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ありゃりゃサンポ

近現代の建築、町並みと橋が好き。
一日八千歩の散歩の忘備録。美味しいご飯と音楽と。
東京都全域をGPSで塗り潰し中。

40年間の時を止めて 青学7号館の2階

2024年11月13日 | 日記B
2014年に卒業後30年ぶりに見た母校の部室周辺が余りにも昔と変わっていないことに驚いてブログを1本書きました。
30年間の時を止めて 青学7号館の2階
先週、その記事に当時のこの場所を知る人からコメントがあって、10年ぶりにブログを見返しました。

現在、来年3月の第九演奏会に向けて毎週のように大学に来ているのであれから10年後の現在はどうなっているのか見てきました。

青山通りから正門入ってすぐ左、7号館正面。ぱっと見はほとんど変わっていません。
iPhoneが進化してずいぶんきれいに広角で撮影ができるようになりました。

2階への階段。

1階部分は変わっていました。
40年前は樹脂製のイスとテーブルが並ぶフリースペースのような場所でしたが、現在はInternational Commonsという留学生と一般学生の交流の場になりました。
なんか商業施設の中のカフェみたいですね。昔の殺伐とした場所が想像もできません。ちなみにこの場所は2024年4月のオープンです。

2階に上がりました。10年前のブログの写真はここに立って下から撮ったもの。

2階の外廊下と1号館との接続部分。大型楽器を運ぶときこの場所がネックになっていました。

美術部前から奥を見る。変わっていません。壁の白い塗装とかたまには塗り替えたりしているのか、それとも40年前のままなのか。

美術部のドア。昔はもっと壁に落書きがいろいろあったような気がします。美術部だけに。

わんわん響く廊下で個人練習に勤しんでい10年前の写真と壁の汚れも含めて1ミリも変わっていません。

聖歌隊室前の廊下。そういえば「聖歌隊室」という部屋だったのに管弦楽部が部室として使っていたのはどうしてなんだろう。

楽器庫の扉。50年間使える扉を作ったわけだから昔の人は大したもんです。

「聖歌隊室」のドアには「管弦楽部事務局」と貼り紙がありました。もう聖歌隊室って言葉が死語なのかも知れません。
中で音がしないのを確認してからドキドキしながらドアノブを回してみましたが鍵がかかっていて飽きませんでした。少しほっとした。
【問4】下線部について、のぼるはなぜ「少しほっとした」のかのぼるの気持ちを15文字以内で答えよ。

ティンパニのでかい木箱が置いてあった場所。

ということで、10年ぶりに見た思い出の場所ですがまったく変わっていませんでした。
この時は金曜日の18時ごろ。1981年ごろの金曜日の18時なら部活があろうがなかろうが多数の若者たちがいて練習したり立ち話をしていたはず。
今もたくさんの部員がいるはずですが、彼らの「たまり場」はどこなんだろう。そもそもたまり場という概念があるのかな。
自分以外誰もいないおかげでこうして好き勝手に写真を撮れるわけですが、なんだか故郷がゴーストタウンになったような寂しさもあります。

ということで30年間時を止めていた場所はその後10年間も止まったままでした。
次回、2034年に続編があることを期待しつつ終わります。
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田中一村展 母4年目のお出かけ

2024年11月04日 | 日記B
80歳を過ぎてもひとりでどんどん海外・国内の旅行に出かけていた母ですが、90歳直前のコロナと、並行して発症した腰痛はダメージだったようです。
2020年以降、バスで行く病院を除いて、公共交通機関でのお出かけを一度もしていませんでした。
そんな母がどうしても上野の美術館に行きたいというのでエスコートして来ました。

最寄りのバス停まで。通常徒歩5分の場所ですが、念のため15分前に家を出たら通常通り5分で着いてしまいました。

一番心配だった渋谷駅の乗り換えも順調にこなし、混雑を避けて品川、東京経由の山手線で上野駅。
改装された公園口を見るのは初めて。
上野駅で記念写真を撮るなんてどれだけ田舎から出て来たおばあちゃんだよ、と笑う。

東京都美術館に到着。見たかったのは不遇の日本画家、田中一村展。
明治末に生まれ、10歳になる前から天才的な画力を身につけていましたが、移住した奄美大島で69歳で亡くなるまで中央画壇で認められることはほぼありませんでした。
没後、奄美で遺作展が開催されたのをきっかけに徐々に評価が高まり、特にこの十数年は千葉市美術館の研究により大量の作品が民間所有者より「発掘」されました。
今回の東京都美術館の展覧会は現存する全作品の約半分を一堂に集めた過去最大級の回顧展です。

美術館内は車椅子を借りることも想定していたのですが、結局杖1本を持って90分間作品を楽しみました。
私も今回初めて田中一村という名前を知りましたが、なかなかすごい絵がたくさんありました。
これだけの絵を多数残しておきながら、評価されずに南の島で亡くなったのが気の毒ですが、母が言うには性格が悪すぎたらしいです。
たとえば、美術展に2枚の絵を出品し、1枚は入選しましたが1枚は落選。2枚とも入選しなかったことに激怒して1枚の入選も辞退したそうです。
魂を込めて仕上げた作品に対するプライドが高かったんでしょうね。

一応痛み止めは飲んでいたようですが、それにしても本人も驚くほど最後まで調子よく、上野駅のホームで3,698歩の万歩計を自慢げに見せる母。
この調子でもう少し普段も歩いたほうがいいのかな。でも以前、うちから200m歩いた所で動けなくなったこともあったし、、、
最後は恵比寿駅からタクシーで帰宅。2か月前に頼まれてからどうなることかと心配していましたが、無事終わってホントに一安心です。
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感謝のキモチ

2024年10月23日 | 日記B

長い間、マンションの清掃とゴミのまとめを担当してくれていた方が退職されました。高齢ということはなかったのですが股関節を傷められたのが原因でした。
温厚でお仕事も丁寧だったので日々ありがたいと思って会う時にはお声をかけていました。
マンションの役員をやっていたころに、住民のゴミ出しマナーの悪さについて何度も話す機会もありました。

最後の勤務日にちょっとしたお菓子を用意してお渡ししました。今までありがとうございましたと最後に挨拶してお別れしたのですが。。。。。
2日後にに「お返し」を持って我が家を訪問されました。

あー、やってしまった。やはりそういうことになるんだな。
こちらはただ感謝の気持ちを伝えたかっただけなのですが、受け取った側はそのままでは終わらせられなかったようです。
こうならないように最後の出勤の日に渡したのですが、結局気を使わせてしまいました。お礼の言葉だけにすれば良かった。反省。
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だまされないように

2024年10月13日 | 日記B

9月30日マルエツ板橋駅前店でのゴマ油。
一番人通りの多い肉売り場の前に段ボールを4段積んでの大量展示。

400gのPETボトル。税抜き989円。税込み1,068円。

とうとうゴマ油もオリーブオイル並みに千円超えるようになったのかと悲しくなって、思わず写真を撮っていました。
展示の仕方が安売りっぽい感じだったので一瞬買っておいた方が良いのか悩みましたがその時は見送り。


10月3日マルエツ板橋駅前店でのゴマ油。
こちらは油コーナーでの通常展示。
値札左側。

400gのPETボトル。税抜き598円。税込み645円。

なんということでしょう。3日前にセールのような雰囲気の展示で売っていた値段よりほぼ4割も安い。
よく見ると「広告の品」と書かれている。こっちがセール販売でした。
3日前に1,068円で買わなくて良かった。

ここのマルエツは時々こういうことをやります。
どかーんと大量展示して安売りかと思わせて実は普段よりかなり高い。
実はちょっと前ににこれにひっかかって、うっかり高値でサラダ油を買ってしまっていました。

その時は前日に夕方のニュースで多数の食品の値上げのニュースを見た後だったので、
高いけどこれが在庫販売でこの先はさらに高くなるのではと勝手に考えすぎてしまいました。
この時も二日後くらいに普通よりもさらに安い値段で通常展示で売られていました。
うっかりだまされて高値で買ってしまった傷を相殺するために安い値段で2本目を買いました。

私は同じ年齢の一般男性よりは食品の小売価格を良く知っているつもりですが
それでもこういう卑怯なやり方に騙されることもある。
まだまだ未熟な主夫7年生です。いや、むそろそろベテランの領域じゃん。
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スケッチ教室#10 ミリペンで描く

2024年10月03日 | 日記B
月に一度のスケッチ教室。
本日のお題は「ミリペンを使って家にある『古い物』を描く」でした。

ミリペンというのはこれ。様々な太さの異なるペン先を持った顔料インクペン。簡単に均一な太さのペンが引けます。
子供の頃、兄が製図用に使っていたドイツのロットリングというペンがありましたが、それの普及版みたいな感じでしょうか。
ロットリングは1本でウン千円くらいしますが、先生のおすすめで私が買ったのはサクラクレパス社の「ピグマ」というシリーズ。5本セットで750円でした。

家にある古い物で持って行けるものを物色したのですが、いい物が見つからなかったのでかつて愛用していたデジカメを持って行きました。2012年製。
単純な形で材質も均一なので初めてのペン画の練習にはいいだろうと思ったのですが、やってみると簡単ではなかった。

こんな順番で書き進めました。
一番時間がかかるのが一番最初のざっくりした形を捕まえるところ。直方体部分の縦横厚みの比率、レンズ部分の円の大きさと位置。
こういうのがしっくりくるまで何度も何度も線を引いては消しての繰り返し。1枚目の形になるまでにかなりの時間がかかりました。
基本の輪郭が取れた後は少しづつ物体の要素を書き加えて行く作業。このカメラは要素が少ないので楽しく進められる作業です。
4枚目で鉛筆による下書きが終って、5枚目からペン入れ。ピグマペンは鉛筆の上から描いてもまったく問題なくインクが乗っかってくれます。
工業製品を書いているので定規を使っても良かったのですが、あえてフリーハンドにこだわってみました。6枚目でペン入れ完了。

そこから線の内部にカケアミを入れて行きます。絵画の用語で「ハッチング」というそうですが、細かな線の組み合わせで濃度や質感が変わります。
輪郭までは0.5ミリを使いましたがハッチングでは0.1とか0.05を使いました。
ちなみに「スケッチ教室」といっても先生が絵の技法を教えてくれることは一切ないので、事前にyoutubeで付け焼刃の予習をしました。
初めてのペン画なので場所ごとに違う線の組み合わせにして、どうやったらどう見えるという実験の様な時間でしたが意外と楽しかった。
最後にSONYとZEISSの白抜きロゴをホワイトペンで描いておしまい。2時間たっぷりかかりました。

皆さんの作品。特に上手な人がいないのが安心であり物足りなくもあり。
右上の作品は雅楽で使う笙です。初めて触らせてもらいました。

一番多かった「古い物」はクラシックカメラでした。せっかくなので最後に並べて記念写真。

先生が見せてくれた昔のアメリカの広告イラスト集。牛の胴体の曲面を線だけで見事に表現しています。
次回はこれをみんなで模写しようという話になっていましたが、さすがにちょっと難しそうで気が引けます。
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お米サンバ

2024年09月22日 | 日記B

先週後半からお米がスーパーに戻ってきています。
生産量から考えてそもそもあるはずのなかった「令和の米騒動」もこれで終わったということになるんでしょうか。

茨木県産のあきたこまちが3,180円。
騒動以前は2,200~2,500円くらいのイメージでしたから価格的には2割ほど上がっているような感じです。
ただし、買い貯めをしてたくさんのお米がある家庭はこの先しばらくは米を買い足すこともないでしょうから末端の販売量は低下する。
そうなると卸し業者の新米在庫が膨らんで、それを流通させるために秋にかけて元の価格に戻って行くと思われます。
結局なんだったんでしょうね。緩やかなパニック現象の例の一つとして今後心理学の教材になったりするかもしれません。

ちなみにいくら販売価格が上がっていても生産農家さんへの買取価格は1円たりとも変わらないらしいです。
この機会に国民がお米の大切さを再確認して、お米を作ってくれている方たちがすこしでも潤えばいいなと思っていましたがなかなかそうはならないらしいです。
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『特別支給の老齢厚生年金』を請求する

2024年09月15日 | 日記B

板橋年金事務所に行きました。
自分の用事で行くのは初めての様な気がします。

数か月前に年金事務所から届いた緑色の封筒で、自分が「特別支給の老齢厚生年金」を受け取る年齢になったことを知らされました。
特別支給というのはこういうことです。
昔は60歳になると年金をもらえていました。でも昭和60年の法律改正でそれが65歳からに引き上げられました。
60歳で年金をもらえるつもりでいた人が、いきなり5年間支給開始が遅くなるというのはさすがにまずい。
それで特別支給という形で減額になる分の金額を補填される訳ですが、生まれた年によって補填の時期や金額が変わります。

今考えれば60歳からくれよふざけんなよバカヤローという話なんですが、昭和60年といえば1985年で私は25歳。
会社に入ったばかりで長時間労働に追われながらも、バブル最盛期に向かう日本のトレンディなサラリーマンでした。
年金の支給年齢が変わることなんてまったく知りませんでした。自分が年金を払っているという自覚すらなかったかも。

それから40年近くが過ぎ、結局この年になっても年金のことはよく知らないまま老人になってしまいました。
ちなみに私の生まれ年が含まれる昭和34年4月から昭和36年4月生まれというのが、この補填分の金額を受け取れる最後のグループです。
64歳から1年間の支給ではありますが、もう1年生まれるのが遅かったらそれもなかったことになるので、ちょっとうれしい。

午前9時過ぎの年金事務所は私以外に誰もいなくて、書類を提出して10分ほど待っていたら書類に不備もなく無事に受理されました。
支給は来月から。若い頃から夢に見ていた年金生活がいよいよ始まるということか。
でも、その後に始まる本番の年金支給はちょっとだけ遅らせるつもりでいます。
支給開始時期を遅らせると、毎月もらえる金額が増えます。そのかわり死亡するのが早ければもらう総額は減ります。

「年金はいつからもらうのが得?」https://moneiro.jp/media/article/pension-timing#h85eed471e5という記事にシミュレーションをまとめた表がありました。

男性が85歳で亡くなるとした場合の計算です。なぜ日本人男性の平均寿命の81歳にしなかったのかは謎ですが、参考にはなります。
65歳で受給始めて85歳で亡くなった場合の総支給額は3800万円。
70歳で受給始めて85歳で亡くなった場合の総支給額は4000万円。
75歳で受給始めて85歳で亡くなった場合の総支給額は3500万円。
ということで、平均寿命通りの人生の場合は70歳で受給開始するのが一番「得」だということでした。
65歳を中心にしてマイナス300万~プラス200万の違い。パーセンテージで言えばマイナス7.8%~プラス5.2パーセント。
何を選んでもそれほどの差額ではないように感じてきました。そんなにがんばって考えるようなことじゃないですね。

沖縄旅行をいいお天気にしてくれた谷津観音様にお礼参り。
コメント (6)
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台風11号Yagiに翻弄される

2024年09月14日 | 日記B
これを書いているのは9月3日の昼です。
2日後の9月5日から5年ぶりの沖縄旅行の予定です。これがアップされるのは旅行後になるので「予定でした」ということか。
春の滋賀旅行と同じようにRさんが女子ゴルフの試合を見に行きたいという事で企画が始まりました。
海辺のコテージ、一部屋が我が家より広いリゾートホテル、知らない島のプチホテル、とリサーチを重ねて宿選びにも凝りました。すごく楽しみです。

あとは、お天気さえ何とかなってくれれば。
YAHOOの天気予報は出発一週間前には快晴ではないものの、まずまずの旅行向きの予報でした。
夏の沖縄なので多少は雲があってくれた方が良い。

8月29日21時


その翌日に、フィリピン沖発生していた熱帯低気圧が台風11号になるかもという予報がでました。
日曜日に雨マークが。でもこれは帰る日だからまあいいや。

8月30日10時


8月31日になると雨マークの方が多くなってしまいました。やめてー。

8月31日5時


そして熱帯低気圧は台風11号となりました。日本が名前をつける順番で「Yagi(山羊)」と命名されました。ヤギとメェメェされましたってダジャレか。

9月1日15時


出発4日前。怒涛の大雨マーク。これはキャンセルも検討しなければならないか。
最近のキャンセル料は発生するのも早くて、この時点でキャンセルしても総額の50%程度は支払い義務が生じています。うみゅー。
休日だったので王子神社まで本気の晴乞いをしに行きました。

9月2日5時


翌朝の予報ではさらにひどいことになっていました。
この予報では旅行を断念せざるを得ないか。
でも私はまだ望みを捨ててはいませんでした。

9月2日5時


なぜなら気象庁がやっているTenki.jpの予報↑がまったく違っていたので。
台風11号も10号同様にかなり進路予想が難しかったようで、日本の方に向かってくるのか、西に大陸を目指すのかわかっていませんでした。
天気予報は普段はYAHOOを見ますが、大事な場面ではTenki.jpとWether Newsも併用して検討します。
いつもはYAHOOが楽観的予想でTenki.jpは雨が多めの悲観的な予報が多いのですが、今回はなぜか逆転している。
それに望みをかけて見ようと思ったのでした。

9月2日7時


翌朝見るとYAHOOの予報から大雨マークがなくなっていました。
ヤギの野郎は日本には向かわずにさっさと西向きになったようです。とりあえずよかった。
しかし勢力がかなり強いので沖縄に影響が出る可能性もうあると言われています。

というところで、この1週間あちこちの天気予報を見ながらヤキモキが続いていて本当にメンタルによくありません。
たかが夫婦旅行でこれだけドキドキするなら、天気と生活が密着している農家の方たちはどれだけ大変な毎日か。
願わくばRさんが喜瀬でゴルフ観戦する予定の6日だけでも雨が降らずにいてくれれば、他ははどうなってもかまいません。そんな気持ち。

でもきっと晴れるんじゃないかと思っています。
旅行時の晴れ率92%。どんなに雨の予報でも私たちが行く先々だけがなぜか晴れるという体験を数えきれないほどしてきた晴れ男の私です。
きっとうまくいく。そう信じてこれを旅行後に予約投稿しておきます。さて結果やいかに。

【後日談】
ということで、昨日までで4日間の旅行記を書き終わりましたが、結果としては好天に恵まれてすばらしい旅行になりました。
ありがたいことです。
「晴れ男」みたいな言葉を使うと「単なる確立と偶然によるもの」と言われることもあるのですが、その通りかもしれません。
実際に過去の統計による「旅行地ごとの昼間の雨が降らない確率」と私の旅行における雨に降られなかった率を比較してみたい気もします。
まあでもそんなのどうでもいいか。これからもマジメに生きてこの幸運が続くことを祈ろう。

帰りの飛行機から見た那覇空港。
この後、日~水と雨。木曜が晴れで、週末は次の台風の影響で大雨だそうです。
なんかすいません。
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レンジフードと母

2024年09月01日 | 日記B

今日も元気なつや子さん。
いつ訪ねても上機嫌で朗らかです。息子が訪ねてきてうれしいからというのはもちろんですが、それでもこの10年位落ち込んだり不機嫌だった姿を見たことがありません。

一週間ほど前にレンジフードを新調しました。
30年以上使い続けたレンジフードの吸い込みが悪いので交換して欲しいという母のリクエストで私がリフォームの手配をしました。
まもなく93歳になる現在も毎日キッチンに立ち自炊を続けています。
買い物をする、メニューを考える、調理をして美味しく食べて片づけをする。自炊というのは当たり前のようですが多くのエネルギーが必要です。
93歳でそれをやっていて、さらにキッチン設備を新しくしたいということは、まだまだ続けられると本人が自認しているからに他なりません。
弱っているおばあちゃんなら、もうこの先も長くないから今さら新しいレンジフードなんてもったいないと考えますよね。
息子から見ても頼もしくうれしく思います。

でも私はリフォーム会社に「もう93歳でこの先何年使うか分からないから基本性能のしっかりした一番シンプルなものを」とお願いしました。
それでやってきたパロマのCタイプ。フィルターいらないからフィルター交換もしなくていいと知るとさらに喜んでいました。
電源が入っているLEDランプもついていないので、最近耳が遠くなった母にはファンが回っているのか止まっているのか判断がつきにくいらしい。
そこだけは不便だそうです。何か分かる方法はないかな?
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復刻版・ありゃりゃゴルフ

2024年08月29日 | 日記B
今から18年前、2006年5月29日から2011年3月20日まで5年間、ゴルフダイジェストオンライン(GDO)のサイトでブログを書いていました。
タイトルは「ありゃりゃゴルフ」。当時放送されていた松浦亜弥さんがゴルフで100切りを目指す「あややゴルフ」というTV番組のタイトルをもじって名付けました。
下の画像が最後の投稿のスクリーンショットです。このレイアウト、色彩を懐かしく思ってくれる方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。



GDOは2011年3月で新しい投稿ができなくなり、しばらくは閲覧はできたのですが1年ほどでそれもできなくなり完全に閉鎖されました。
ブログをやっているとこういうことが時々あって困ります。まあ今どきweblogという「オワコン」を続けている方が奇特なのですが。
GDOブログのHTMLデータは一式ダウンロードしてPCに保管できているのですが、リンクなどがおかしくなっているので快適には読めません。

現在のこのGooブログに旧「ありゃりゃゴルフ」のデータを移植したいという思いは前々からありましたが、この夏に少し余裕があったRさんが手掛けてくれました。
と言っても5年間で1,700本も書き込んでいるので全部というわけには行きません。大半はゴルフレッスンとラウンドの話で今ではそれほど必要もないし。
Rさんが旅行記などを中心にセレクトした150本ほどに限定されますが、それでもなかなか大変な作業だったようです。
移植した記事は左のカレンダーの下の「バックナンバー」で2011年3月以前の月を選べば月単位で見ることができます。スマホの下は記事の下の方にあります。
(GDOより転載)という一文が入っていますのでそれで検索すれば一通り出てきます。ま、そうまでして読む人もいないと思いますが。

現在のブログと比べると文章が短い。旅行の記事でも写真は5枚程度です。
最近の私が旅行に行くと1日で200枚以上の写真を撮って、そのうち25枚くらいを1回のブログに使うことと比べるとなんとも潔い。男らしい。
文章も今みたいなぐだぐだぐだぐだ長くなくて。いつの間にこんなにおしゃべりな初老の親父になってしまったのかわが身を憂います。
それでもやっぱり言っていること、考えていることは現在の私と全く変わっていません。逆に言えば何一つ成長していない。
あえて言えば、Rさんの大病と東日本の大震災以前を経験したあとに見られるメランコリーが2010年以前にはほとんどなくて、無邪気なまでに自信たっぷりに見えます。
パソコン通信とmixiはあってけど、iPhone、twitterとfacebookがまだなかったことも違うかな。ネットの束縛がそれほど顕著でなかった時代の無邪気さ。

まあでもこうやって過去を振り返れるようになったことは素直にうれしい。Rさんありがとう。
2011年3月11日の「Rさん無事ですか」から始まる東日本地震の後の1週間の記録、2010年10月の憩室炎での8日間の入院、2010年8月の富士登山、
2005年からのBD-1での自転車生活の初期などは自分でも読み返して感慨深いです。

これは移植されなかった2010年4月1日のブログの写真。
なんとなく当時のブログ仲間の間で植物についた朝つゆの写真が流行ったことがありました。
あの時は小さな写真だったけど、今はこんなに大きく貼ることもできるようになりました。
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スケッチ教室#9 夏の小物

2024年08月26日 | 日記B

6月、7月と予定が合わずに欠席して、3か月ぶりのスケッチ教室。
今日は各自が夏の小物を持参してそれを描くというお題。
夏の小物と言われても何も思いつかず、苦し紛れに2年前まで使っていた帽子と、100円ショップで買ったミニ園芸道具を持って行きました。

描き始めてすぐに分かったのですが、描く対象に興味や愛情がないとそれをじっと見て描くのはけっこうつまらないです。
古民家や護国寺や自転車やキノコ鍋を描いたときのようにテンションが上がらないことに驚きました。
それでも迷い迷いながら線を加えて行くと真っ白だった紙の上に徐々に物体が現れてきて不思議な喜びが。
90分でここまで。布の凹凸を水彩の濃淡で表わすという初心者には難しい作業でしたが、偶然の滲みが思いもよらない結果になったりして面白い。

120分でここまで。水を引いた上に水彩の滲みでいわさきちひろ風の背景が濡れないかやったみましたが思ったようには滲んでくれませんでした。

残りの時間で帽子のツバの部分の縫い目によるしわしわを前面に鉛筆で描き加えました。(これはさっき家で撮影)
このしわしわは最初から目に入っていましたが最後まで書き始めたら面倒なことになりそうだと思って手を出さないでいました。
実際にめんどくさかったけどちまちまと書き加えたことで布地の柔らかさが出たように思います。

他の人の作品と先生の講評。
終って見ればなかなか面白かったです。
道具も時間もあるのだから趣味としてもっと家でも描けば良さそうなものですが、2時間半部屋に閉じ込められないとなかなかできませんね。
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風をあつめて

2024年08月24日 | 日記B

熱帯夜の過ごし方、2024年版。
リビングのエアコンの風を1台の扇風機で私が寝ている和室へ。
1台のサーキュレーターで玄関方向に送って、さらにもう1台のサーキュレーターでRさんの寝室へ送る。

ずっと同じことはやっていましたが、2024年は朝までエアコンをつけっぱなすというところが今までと違います。
去年まではこの方法でも午前3時過ぎくらいに手足が冷たくなって目が覚めてしまい、そこでエアコンを消していました。

デジタル時計についている温度計をいつも眺めているのですが、寝ていて室温が28度くらいで寒いと感じてしまいます。
30度を超えると今度は暑くて寝苦しい。
28.5~29.5度くらいに寝ている部屋の温度をコントロールすることが目標となります。意外と安眠の範囲が狭い。

最初は個別にエアコンをつけていたのですが、とてもじゃないけどエアコンがついている部屋で寝るのは寒すぎる。
設定温度を30度にしても寒すぎて、それで最後は取り外してしまいました。
知人の話を聞いていると、家族が寝ている各部屋でエアコンをつけているのが普通のようですが、うちは夫婦してエアコンの冷気が苦手です。
それで、寝ている部屋でないところで冷気を溜めてそれを扇風機で送るというスタイルが定着しました。
1台しかエアコンを使わないと、24時間つけっぱなしでも月の電気代は1万円以下です。

SNSでエアコンのプロの人が言っていましたが、エアコンのカタログに掲載されている〇〇畳用というのはかなり過小評価だそうです。
マンションなら、6畳用のエアコンで14畳分くらいは余裕でカバーできるそうです。ご参考までに。
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月がきれい

2024年08月22日 | 日記B

8月20日。友人がLINEで知らせてくれたおかげできれいな月を見ることができました。
写真には全然写りませんが、ものすごくはっきりと見えた横向きのウサギの耳が記憶に残っています。
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非常に強い台風7号

2024年08月18日 | 日記B

大型で非常に強い台風7号、と事前のニュースでは危機感を煽っていましたが板橋区近辺は大雨も暴風もなく穏やかな一日でした。
16日午前11時くらいにちょっと雨音が強まったのでベランダに出て1枚写真を撮りました。これが一番雨が強かった時。

計画運休ということで飛行機も新幹線もたくさん止まりました。影響を受けた人にはお気の毒なことでした。
この程度の雨で運休するのはいかがなものかという声も見かけましたが、それは結果論というやつです。
想定より被害が少なくて何よりでした。
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家で避暑

2024年08月08日 | 日記B

暑さを避けて引きこもりの日々。南側の窓は昼間は生成り色のロールスクリーンを下げています。
部屋に直接陽が入る作りではないんですが、空の反射光だけでも室内の気温が上がるような気がして。
エアコンもほぼ24時間つけっぱなしですが、時々リビングのエアコンから洋室のエアコンに切り替えたりしています。

外も見えない部屋に日がな日がな一日いるというのは実質的に軟禁状態のようです。
比較的インドアで楽しく過ごせるので特に不自由は感じていませんが、やはり無為に過ぎて行く時間も多い。
チョコザップのCMで「今日もスマホを眺めて時間が溶けていく」みたいなコピーがあります。
博打や投資で「お金を溶かす」という言い方をよく目にしますが、時間もうかうかしていると溶けてなくなるのです。
そろそろ暑さを言い訳にせずに立ち直らねばな。ねば。


寒天生活。今回は水ようかん。
缶詰のあんこと同量の水とパルスイートと寒天を溶かして一煮立ち。粗熱が取れたらバーミックスでさらさらにして冷やして固める。
すぐできてまあまあ美味しいです。
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