Activated Sludge ブログ ~日々読学~

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●森達也監督《特に不安や恐怖を感じた時、異質なものを見つけて排除しようとする…この場合、髪や肌の色、国籍、民族、信仰、そして言葉。》

2024年03月16日 00時00分28秒 | Weblog

[※ 『NNNドキュメント’17記憶の澱』(2017年12月3日(日))↑]


(2023年11月06日[月])
大谷昭宏さん《監督は…「…そして言葉何でもいい」と言う。翻って現代の社会チマ・チョゴリに、アイヌの民族衣装、身なりで人をあげつらう女性議員がいる。朝鮮人虐殺の記録は政府内には存在しない」と言い張る官房長官がいる。虐殺された朝鮮人の慰霊式に長年送ってきた追悼文を「史実は歴史家の判断にまかせるべき」と言って、突如、取りやめた都知事がいる。100年、何も学ばなかった人がいる100年、何かを学ぼうとさえしなかった人がいる-。》

   『●発生100年の関東大震災「朝鮮人・中国人虐殺」問題…ニッポン政府は
      記録がないと嘯き、東京「ト」知事は事実を認めず、ヘイト団体は…
   『●森達也監督「福田村事件」…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に惨殺
      されたのは「朝鮮人」だけではありません》(デモクラシータイムス)
   『●福田村事件…《人が成長するため「歴史とは失敗を記憶するためにある」
      と森さんは語る。人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した》
   『●<金口木舌>《森達也さんが監督…映画「福田村事件」…人のうちにある
     ある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した。目を背けてはいけない歴史である》

 《かなりの数の「日本人」も朝鮮人と間違えられて殺されていたのだ。その悲劇の典型的事件が、本作に描かれた「福田村事件」である》(デモクラシータイムス)。極々普通の人たちが…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に》《人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した》(琉球新報)のか? どう戦争の記憶を残し、戦争を回避するのか。戦争の記憶の継承、《語り継ぐ》。歴史の記憶の継承語り継ぐこと。記憶の澱をかき乱し、呼び覚ます。
 日刊スポーツのコラム【大谷昭宏のフラッシュアップ/福田村事件と検見川事件 この100年、何も学ばなかった人たち】(https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202311060000150.html)。《検見川(現・千葉市)では首都から避難してきた三重、沖縄、秋田出身の3人の若者が言葉の違いから朝鮮人だと、いきりたつ群衆に惨殺された。どの村の人々も長らく口を閉ざした日本の歴史の暗部だった。「福田村事件」の監督は、人が群れで生活するようになって、「特に不安や恐怖を感じた時、異質なものを見つけて排除しようとする…この場合、髪や肌の色、国籍、民族、信仰、そして言葉何でもいい」と言う。翻って現代の社会。》

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https://www.nikkansports.com/general/column/flashup/news/202311060000150.html#goog_rewarded

コラム
大谷昭宏のフラッシュアップ
2023年11月6日8時0分
福田村事件と検見川事件 この100年、何も学ばなかった人たち

関東大震災から100年の9月1日から少し遅れたが、先日、旧知の森達也さんが監督をされた映画、「福田村事件」を見てきた。そして先週は三重テレビの夕方ニュースで「検見川事件」を取り上げた。

関東大震災の直後、首都を中心に「(朝)鮮人が災害に乗じて暴動を起こす」といった流言蜚語(りゅうげんひご)が飛び交い、疑心にかられた群衆に虐殺された朝鮮人は、数千人にのぼるといわれている。

そうした中、千葉県福田村(現・野田市)では讃岐(香川)からやってきた日本人15人の行商団に、(なま)りや身なりの違いから自警団が朝鮮人だと村人を煽(あお)り立て、妊婦や幼児を含め、9人が群衆に虐殺された。

検見川(現・千葉市)では首都から避難してきた三重、沖縄、秋田出身の3人の若者が言葉の違いから朝鮮人だと、いきりたつ群衆に惨殺された

どの村の人々も長らく口を閉ざした日本の歴史の暗部だった。

福田村事件」の監督は、人が群れで生活するようになって、「特に不安や恐怖を感じた時、異質なものを見つけて排除しようとする…この場合、髪や肌の色、国籍、民族、信仰、そして言葉何でもいい」と言う。

翻って現代の社会チマ・チョゴリに、アイヌの民族衣装、身なりで人をあげつらう女性議員がいる。朝鮮人虐殺の記録は政府内には存在しない」と言い張る官房長官がいる。虐殺された朝鮮人の慰霊式に長年送ってきた追悼文を「史実は歴史家の判断にまかせるべき」と言って、突如、取りやめた都知事がいる。

100年、何も学ばなかった人がいる100年、何かを学ぼうとさえしなかった人がいる-


大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「NEWS ONE」などに出演中。
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●<金口木舌>《森達也さんが監督…映画「福田村事件」…人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した。目を背けてはいけない歴史である》

2023年08月17日 00時00分30秒 | Weblog

[※ 『NNNドキュメント’17記憶の澱』(2017年12月3日(日))↑]


(2023年07月30日[日])
《かなりの数の「日本人」も朝鮮人と間違えられて殺されていたのだ。その悲劇の典型的事件が、本作に描かれた「福田村事件」である》(デモクラシータイムス)。100年後の今、朝鮮人らの虐殺でさえも無かったことにしようとしており、ましてや、「日本人」の虐殺などほとんど記録が残されない。極々普通の人たちが…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に》《人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した》(琉球新報)のか?

【森達也 映画『福田村事件』【著者に訊く!】】
 (https://www.youtube.com/watch?v=s-zWKhVIBow
《デモクラシータイムス》
《『福田村事件』―これに目を瞑ることは、許されない
 1923年、今からちょうど100年前に起きた「関東大震災」。
 混乱に乗じ、数多くの「朝鮮人」がデマに煽られた日本人に虐殺された。
 だが虐殺されたのは朝鮮人だけではなかった。
 かなりの数の「日本人」も朝鮮人と間違えられて殺されていたのだ。
 その悲劇の典型的事件が、本作に描かれた「福田村事件」である。
 森達也監督が初めて挑んだ劇映画、現代につながる状況を描く!
 2023年7月17日 収録
 映画『福田村事件』公式サイト
 https://www.fukudamura1923.jp


 森達也監督「福田村事件」…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に惨殺されたのは「朝鮮人」だけではありません》。どう戦争の記憶を残し、戦争を回避するのか。戦争の記憶の継承、《語り継ぐ》。歴史の記憶の継承語り継ぐこと。記憶の澱をかき乱し、呼び覚ます。
 もう一度、琉球新報のコラム【<金口木舌>目を背けてはいけない】。《その場に居合わせたら、どう対応できるのか。森達也さんが監督を務めた映画「福田村事件」は、実際にあった事件を描き、虐殺に走った民衆とあなたは違う人でいられるかを問う》、《▼人が成長するため歴史とは失敗を記憶するためにある」と森さんは語る。人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した目を背けてはいけない歴史である》。

   『●発生100年の関東大震災「朝鮮人・中国人虐殺」問題…ニッポン政府は
      記録がないと嘯き、東京「ト」知事は事実を認めず、ヘイト団体は…

   『●森達也監督「福田村事件」…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に惨殺
      されたのは「朝鮮人」だけではありません》(デモクラシータイムス)
   『●福田村事件…《人が成長するため「歴史とは失敗を記憶するためにある」
      と森さんは語る。人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した》



映画『福田村事件』特報
 (https://youtu.be/05PRRqlysi4

 福田村事件…《人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した》。
 共同通信の記事【映画「福田村事件」完成、上映へ 関東大震災後「市民が凶暴化」】(https://nordot.app/1059774318425736030)によると、《関東大震災の5日後に現在の千葉県野田市で香川県の行商団9人が自警団に殺害された事件を題材にした映画「福田村事件」が、震災から100年に合わせて完成した。監督を務め、数々のドキュメンタリー作品でも知られる森達也さん(67)が3日、上映開始を前に千葉県庁で記者会見。「市民がどうして凶暴化したかを描きたかった誰かを排除しようとするのは、今も昔も同じ」と思いを語った。福田村事件は1923年9月6日に発生。混乱した社会の中で飛び交った流言が影響したとされる。関東大震災が起きた9月1日以降、各地で順次上映。詳しいスケジュールは公式ホームページで案内している》。

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●福田村事件…《人が成長するため「歴史とは失敗を記憶するためにある」と森さんは語る。人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した》

2023年07月31日 00時00分15秒 | Weblog

[※ 『NNNドキュメント’17記憶の澱』(2017年12月3日(日))↑]


(2023年07月17日[月])
森達也監督「福田村事件」…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に惨殺されたのは「朝鮮人」だけではありません》。

   『●森達也監督「福田村事件」…《関東大震災の混乱で差別意識を背景に惨殺
      されたのは「朝鮮人」だけではありません》(デモクラシータイムス)

 どう戦争の記憶を残し、戦争を回避するのか。戦争の記憶の継承、《語り継ぐ》。歴史の記憶の継承語り継ぐこと。記憶の澱をかき乱し、呼び覚ます。
 琉球新報のコラム【金口木舌>目を背けてはいけない】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1745823.html)によると、《その場に居合わせたら、どう対応できるのか。森達也さんが監督を務めた映画「福田村事件」は、実際にあった事件を描き、虐殺に走った民衆とあなたは違う人でいられるかを問う》、《▼人が成長するため歴史とは失敗を記憶するためにあると森さんは語る。人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した目を背けてはいけない歴史である》。

   『●11年そこそこで、東電核発電人災を「無かったこと」にしたくて仕方
     ない自公政権。一方、99年目の史実・朝鮮人虐殺も無かったことに…
   『●発生100年の関東大震災「朝鮮人・中国人虐殺」問題…ニッポン政府は
      記録がないと嘯き、東京「ト」知事は事実を認めず、ヘイト団体は…



【森達也監督【焦点インタビュー】初めて劇映画を作る理由 関東大震災の惨劇をいま世に問う】
 (https://www.youtube.com/watch?v=nRadMmKyqJ0
 《デモクラシータイムス》《ご存知ですか? 森達也さんが監督になって初めて劇映画を撮ろうとしています。その構想段階の話を、監督と脚本家、プロデューサーにうかがいます。テーマは、歴史の向こうから今につながる「差別」関東大震災の混乱で差別意識を背景に惨殺されたのは「朝鮮人」だけではありません。讃岐の行商人の集団15人のうち、9人が虐殺された「福田村事件」を取り上げます。なぜ、彼らは襲われ、殺されなければならなかったのか、その構造をダイナミックに提示する映画…》。

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https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1745823.html

<金口木舌>目を背けてはいけない
2023年7月13日 05:00
金口木舌 福田村事件

 その場に居合わせたら、どう対応できるのか。森達也さんが監督を務めた映画「福田村事件」は、実際にあった事件を描き、虐殺に走った民衆とあなたは違う人でいられるかを問う


▼事件は関東大震災直後の1923年9月6日に起きた。千葉県の福田村(現・野田市)で香川県の薬の行商人15人のうち9人が自警団に殺害された。震災の恐怖と不安がさめやらず「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマも流れた

▼普段は善良で穏やかな個人がデマに踊らされるその途端、暴徒と化し凶行に及んだ。自警団は訛(なま)りのある行商団の話し方から朝鮮人と決めつけ、刃を向けた

▼加害者を軸に描く映画を見て、ナチスホロコーストを研究したユダヤ人学者ハンナ・アーレントの言葉「悪の凡庸さ」が頭をよぎった。「思考や判断を停止し、外的規範に盲従した人々によって悪は行われた」と

人が成長するため歴史とは失敗を記憶するためにある」と森さんは語る。人のうちにある凡庸な悪が震災下で暴虐を犯した目を背けてはいけない歴史である
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●『沖縄スパイ戦史』(三上智恵・大矢英代共同監督): 「「スパイリスト」…歪んだ論理が生み出す殺人」

2018年05月25日 00時00分29秒 | Weblog

[LOFT(http://www.loft-prj.co.jp/schedule/wp-content/uploads/2018/06/0603_Okinawa_Spy_Talk-548x775.jpg)↑]



マガジン9の鈴木耕さんのコラム【言葉の海へ/第32回:『沖縄スパイ戦史』、すごい映画を観た!】(http://maga9.jp/180516-6/)。

 《『沖縄スパイ戦史』(三上智恵大矢英代 共同監督)…この「護郷隊」の実態は、これまでほとんど明らかにされてこなかった。それはなぜなのか。三上監督は、研ぎ澄まされたジャーナリストの嗅覚で、「護郷隊」の実態に迫っていく。この過程が凄まじいほどの迫力に満ちているのだ…今回は、そこに大矢監督の静かな怒りが加味された》。



[(http://www.loft-prj.co.jp/schedule/wp-content/uploads/2018/06/0603_Okinawa_Spy_Talk-548x775.jp
  LOFT(http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/88018http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/88018
  【三上智恵大矢英代 共同監督『沖縄スパイ戦史』公開記念トーク
   「沖縄を再び犠牲にしないために」
   —南西諸島の今と映画『沖縄スパイ戦史』から考える—】]

 共同監督の大矢英代さんについては、以前のマガジン9のコラムで読んでいました。《戦争のためにカメラを回しません。戦争のためにペンを持ちません。戦争のために輪転機を回しません…》という言葉が印象に残っています。

   『●「戦争のためにカメラを回しません。
      戦争のためにペンを持ちません。戦争のために輪転機を回しません」
    「マガジン9…【マガ9備忘録/その145)「沖縄のマスコミは“民”のもの」
     高江で語ったQAB大矢記者の心】」
    《沖縄のマスコミは、皆さん県民のものです。
     “民(たみ)”のものです。
     私たちには武器もありませんし、権力もありません。
     でも、伝え続けることはできます。抗い続けることはできます。
     その一歩一歩が、沖縄の歴史、そして本当の意味で
     この国の、この日本の民主主義を勝ち得る手段と信じて、
     これからも一生懸命、伝え続けていきたいと思っています。》

 《「スパイリスト」…そのリストによって、何かが起きた…。歪んだ論理が生み出す殺人》、《「戦争の悲惨」とは、単に肉体の破壊だけではない。人間同士の関係性の破壊住民同士の疑心暗鬼。そこから必然的に生み出される、地獄の光景》。そこまでの激しさではないとしても、いま、アベ様や最低の官房長官が「森」を殺し、「美ら海」を殺し続け、沖縄の人々を分断し続けている。
 《沖縄戦は「日本軍という組織と、それに虐げられた住民」という構図で語られることが多いけれど、ほんとうにそれだけなのか?》…映画『沖縄スパイ戦史』…全く知りませんでした。あの壮絶な戦場を経験した沖縄…「スパイリスト」に載ることの意味を知る人々の心の中に、《記憶の澱》として、こびりついているのでしょうか…。

   『●加害者性と被害者性…「私たち一人一人が被害者となり、
              加害者となり得る戦争。戦争はどこかで今も…」
    「【記憶の澱/NNNドキュメント’17】…。
     《先の大戦の記憶を、今だからこそ「語り、残したい」という人々がいます。
     …心の奥底にまるで「」のようにこびりついた記憶には「被害」と「加害」、
     その両方が存在しました》」

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http://maga9.jp/180516-6/

言葉の海へ
第32回:『沖縄スパイ戦史』、すごい映画を観た! 鈴木耕
By 鈴木耕  2018年5月16日

 5月14日、映画の試写会へ行ってきた。『沖縄スパイ戦史』(三上智恵大矢英代 共同監督)という映画だ。
 ものすごく重い映画だった。だが、どうしても目が離せない。30人を超す証言者が画面に現れる。声高に激するわけではない。怒りをあらわにする場面も少ない。ほとんどが、自分の見聞きしたこと、激しい沖縄戦での経験を淡々と語る。それが、観る者の耳について離れないのだ

 沖縄戦、護郷隊と呼ばれる少年兵たちで組織された部隊があった。彼らはほとんどが15、6歳。中にはもっと幼い子どももいたという。彼らは身を賭して、圧倒的な物量を誇る米軍への悲劇的なゲリラ戦に突入したいや、突入させられたのだ
 ぼくは大田昌秀元沖縄県知事のお話をよく聞いていた。大田さんが徴兵されたのは「鉄血勤皇隊」という。だから「鉄血勤皇隊」に関しては、若干の知識があったのだが、この「護郷隊」については、ほとんど何も知らなかった。

 この「護郷隊」を組織したのは、陸軍中野学校でスパイ教育を受けた若い将校たちだったという。正規戦が終結した後、山野に隠れ潜み、米軍を奇襲するというゲリラ戦を展開する。そのための少年ゲリラ兵たちを組織する。それが、中野学校出の若き将校たちに与えられた任務だった。
 だが、この「護郷隊」の実態は、これまでほとんど明らかにされてこなかった。それはなぜなのか。三上監督は、研ぎ澄まされたジャーナリストの嗅覚で、「護郷隊」の実態に迫っていく。この過程が凄まじいほどの迫力に満ちているのだ。
 大声も激高もない。多くの経験者たちの証言を、まるで網目模様を編むように小刻みにつなげながら、実相に近づいていく。これまでの三上監督の映画がそうだったように、その手つきは穏やかだけれど、まことに見事だ。これほどの重いテーマなのに、観る者の目を逸らさせず、耳を塞がせず、最後まで引きつけていく。

 今回は、そこに大矢監督の静かな怒りが加味された
 日本軍の命令による、マラリア地獄への住民強制移住という事実の掘り起こしである。1944年暮れのある日突然、山下虎雄と名乗る若い男が、青年指導員という肩書で波照間国民学校へ赴任してくる。しかし、山下は実は教員などではなく、やはり陸軍中野学校出の工作員だった。島民には慕われていたという山下だが、やがてその正体を現す。彼が行ったことは、波照間島民たちの西表島への「疎開という名の強制移住」だった。
 西表島は今でこそ明るい観光地になってはいるが、当時は「マラリア地獄」と呼ばれるような死病の蔓延する島だった。強制された移住先で何が起こったか。大矢監督の前で、この映画で唯一「あの野郎は殺してやりたい」と怒りを露わにする島民の証言が描かれる。ほんとうに、唯一の怒りの表白である。いったい何人の波照間島民が、熱に震えながら死んでいったことか。浜辺が死体でいっぱいになったという。
 なぜそんな理不尽な移住が、日本軍によって強制されたのか。その理由も次第に明らかにされていく。
 悲惨な映像が重なる。ふつうなら、大きなスクリーンで目のあたりにはしたくない映像だ。けれど、この映画には必然の画像。戦争の実相とは、いったいどんなものか目を背けてはいけない。それはふたりの監督の決意でもあろう。

 やがて、映画は暗いクライマックスへ進んでいく。この映画のタイトルにもなっている「スパイ」についての証言だ。
 沖縄戦は「日本軍という組織と、それに虐げられた住民」という構図で語られることが多いけれど、ほんとうにそれだけなのか?
 実は、語られたことのない闇が「住民と住民の間に存在していたというのだ。さまざまな書類や証言から、その語られざる闇を、監督たちは静かに掘り起こしていく。それがこの映画の白眉である。ぼくは試写室の暗がりの中で、椅子の肘掛けを、汗ばむほどに握りしめていた。
 「スパイリストなるものが存在した。米軍に内通する者がいれば自分たちも殺される。そうであれば、内通者(スパイ)は殺さなければならない、という論理。そう疑われた者たちの名が乗せられたリスト。そのリストによって、何かが起きた…。歪んだ論理が生み出す殺人一度スパイの嫌疑をかけられた者は、疑惑の蜘蛛の巣の、粘つく網にからめとられて逃げ出せない

 その件にかかわったらしい証言者が力説する。スパイを殺さなければ自分たちみんなが米兵によって殺される。あの時は、ああするしかなかった。それが間違っていたとでも言うのか! あんたはそれを否定できるのか!
 戦争は、すべてを敵か味方かに分別する。一度敵だと疑われたら、もはやどんな言い訳も通用しない。それは「過去の戦争の論理」ということではなく、もし「現代の戦争」が起きたなら、多分同じことが繰り返されるだろう恐ろしさを秘めている。ナレーションはそうは語らないけれど、あの証言者の力説はそれを物語っている。
 試写室の空調の効いた暗がりの中でスクリーンを見つめているぼくに、その論理を否定するだけのもうひとつの論理はあるのか
 「戦争の悲惨」とは、単に肉体の破壊だけではない。人間同士の関係性の破壊住民同士の疑心暗鬼。そこから必然的に生み出される、地獄の光景
 この映画は、事実の積み重ねで、闇の中の事実に光を当てようとする。証言者たちの淡々とした語り口が、よけいに切なく響く。

 ただ、最後の救いの場面が美しい。大宜味村の小さな山に、瑞慶覧良光さん(89歳)が、黙々と寒緋桜を植えていく。その数は69本。死んだ彼の戦友たちの数だという。そして、その1本1本に、良光さんは戦友の名前を付けていくのだ。
 映画の終わり、美しい桜の1本に、ある人の名前が付けられる。その人が、どんな死を迎えたか
 死んだ少年兵の弟と、良光さんが硬く手を握り合う。この映画のもっとも美しい、けれどもっとも切ない場面である。
 試写会では珍しく、上映終了時に拍手が起きた。かなりの観客がいたのだが、それぞれはどんな思いで拍手したのだったろうか?

 本作は、7月28日より、東京・ポレポレ東中野を皮切りに、順次全国で公開していくという。ぼくはもう一度、劇場で観ようと思う。

 なお、この映画をめぐる「トーク・ライブ」が、6月3日(日)12時~16時に、東京・渋谷の「LOFT9 Shibuya」で行われる。三上智恵・大矢英代両監督のほか、井筒高雄さんのお話もある。なぜかぼくも、進行役として参加する。
 この模様は、「マガジン9」と「デモクラシータイムス」でも配信する予定になっている。
 主催:新宿西口反戦意思表示・有志 http://seiko-jiro.net

     (トークイベントのチラシです…)

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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