付ける声は、アラブ社会の中で存在しない。

 いずれにしても、事件発生から3週間が経った。いつの間にか出口の見えない戦争に発展してしまった。たとえ、国際停戦監視軍をヒズボッラーとイスラエルの「緩衝」として投入したとしても、ヒズボッラーのイスラエル攻撃は収まることはありえないだろう。


 

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