あいらのひみつ箱

2006年の年明けとともにジュリーに堕ちました。日の浅いファンが 勝手な思いを書き連ねるゆるいブログです。

6/16号週刊文春に岸部一徳氏

2011-06-10 12:00:00 | 書籍・雑誌
日頃より週刊文春愛読者のアテクシ、
毎週木曜日は、昼休みに職場近くの書店で
文春を買って、ランチのお供にするんですが、

今週号もいつものように、○集院静氏の人生相談コーナーを読み、
いつものように「ぜんぜん納得行かない」な気分になり、
(でも読んじゃうんだなコレが)
そのままふと、次のページをめくると、
岸部一徳さんのインタビュー広告が載ってましたの。



「著名人が語る私のカラダ物語」最終回のゲストとして登場ですわ。

養○酒を作っている会社さんの広告なので、
7や8の倍数の年齢で体に変化があるとか、
話が健康系の話題に絡めてあるんですが、
そんな中、じゅりのツアーに参加するという話題にも
触れていたので、思わずニンマリ。
関係ある部分だけ引用させて頂きました。


「1960年代後半、一世を風靡した日本のグループサウンズの代表格、ザ・タイガースのベーシストとして20歳でデビュー。その後、24(8×3)歳で解散、32(8×4)歳には修三から一徳と改名し、本格的に俳優としての再出発を切った。」

「ミュージシャン時代は若かったこともあり、眠る時間がなくてもまったく平気。昼も夜もなく、起きた時から一日が始まるという生活だったが、年齢とともにしだいに変化してきた。」

タイガース時代の怒涛の忙しさの日々は、
体力で乗り切ってたのね。
昼も夜もなく、とはどんだけ忙しかったんでしょ。
若いからなんとかなってたんですわね、きっと。

「今ではすっかり俳優としての顔になっている岸部さんだが、ミュージシャン時代は天才的ベーシストとして抜きん出た音楽センスを高く評価されていた。もうすぐその才を再び目の当たりにするチャンスが巡ってくるかもしれない。」

うわ、「天才的ベーシスト」「抜きん出た音楽センス」って
かなり賞賛されてる~。
シャイな一徳さんとしては、ちょっとくすぐったい??
文章の最後は、一徳さん自身の言葉で締められてます。

「「今年ジュリー(沢田研二さん)のツアーに参加する予定があります。音楽をやろうという情熱に溢れていた少年時代に出会ったメンバーとまた一緒に音楽ができると思うと、人生ぐるっと回ってスタートへ戻るような気分。いつのまにかすっかり俳優の"僕"になってしまったけれど、もともと僕は音楽好きな男の子だったんだ・・・・・・そんな初々しい気持ちに戻って、これからまた新しい出発を切れそうな気がしています」」

今年秋のじゅりツアー、"ほぼ虎"でやる話がまとまったのは
最終的に一徳さんが「ゲストでもいいのでは」と
言ってくれたおかげ・・とも言われていますが、
このお話を聞いて、こんなに売れっ子、有名俳優なのに、
なんて謙虚で優しい人なんだろうって、
アテクシすっごく驚いてました。

でもこのインタビューを読むと、
短い中にもタイガースへの愛が感じられて
とても温かな気持ちになっちゃいます。
「もともと僕は音楽好きな男の子だったんだ」・・・・・か。
もー、一徳さんてば、泣かせるわ~。

ああ、早く国際フォーラムで、
「ジュリー!サリー!」と叫びたい!!