東武東上線で池袋から5駅、11分で到着するときわ台駅の北側一帯は都内でも有数の高級住宅地が広がっています。と言っても都民でも知らない人は多いでしょうね。
昭和10年。東武鉄道は初めての住宅地開発として中板橋と上板橋の間に新たに駅を作りました。なので駅間が狭い。常盤台と中板橋のホームの端は僅か350mしか離れていません。
駅舎は2018年に創業当時のデザインに復刻されました。大谷石を多用した昭和初期モダンです。
駅の隣には商業ビルが建設されていました。レトロな駅の復刻と商業ビル建築が並行して進むというちょっと珍しいパターン。
駅の壁面にはときわ台駅と街の歴史がパネルで展示されていてなかなか面白いです。
昭和11年。駅前の住宅地販売時のパンフレットから。分離帯に植栽を施したプロムナードと名付けられた大きな楕円の道路が住宅地を取り囲んでいます。
円弧と放射状の道というデザインから分かるように、大正7年に渋沢栄一らが「理想住宅」目指して開発した田園調布を大いに参考にしています。
楕円のプロムナードと同じく日本で初めて都市計画に採用されたのがクルドサック。フランス語で袋小路(cul-de-sac)。道路の突き当りが環状なので車がUターンできます。
通り抜けはできないので住民以外の通行がなく治安上は安心。奥でUターンができるので自家用車や配達の人には便がいい。
これがクルドサック。この住宅地ができたのが昭和10年頃。その頃に自家用で車を使っていたのは政界や財界に属するごく一部の人です。
自家用車のほとんどないこの時代で車に対する利便を想定したとは考え難い。単にヨーロッパの高級住宅地を真似たら、後々すごく役に立ったというのが正しいところかと思います。
実際のときわ台のクルドサック。昔の地図にも書かれている5つのクルドサックはすべてそのまま残っています。
クルドサックの奥には人が歩いて透幅しかないフットパスと呼ばれる小路があります。防災上の避難路として必ずありますので厳密には「袋小路」ではないです。
次のクルドサック。松の木が立派になっちゃってて和風庭園の築山みたいになってます。クルドサック前にはゴミ集積場になっていて、不運なことにこの日が収集日でした。
これが周回路、プロムナード。一周すると1.5kmほどあります。幟には「土地の再分化、小規模開発反対。美しい町並みを残そう」。高級住宅地によくある悩みですね。
地価が高く一戸当たり面積も大きいのでこれを代々相続していくのは困難を伴います。それでも開発時と現在の区分を見比べてみるとかなりがんばって初期状態を保持している。
地価が高いと言ってもそれは板橋区では一番高いというだけで、都内の他の高級住宅地と比べれば数分の一程度です。このことが幸いしているんでしょうね。
立派な邸宅が並んでいますが、中でもクルドサック周りは豪邸が多いです。昭和初期から住み続けているのかそうでないかは定かではありませんが。
初めてのときわ台散歩。クルドサックと言う単語を覚えただけでも来た甲斐がありました。
まぁ、不便な点もあって、隣接している川崎市側との道がずいぶん後までできなくて、隔離されてる感じも強かったものです。
結婚してから十数年ほどの間、相方の家があったあたりなのでした。
https://www.google.com/maps/@35.5858257,139.5524937,17z
地図に出てくる辻井産婦人科医院はピアニストの辻井伸行さんのお父さんの病院。
中央卸売北部市場の南の谷地に5つのクルドサックが見えますが、
二重ドーナツみたいになっているのもあって面白い。
それからクルドサックがあるところがぴったり地形の事情とも重なります。
今度現地に見に行きたいな。
え~と先輩のお宅でアルバリーニョで鮎を食べてからそろそろ1年経ちましたが
そろそろ次の宴会とかどうでしょうか。
そしたらたまプラーザで午前中に写真撮ってから集合場所に行けるのに(笑)
土曜日なら3日以外は全部空いてます!
バックででてこなければならないことが。
こういうのがあったら、楽しいな。
馬車ってほとんどバックできないので行き止まりだとマジでやばかったらしい。
ところで、クルドサックってフランス語(cul-de-sac)らしいです。