ぼくらのありのまま記

ぼくらは
こんな大人になりました。

つなかんノート 学ボの記録その1

2014-09-11 09:39:39 | 唐桑日記
このつなかんは
2011,3,11の後。
3月24日に初めて支援が入ったそうです。

「鮪立地区、誰も支援入ってないじゃん!」と
気がついた大学生が、今のつなかんを見つけて

「雨,風しのげればいいんで、
ここに寝泊まりしていいですか?」と
家のなかもぐちゃぐちゃな菅野家に
寝泊まりしていいですかと
交渉したのがつなかんの始まりで。

そこからのべ1000人くらいの
学生ボランティアが寝泊まりして、
鮪立地区のガレキ撤去や
掃除をしてくれたんだって。

その時のノートを見つけました。



つなかんノート。
ちなみにつなかん、名前もボランティアで来た彼らがつけてくれました。






「なんで思い出ノートなのに、
ゴミの連絡とか書いてるの?
さちを面白すぎ!」



と、今年から唐桑に移住したさちをに聞きました。


そしたらこれは思い出ノートではなく、
次に来る学生部隊への引き継ぎノートだったんです。


寒いから毛布沢山かけてね!(そしてダイエット失敗)とか
ゴミの日守ってね!とか。


それにしても,さちを毎回ゴミの連絡だし笑。

でも、こうやって笑い話にできる時が来て
よかったねー、さちを!!



その他にも段ボールを利用したメッセージボードも。
色紙もないから、あるもので楽しく。


夜はマイナスの気温で毛布しかないって
ほんと寒かったんだと思う。

それでも

自分達も楽しもー!!
みんなセンスよすぎ!


最初はフルネームを漢字でサインしていた吉田君も



何回も来る度にニックネームついたんだね。


そして、ちんになる。

知らない誰かじゃなくて
大切な友だちになって。
いいチームだったんだなって
伝わって来た。

「行っておけばよかったなー!」と
思うくらいパワーもらえた。
パワースポットなのはいちよさんの
せいだと思ってたけど、みんなのおかげなんだね。
つなかん愛されてるわ。
みんなの足跡ちゃんと残ってるから!
いつでも帰って来てね!


ちん,来過ぎて書く事なくなってるっぽい笑



ちんくん、会いたいわー。






国際色も豊かだし!


ちゃんと引き継ぎ読んでるんだね!!さすが。


今回の震災って
「2万人が死んだ震災じゃなくて、
1人が死んだ事件が2万件あった」って
捉え方をいろんなメディアで読むけど。

ボランティアだって
1000人が参加した支援じゃなくて
ひとりひとりの支援が1000件もあったんだよね。

みんなありがとう!
あなたたちのおかげで僕はここにいます。

出遅れて,なんか来づらいって人も
まだまだできることはあるし、
まだまだお手伝いして欲しい人もいるので
今からでも来たら楽しいんじゃないかな。



それはここだけじゃなくて。
この前来てくれたホタテ生産者のゴウくん
広島に災害ボランティアに行ってるんだって。
みんなつながってるね。

ちなみに僕も2013年に
出遅れた来づらさを感じながらも
震災後初めて東北に来ました。
その時も今も,支援とか
お手伝いしてるって言う気持ちは全然なくて。
その時出会ったつなかんならば、
海をみながら楽しく仕事できるなぁと思って。
今年の7月から働いてます。


いろんな理由でいいんだと思います。



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