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●『教育と愛国』《危うさに気づいた…。監督で毎日放送の斉加尚代さんは、ゆがむ教育現場のリアルを伝え「教科書は誰のものか」を問う》

2022年05月31日 00時00分26秒 | Weblog

[※ 「こんな人たち 報道特集(2017年7月8日)↑]


(20220515[])
琉球新報のコラム【<金口木舌>なぜ教育に「愛国」か】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1512543.html)。
AERAの記事【「教育は普遍的価値で独立を担保すべき」 テレビディレクターが映画「教育と愛国」に込めた思い】(https://dot.asahi.com/aera/2022050500013.html)。

 《▼なぜ今時あいさつのやり方か。映画が問題提起するのには訳がある。道徳は2018年以降、評価科目の正式な教科化が進んだ。しかし前身ともいえる修身は戦後の一時、授業停止となった経緯がある》。
 《政治の圧力によって忖度を強いられる教育現場のリアルは、さながら「政治ホラー」の様相も帯びる。監督を務めた大阪の毎日放送(MBS)ディレクターの斉加尚代さんに作品に込めたメッセージを聞いた》。

 斉加尚代監督『教育と愛国』。

   『●斉加尚代監督『教育と愛国』:《教育への政治支配が続けば、日本の
     学校は…政府プロパガンダを信じ込ませる場に堕す》(前川喜平さん)


https://youtu.be/44jHw7AbjFg
https://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

 前川喜平さん《『教育と愛国』(斉加尚代監督)の試写を見た。従軍慰安婦、集団自決、強制連行を巡る教科書検定などへの政治的圧力、教育右傾化をえぐり出したドキュメンタリー》《教育への政治支配が進めば、日本の学校はロシアや中国のように政府プロパガンダを信じ込ませる場に堕すだろう》。また、《「主戦場」を見た人には「教育と愛国」を見ることもおすすめします》とも。

   『●国連《表現の自由侵害許されぬ》…アベ様や最低の官房長官ら
              馬さんや鹿さんの耳には、哀しき馬耳東風…
   『●《○○しかいない》お維の《言論の自由…憲法に反する発言を
            言論府が放置することこそ自らの首を絞める行為》
   『●映画『主戦場』で、〝否定派〟の論客の皆さん《杉田水脈衆院議員や
     ケント・ギルバート氏…藤岡信勝氏、テキサス親父…櫻井よしこ氏》は…

 琉球新報の記事【教科書の挿絵が変わっている…政治の「浸食」でゆがむ現場 映画「教育と愛国」沖縄でも公開】(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1512817.html?utm_source=ryukyushinpo&utm_medium=referral&utm_campaign=carousel)によると、《危うさに気づいたのは、教科書に載った挿し絵の変化だった。パン屋が和菓子店に差し替えられた。学校で使われる教科書に政治が急接近し「侵食」を始めている。そんな問題意識からテレビドキュメンタリーの番組に追加取材を加え、映画「教育と愛国」をつくり上げた。監督で毎日放送の斉加尚代さんは、ゆがむ教育現場のリアルを伝え「教科書は誰のものか」を問う。和菓子店に差し替えられた教科書は小学校の道徳だった。2017年3月のことだ。伏線は06年の教育基本法の改正にあり、「愛国心が盛り込まれたことがひも付いていると感じたと言う。「道徳と歴史の教科書では違うのだろうが、沖縄の集団自決の軍命削除をさせた教科書検定とつながっているのでは」。通底する政治圧力の意図を嗅ぎ取った。映画には渡嘉敷島の集団自決(強制集団死)を語り継ぐ吉川嘉勝さんの証言も反映された》。

   『●前川喜平さん《本来は自由で自律的でなければならない分野にまで
     政治支配が及ぼうとしている…新聞やテレビ…教育、文化や学問…》

 毎日新聞の記事【特集ワイド/映画「教育と愛国」が示すもの 「政治の道具」迫る危機 ディレクター・斉加尚代さん】(https://mainichi.jp/articles/20220413/dde/012/040/012000c)によると、《21世紀の日本で、教育と学問の環境が政治によっていかに改変されてきたのか。その意味を改めて問い直す映画「教育と愛国」が来月、公開される。監督の毎日放送(MBS、大阪市)ディレクター、斉加尚代さんへのインタビューを通して、日本の教育やメディアの現状とロシアのウクライナ侵攻の背景を重ねて考えた。「おはようございます」のあいさつとおじぎ、どっちを先にするのが「正しい」? 映画は、子どもたちにこんな質問をする「滑稽(こっけい)」だが「笑えない」道徳の授業風景から始まり、教科書検定制度へと切り込んでいく。道徳教科書の「パン屋さん」の記述が、検定意見を受けて和菓子を扱う店に修正された2017年のエピソードを入り口にして、教育基本法に「愛国心教育」を盛り込んだ安倍晋三元首相ら、保守系政治家の発言を改めて検証。さらに現場の教員、教科書出版社の編集者、歴史学者らへのインタビューを通じて、制度運用の実態と政治の関わりが浮かび上がる。カメラはさらに、今の日本で教育と学問が直面する問題を描いていく――。作品は、17年度のギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞したMBSのドキュメンタリーに、その後の取材成果を加えて完成させたものだ。番組を制作し、映画版でも監督を務めた斉加さんがこう話す。「教育の自由、独立が脅かされ、教科書が書き換えられていくかつて日本でも、教師が目の前の子どものためではなく、国家の代弁者となった時代があった危機的状況だと感じています」…》。
 自公お維コミを支持し、彼/彼女らに投票することが何を意味しているのか? 違憲に壊憲して戦争できる国にし、人の親として子や孫をそんなに戦場に送りたいものかね? 戦争できる国にして、人殺しに行きたい、人殺しに行かせたいものかね。《教師》は? 《かつて日本でも、教師が目の前の子どものためではなく、国家の代弁者となった時代があった》。

 おカネ儲けのことしか考えていない独裁者・アベ様らに続きキシダメ氏も。
 日刊ゲンダイの記事【岸田政権の肝いり「教育未来創造会議」提言に“令和の学徒出陣”の声…理工系や農学系だけなぜ】(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/305103)によると、《<何だか時計の針が逆戻りしているような><これは戦時体制に移行する予兆なのか>──。政府の「教育未来創造会議」(議長・岸田文雄首相)が10日、まとめた提言に対し、ネット上でこんな不満の声が出ている》。
 AERA《政治の圧力によってゆがめられていく対象が、学校現場だけでなく、メディア関係者や研究者にも波及していく過程》…。

   『●「教育立国協議会」会長による「珍芸」…「不正文科相が子どもに
     「道徳心」を説き得る」「大臣を辞めながら反省どころか、威張る」等々

 情けなく涙出てくるよ、全く ――― (政界地獄耳)《★そんな時、自民党非主流派といえる元文科相・下村博文が会長、最高顧問に元首相・安倍晋三、野田佳彦、公明党代表・山口那津男が就く、超党派の国会議員でつくる「教育立国協議会」が設立された。驚くことに会長代行に維新の会共同代表・馬場伸幸と国民民主党代表・玉木雄一郎、副会長に立憲民主党代表・泉健太が名を連ねる。無論超党派の議連ができることに問題はないが、これでは自民党安倍系に公明と維新のグループに国民と立憲がはせ参じたといわれても仕方がない構図だ。野党の党首が入ることは別の意味合いや役割があると取られても仕方がないこれが野党のいう解決型や提案型ならば、そんな野党はいらない》。

 ドキュメンタリー映画『愛国と教育』…ブログ主が思い出したのは【橋下氏、女性記者を“罵倒”つるし上げ!君が代条例の波紋】の件。斉加尚代MBS記者と、《地元テレビはヒレ伏しヨイショの連続》《ハシズム》で当時絶好調の橋本徹元大阪「ト」知事・当時大阪市長とのやり取り。関連はないのですが、大石あきこさんのお顔も思い浮かべました。

   『●対橋下元〝ト〟知事、どうすべきか?

 〝教育改革〟〝教育再生〟という名の下での教育破壊。たかがハタやウタで、教員の内心をかき乱す…。「10・23通達」と故・石原慎太郎元東京「ト」知事。抗う根津公子さんら。

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https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1512543.html

<金口木舌>なぜ教育に「愛国」か
2022年5月6日 05:00
金口木舌 教育 愛国

 ランドセル姿の小学生が校門であいさつをしている。「おはようございます」。ここで質問がある。発声とおじぎはどちらを先にするのが正しいか

▼28日から県内で公開される映画「教育と愛国」(斉加尚代監督)の一場面にある。順序なんて考えたこともない。そう思う大人も少なからずいるだろう。小学校道徳の教科書によると、正しいのは発声が先とか

▼なぜ今時あいさつのやり方か。映画が問題提起するのには訳がある。道徳は2018年以降、評価科目の正式な教科化が進んだ。しかし前身ともいえる修身は戦後の一時、授業停止となった経緯がある

▼修身は明治時代の1880年の改正教育令で筆頭学科とされ、教育勅語と相まって人の「行動規範」として全体主義を後押しした。反省の史実ともいえる。それが装いも変えたとはいえ復活とは解せない

▼あいさつですら世界の多様さを知る時代だ。握手もあれば、ハグも合掌もある。国の再びの「規範」提示は既視感のある教訓を想起させる。復古調の動きには嫌な予感しかしない。
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https://dot.asahi.com/aera/2022050500013.html

「教育は普遍的価値で独立を担保すべき」 テレビディレクターが映画「教育と愛国」に込めた思い
2022/05/12 11:00
渡辺豪

     (映画「教育と愛国」のワンシーン(c)
      2022映画「教育と愛国」製作委員会)

 5月13日から全国で順次公開されるドキュメンタリー映画「教育と愛国」。政治の圧力によって忖度を強いられる教育現場のリアルは、さながら「政治ホラー」の様相も帯びる。監督を務めた大阪の毎日放送(MBS)ディレクターの斉加尚代さんに作品に込めたメッセージを聞いた。

     (【写真】斉加尚代さん)

*  *  *

 映画「教育と愛国」は2017年にMBSで放送された「映像’17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか」がベース。2006年の教育基本法改定で教育目標に「愛国心」が盛り込まれたのを機に、息苦しさを増す教育現場に焦点を当てたこの番組はギャラクシー賞テレビ部門大賞などを受賞し、大きな反響を呼んだ。

 今回、17年放送の番組を再構成し、追加取材を重ねた映画版の制作を決意したのは、政治の流れに対する切迫感が募ったからだという。

 20年に政権による日本学術会議会員の任命拒否問題が浮上した際、「人生最大のギアが入った」(斉加さん)。政治の圧力によってゆがめられていく対象が、学校現場だけでなく、メディア関係者や研究者にも波及していく過程を、斉加さんはこれまで取り組んだテレビドキュメンタリーで浮き彫りにしてきた。その意味で、「教育と愛国」は斉加さんが15年以降取り組んできたドキュメンタリー作品の集大成ともいえる。


■教育の独立が脅かされている

 映画化を決意した理由には、もう一つ、コロナ禍でますます疲弊する教育現場を目の当たりにしたこともある。

大阪の学校現場はコロナ禍で一層閉塞感が満ちていて、先生も子どもたちもどんどん元気を失っていくように見えました」(斉加さん)

 コロナ禍の「政治主導」は学校現場に深刻な影響を与えた。官邸が文部科学省の代案を突っぱねて全国の小中高校の一斉休校に踏み切り、大阪では松井一郎・大阪市長が唐突に打ち出した小中学校のオンライン授業が教育現場の混乱を招いた。

「本来、子どもたちに向き合っている教師や校長が授業の編成権を持っているはずなのに……。ますます教育の独立が脅かされていると感じました」(同)

     (斉加尚代さん(c)2022映画「教育と愛国」製作委員会)

 教育問題は、斉加さんがディレクターになる前の記者時代からのライフワークだ。教室になじめない子どもたちが過ごす保健室での養護教諭と児童や生徒の交わりを、定時ニュースの枠内でシリーズ化。以来、20年以上、現場の教師や教育委員を訪ね歩いてきた。そんな斉加さんが最初に「異変」を感じ取った現場は職員室だった。

「職員室は、先生たちが子どもを真ん中に置いて意見を言い合う場でした。ところが2012年に大阪府の教育基本条例が成立した後、教育委員会から降りてくる業務連絡を校長が先生に伝達する場に変わってしまい、職員室の雰囲気がガラッと変わりましたじわじわと自由にものが言えなくなる空気が広がっていきました」(同)

 政治家が教師や教育現場を批判し、「改革」を唱えると、それを鵜呑みにして同調する一部の保護者が教師を一方的に罵倒するようになった政治家の言葉によって、保護者と教師との信頼関係がずたずたに壊されていく。転機は2011年12月の大阪府・市ダブル選挙で橋下徹氏が大阪市長に鞍替えし、松井一郎氏が知事に就任して、具体化してゆく「教育改革」だったという。政治が教育現場に手を突っ込むのが当たり前になっていったと感じた。


■教育に政治が急接近

 その象徴的シーンとも言えるのが、映画にも出てくる12年2月に大阪で行われた「教育再生民間タウンミーティングin大阪」だ。首相に返り咲く前の安倍晋三氏が登壇し、「政治の力で教育を変えていく。育鵬社の教科書を推進するために教育委員の首をかえていく」と発言。斉加さんはこのシーンを、オンエアされていなかったニュース映像の素材から「発掘」した。

「中身をきちんと確認せず、特定の教科書を批判したり、学校の先生を攻撃したり、ときには取材した記者も叩いたり。そういう社会の流れはそら恐ろしいと思いました。言葉が壊れると社会も壊れる、と言われます。私は大阪でそれをいち早く察知できましたが、教育に政治が急接近する事態は全国で起きています」(斉加さん)

 その主戦場は教科書検定制度だ。斉加さんは教科書調査官だった人や、教科書編集者にもインタビューを申し込んだが、拒まれ続けた。取材を受けることが「中立性が疑われる」と釈明する人や、「取材を受けて目立つと、政権に目をつけられるので困る」といった理由を挙げる人もいた。

「教科書に携わる編集者たちが、できるだけ波風を立てないよう、息を殺すように仕事をしている内実を痛切に感じました」(同)


■「負のマグマ」に留意

 教科書編集者は「忖度」という言葉を繰り返し使うが、「圧力」そのものをカメラに収めることはできない。だが、映画では関係者のインタビューや事実を積み上げ、教科書検定制度が圧力と忖度の舞台であることを見事に浮き彫りにしている。

 くしくも、映画の公開決定をリリースした2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まった。「愛国」はロシアにもウクライナにも共通するキーワードだ。斉加さんは言う。

「自分の国を愛することは自然で、故郷が好きという気持ちは否定されるものではありません。しかし、いったん権力者によって『愛国』が語られ始めると、排外主義に結びつき、国と国の敵対関係を生み出しかねない『負のマグマ』があることに留意する必要があります」

 斉加さんは映画を通じて、左右の対立や、特定の政党を批判したいのではなく、教育の普遍的価値を問うている

「特定の政治勢力の拡大のために教育が利用されるのは非常に危ないことです。教育はイデオロギーによって左右されるものではなく、普遍的価値に基づいて独立が担保されなければならないこの普遍的価値を手放した先に何が待っているのか、映画を通じて考えていただきたいというのが私の最も伝えたいことです」


斉加尚代さん
さいか・ひさよ/毎日放送報道情報局ディレクター。1987 年毎日放送入社。報道記者などを経て 2015 年からドキュメンタリー担当ディレクター。企画、担当した『映像’15 なぜペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち』(2015 年 9 月) で第 59 回日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞、『映像’17 沖縄 さまよう木霊~基地反対運動の素 顔』(2017 年 1 月)で平成 29 年民間放送連盟賞テレビ報道部門優秀賞など。『映像’17 教育と愛国~教科書でいま何が起きて いるのか』(2017 年 7 月)で第 55 回ギャラクシー賞テレビ部門大賞など。『映像’18 バッシング~その発信源の背後に何が』で第 39 回「地方の時代」映像祭優 秀賞など。著書に『教育と愛国~誰が教室を窒息さ せるのか』(岩波書店)、近著に『何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から』(集英社新書)

(構成 AERA編集部・渡辺豪)
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https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/305103

岸田政権の肝いり「教育未来創造会議」提言に“令和の学徒出陣”の声…理工系や農学系だけなぜ
公開日:2022/05/13 06:00 更新日:2022/05/13 06:00

     (教育未来創造会議の会合であいさつする
      岸田首相(C)共同通信社)

 <何だか時計の針が逆戻りしているような><これは戦時体制に移行する予兆なのか>──。政府の「教育未来創造会議」(議長・岸田文雄首相)が10日、まとめた提言に対し、ネット上でこんな不満の声が出ている。

 提言では、現在、世帯年収約380万円以下(目安)の学生を対象に実施されている授業料の減免、給付型奨学金支給といった制度を拡充し、約380万円を超える中間所得層についても、子が3人以上の世帯と理工系や農学系の学生に対して支援する、などと明記された。

「人への投資を通じた成長と分配の好循環を、教育や人材育成においても実現することは新しい資本主義の実現に向けて喫緊の課題だ」

 岸田首相はこう声を張り上げていたが、提言の公表直後からネットで多く見られたのは、<なぜ理工系、農学系の学生だけを支援するのか><文系は知らんということか><文系を軽視すると国が衰退するぞ>といった意見だ。

 第2次大戦終盤、日本で兵力増強のために行われた学徒出陣」では、主に文系の学生が徴兵されて戦地に派兵された。このため、今回の提言についても<理工系を重視するのは武器開発のためか><敵基地攻撃能力を保有するための第一歩ではないか>といった声も。

 内閣官房教育未来創造会議担当室に問うと、担当者はこう答えた。

「今は提言で基本方針が示されただけであり、具体的な制度設計は文科省が進めていく予定です。(理工系支援の理由は)サイエンスやテクノロジーを重視する世界的な潮流を踏まえたこと、私大などでは理工系学部の学費が(文系と比べて)高額であり、支援の必要性があるということがあります。とはいえ、文系に対して何も支援しないということではなく、バランスを取りながら支援体制を拡充するということです。(戦時体制のため?)そんなことは全くありません」

 「令和の学徒出陣」につながらないことを願うばかりだ。
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コメント
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●【<金口木舌>差別を乗り越える】…《アイヌ民族…差別を乗り越え固有の歴史、文化を守るすべを模索する状況は沖縄にも通じている》(1/2)

2021年06月24日 00時00分50秒 | Weblog

サケ漁をするアイヌ民族の畠山敏さん… (東京新聞2019年9月2日)↑】


(20210503[])
(その2/2へ)
集英社新書プラスのロング対談【対談 戦後75年 沖縄戦を生き抜いた人たちの思いをどう伝えるか?/香山リカ×三上智恵対談 前編】(https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/interview/kayama_mikami/10110)と、
【対談 沖縄戦をはじめ歴史検証で、証言者を失うことの意味/香山リカ×三上智恵対談 後編】(https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/interview/kayama_mikami/10122)。

 《護郷隊の生き残りたちの証言を丹念に拾ったドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」を撮った三上智恵監督は、映画に収まりきらなかった膨大な証言と、取材を継続する中で浮かび上がった事実を『証言 沖縄スパイ戦史』にまとめた》。
 《三上智恵監督は、映画に収まりきらなかった膨大な証言集を『証言 沖縄スパイ戦史』にまとめた。750ページの大著は今年2月の発売直後から注目を集め、重版を重ね、このほど4刷が出来(しゅったい)した。その三上氏と、平和運動や反差別運動にも携わる精神科医・香山リカ氏が、沖縄、戦争と平和、差別、ジェンダー、コロナ禍について、縦横無尽に語りあった対談の後編》。

   『●《「慰霊の日」を迎えた。…鉄血勤皇隊やひめゆり学徒隊の悲劇が
     伝わる一方、護郷隊の過酷な運命は長年ほとんど知られていなかった》
   『●《戦争体験の継承はどうして必要》? 大矢英代さん《二度と同じ手段で
     国家に殺されないように、生活を奪われないように、知恵をつけること》

 琉球新報のコラム【<金口木舌>差別を乗り越える】(https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1288773.html)によると、《▼成績優秀だった清水さんは教師になった。近年は市民団体「コタンの会」共同代表としてアイヌ民族の権利回復運動に取り組む。ただ幼少時からの被差別体験のせいで、自身の出自を公表するまで長い年月を要した ▼日本テレビの情報番組「スッキリ」でアイヌ民族に焦点を当てたドキュメンタリー番組を紹介…視聴者から批判があり、同社は「アイヌの方たちを傷つける不適切な表現があった」と謝罪した ▼アイヌ民族は政府の同化政策で固有の歴史や文化、言語などを否定されてきた。差別を恐れ、出自を隠して生きるアイヌ民族は今も多い。しかし国内での理解はまだ深まっていないようだ ▼番組で紹介された動画はアイヌ民族の萱野りえさんが米国の先住民族と交流する物語だ。言語や文化を取り戻す活動をする先住民女性は「私のすることは全て先人の夢である」と語る ▼出自と向き合うことに迷いを抱える萱野さんにこの言葉が勇気を与えた。差別を乗り越え固有の歴史、文化を守るすべを模索する状況は沖縄にも通じている》。
 東京新聞の記事【アイヌ不適切表現で日テレ謝罪 社長「責任重く受け止める」】(https://www.tokyo-np.co.jp/article/93046?rct=culture)によると、《日本テレビの情報番組がアイヌ民族に不適切な表現を使った問題で、小杉善信社長は22日の定例会見で「公共性と多様性、基本的人権を尊重することが求められているマスメディアにおいて、こうしたことがあったことの責任を大変重く受け止めている」と謝罪した。小杉社長は「アイヌ民族の皆さまが差別を受けてきたことへの理解が制作担当者に足りておらず、放送した言葉が直接的な差別表現であることの認識が欠如していた」と説明。今後さらに検証し、再発防止策をまとめる予定だとした。12日放送の情報番組「スッキリ」で、出演者が披露した謎かけの中にアイヌ民族を差別する言い回しがあった》。

   『●麻生太郎氏…《誰も誤解など生じていない。間違っているのに
      誤解と言い張っているだけで謝罪にも訂正にもなっていない》
    「【政界地獄耳/79歳麻生太郎の「責任と自覚」とは】…《麻生は
     総務相時代の05年にも「一文化、一文明、一民族、一言語の国は
     日本のほかにはない」と発言している。政府は昨年5月に
     アイヌ民族先住民族と明記したアイヌ施策推進法を施行している。
     …誰も誤解など生じていない。間違っているのに誤解と言い張っている
     だけで謝罪にも訂正にもなっていない。それでいて12日には成人式の
     来賓あいさつで「皆さんがた、もし今後、万引でパクられたら名前が
     出る。少年院じゃ済まねえぞ。…」》」


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https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/interview/kayama_mikami/10110

対談
戦後75年 沖縄戦を生き抜いた人たちの思いをどう伝えるか?
香山リカ×三上智恵対談 前編
2020.8.14

太平洋戦争末期、日本軍第32軍牛島満司令官が自決し1945年6月23日に終わった表の戦争の裏で、沖縄北部では、少年兵部隊〝護郷隊〟が山にこもってゲリラ戦を継続していた。彼らを率いたのは陸軍中野学校出身の青年将校たちだ。少年たちは故郷の山で、敵の武器を拾って戦い、死んでいった。
そんな護郷隊の生き残りたちの証言を丹念に拾ったドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」を撮った三上智恵監督は、映画に収まりきらなかった膨大な証言と、取材を継続する中で浮かび上がった事実を『証言 沖縄スパイ戦史』にまとめた。
750ページの大著は今年2月の発売直後から注目を集め、増刷を重ねている。
その三上氏と、平和運動や反差別運動にも携わる精神科医・香山リカ氏が、沖縄、戦争と平和、差別、ジェンダー、新型コロナ禍について、縦横無尽に語りあった。
構成・文=稲垣收 撮影=三好妙心


コロナ禍の下で続く沖縄差別や分断は
戦争中から行われていた


三上 香山先生の沖縄地元紙の連載はいつも読んでいます。よく沖縄に来られますよね?

香山 よく、というほどではないんですが……沖縄とは、いろいろご縁があって……最初に沖縄に行くことになったきっかけは、後で詳しく話しますが、実はこの8月22日に、沖縄出身の総合診療医の徳田安春さんとの対談本『医療現場からみた新型コロナウイルス』(新日本出版社)が出るんです。
 徳田先生はNHKの「総合診療医 ドクターG」とかにも出て、若手の教育を一生懸命やっている人で。沖縄出身ですが、ずっと本州、東京でも活躍していたんですけど、2017年に沖縄に戻って。
 その徳田先生が去年ぐらいから平和の問題に関しての発言を始めていて、今年3月には『医師が沈黙を破るとき』(カイ書林)という本も出されてます。
 私は徳田先生が書かれた医学の教科書をずっと読んで医者として勉強させていただいて尊敬していたんですね。その先生が急に平和問題のこともすごく発言されるようになって、去年たまたま先生の講演会が東京であったので、私も行って初めてお会いしたんです。
 今年コロナ禍が始まってから徳田先生はすごく一生懸命、PCR検査を保健所を介さなくても医者の判断でできるようにさせてください、という署名活動を始めたりして。

三上 医師の判断で検査できないのは、おかしいですよね。

香山 すごくおかしいです。それで、8万ぐらい署名が集まって、厚労省もちょっと動いたりした。そのことでも私、「ああ、徳田先生すごいことやっている」と思って、すぐに連絡して、YouTubeで対談を何回かして、それを対談集にまとめてもらうことになったんです。
 だから徳田先生のいる沖縄は、PCR検査をけっこう早い時期から、保健所を通さなくても、医師会がやるということになっていたので、しばらくずっと感染者数が抑えられていたじゃないですか。

三上 はい、5月、6月は新規感染者はゼロでした。

香山 68日間も感染者ゼロだったのです。でもここに来て、人口10万人当たりの感染者数が日本一という状況になっています。一つは米軍基地のクラスター、もう一つは観光の再開によって増えたのは明らかです。でも、そこには沖縄戦の時代からずっと通底しているものがあると思うんです。沖縄に対する構造的な差別の仕組み、いつも沖縄が犠牲になるという。
 で、一旦こういう事態になると、菅官房長官は「前から療養施設を確保すべきであると言っていたのに」と苦言を呈したり、本土の人たちも「沖縄は観光で食べていくしかないし、米軍がいなくなったら経済的にも困るんだから仕方ないでしょ」みたいな言い方する人もいる。いつか見た風景です。いつも同じことの繰り返しだと思うんです。

三上 そうですよね。米軍人やその家族がなぜか検疫も受けずに日本に入れるのか、その特別扱いに日本政府は何も言えない。米軍基地の中のどれだけの人が感染しているかということも、当初は、「軍の秘密だから明らかにできない」って言いましたよね。「いくら何でもそれはないでしょう」って玉城デニー知事が一生懸命訴えて、ようやく、感染者数は出してくれるようにはなったんです。本当の数字かどうか確かめようがないですが。
 でも、やっぱり「米軍基地の中にどれだけ感染者がいて起動力が弱っているかということを中国に知られたらよくない」という理由で、「軍の中のことは機密である」というふうに、常に軍隊のいる地域というのは、軍の都合を優先し人権が制限されていく。とんでもないことだと思います。北谷ちゃたんの、私たちが普通に行く、観光客も来るホテルが、実は米海兵隊に借り上げられていて……。

香山 軽症者の療養施設になっていたというね。

三上 そうそうそう。もしかしたら感染しているかもしれないという移入者を2週間隔離するのは基地の中の施設を使うのが当たり前だと私たちは思っていたのに、それが基地の外の普通のホテルだったり。

香山 ゲートも、その後も普通に開いたままで、中で日本の従業員の方も働いていて。そういうことに対して「おかしい」と言ったりすると、沖縄の中からも「いや、私たちにも米軍は大切な存在です」と体制寄りの人が発言したりする。あるいは「観光も必要ですから来てください」と言う旅行関係の方もいる。
 こういう、ある種の分断の構造、沖縄の中でもそういう意見の違いが出てきて、今度は内部でその人たちが対立しなきゃいけないという構造に、またなってしまいますよね。基地をめぐる構造と同じです。


民心掌握、相互監視……
陸軍中野学校で徹底的に学んで沖縄入りした将校たち


香山 この『証言 沖縄スパイ戦史』を読むと、沖縄の中でこんなふうに「スパイだ」と名指しされて処刑される人が出てきたり、まだ十代の少年たちが見よう見まねでゲリラ戦をさせられたりしますね。規律を守らせるために上官が暴力を振るうんじゃなくて、子供同士でビンタをさせられたり、リンチみたいなことが起きたり。もう本当に、地元の人たち同士が対立したりするような構造に持っていくという。今現在、沖縄で起こっている分断の構図も、沖縄戦の頃からそうなんだな、というのが一番印象的でした。

     (第一護郷隊隊長 村上治夫)

三上 この本の巻末に「教令一覧」として、沖縄戦までに日本軍が作成したゲリラ戦のマニュアルを列挙しましたが、最後の『国内遊撃戦の参考』というのが、護郷隊という少年兵部隊を率いた中野学校出身の青年将校、村上治夫隊長・岩波壽隊長たちが中野学校で教わった時の教科書です。それには、ちゃんと書いてあるんです。
 住民の協力なくして秘密戦はできない。普通の住民たちが絶対に協力して軍の側についてくれて、一心同体になって裏切らず秘密も保持して、でもお互いに監視させて、最後は武器を持って戦わせるというところまで、住民を全部使っていかないことには勝てないんだ、と。こういう教科書を頭に入れて彼らは沖縄に来ているわけですね。
 だから護郷隊を組織したのも、たまたま兵隊適齢期の17歳以上がもういないから15~16歳の少年たちを使ったということはあるんですが、少年たちを使うことで、彼らのお父さんお母さんは護郷隊には何があっても協力しないといけなくなるわけです。食料提供もそうですけど、米軍が「食べ物ありますよ。殺しませんよ。下りてきてください」と投降を呼びかけても、自分の息子が山の中で今戦っているのに、これを裏切って米軍に投降できないですよね。
 だから、日本軍はどうやら形勢不利だし、米軍につかないともう殺されちゃうかもしれないと思って、ばらばらと山を下りる住民たちもいるけど、自分の息子が護郷隊にいたら、最後まで「日本軍を裏切るのか? アメリカにつくなんてあり得ない」という立場になります。そうやって民心を掌握するすべというのを何重にも勉強した上で、中野学校の人たちは沖縄に入ってきていたんです。
 自衛隊は専守防衛ですから、敵が侵略してきて自国が戦場になるシミュレーションをしています。地域の住民を使ってゲリラ戦をやるという想定は現在の私たちとも無縁じゃない。でも先の大戦で「実は国内でゲリラ戦があったんだ」ということ自体が知られていないから想像することすらできない、もうそれ以前の問題なんですよね。だから、まずその事実を知ってもらいたいなと思ってドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」を撮り、映画に収まりきらない証言や追加取材の話も入れて、『証言 沖縄スパイ戦史』を書いたわけです。


岐阜や北海道でも少年兵によるゲリラ戦を準備していた

     (第二護郷隊隊長 岩波壽)

香山 この本を読むと、沖縄以外の地域でも、少年兵を使ったゲリラ戦の計画があったことがよく分かりますね。岐阜県の方の証言が出てきます。でも、本当にここまでの規模で実行されたのは沖縄だけ。そこでも沖縄というのがある種、捨て石みたいにされたんだな、というのもよく分かりました。
 たとえば学徒出陣とかで若い人が兵隊に行ったという話は私たちも聞いていましたが、それは、自分が生活したり学校に行ったりしている地域を離れて、どこか遠く、たとえば南方に出征するというイメージだった。でも沖縄戦の場合は地元じゃないですか。自分が暮らしていたところのすぐそばで、こういうゲリラ戦をやらなきゃいけなくて。家にご飯食べに走って帰る、みたいな話も出てきたりして。
 そんな生活と一体化したところで、それまでの生活と全く断絶されて兵士になっていくというのも、最初はイメージできなかったんです。兵隊になるって、もう全然違う場所で違う生活をすることなんだ、というふうに思っていたので。でも、そうやって生活の延長としての戦争、というものがあったわけですね。
 しかも、それがある種の作戦だったわけですね。「自分らの子供たちが地元で戦っているんだから協力しよう」みたいにさせる、という。

三上 ええ。この本に出てくる岐阜県の野原正孝さんに、一昨日、もう一度会いに行ったんですよ。陸軍中野学校の宇治分校の卒業生で、今年98歳なんですが。野原さんも、それまで中野学校の宇治分校のことは、「死ぬまでしゃべらない」ということで卒業しているから、長年誰にも話さなかったし、世間の人も誰も知らなかったんです。でも去年、地元の岐阜新聞の記者・大賀由貴子さんに話したのをきっかけに、そういう話をするようになって。大賀さんが映画「沖縄スパイ戦史」を見て、私に連絡をくれて、野原さんを紹介してくれたんです。

     (「国土決戦教令」)

 取材してから、野原さんはハガキを下さって、「三上さんと出会って、わしの人生面白くなってきた」みたいなことを書いてくれていたんです。でも、この本を出来上がってお送りしたら、またハガキが来て、「こうやってちゃんといろんな知識のある人によって歴史的に位置づけられたものを見る時に、一抹の寂しさを感じます」と書いてあって。

香山 どうしてですか。

三上 結局、すごい武勇伝でもあるし、理解されないところを理解してもらったのはうれしかったけど、自分は岐阜でこの山と川を使って戦うんだということをやっていて、少年兵を使ってその練習もしていて、それをやらないで済んでよかった、誰も傷つけないでよかった、と。でも、この話がどんなふうに位置づけられるのかなと思った時に、たぶんこれを全体で読んだら「国内で地域の少年を使って戦おうと思っていた」ということって、善か悪かでいえば悪い印象しかないですよね。中野学校がやったことというのは、そういうことだったんだ、と。そういうふうに位置づけられていくことが寂しいというか。
 戦争末期に日本の軍隊は何を守ったのか。それは兵隊個々の思いはさておき、「国体」というものになっていって、軍隊が住民を守ることもできなくなって、最後は「住民は兵器だった、消耗品だった」とまで、野原さんははっきり言っている。「武器・弾薬はもうなくて、消耗していいのは十代の若者の命だけだった」と。今の常識では、あり得ない言葉ですよね。そういう流れで見ていくと、やっぱり野原さんは、証言して良かったのかどうか、信じて命がけでやったことを肯定されないとしたら辛くなってきますよね。だから、一抹の寂しさがある、と。

香山 なるほど。私的な記憶だったのがこうして歴史の中に位置づけされると、また違って見えてくるかもしれませんね。

三上 その時の忠誠心や、日本のためと思ってやった、ということに嘘はない。それだけは言える、というようなことがそのハガキに書かれていたから、私は野原さんを傷つけてしまったんだろうなと、すごく気になっていて……。それでまた会いに行ったんですよ。そしたら、お土産も買っていてくれて、手縫いのマスクをたくさん作って待っていてくださって。それで、すごく楽しい時間を過ごしてはきたんですけど。

香山 そうですか。でも生きているあいだに話せて、ご自分なりに整理がつけられたのはよかったのではないでしょうか。

三上 でも、一昨日お会いしたのは野原さんだけじゃなくて、98歳の野原さんと同い年で、陸軍中野学校のもうあと数人しかいない生き残りの方でした。彼は北海道出身で、護郷隊を率いた村上・岩波両隊長と同じ三乙というクラスで中野学校を出て、北海道に戻って遊撃戦の準備をしていたんですね。つまり北海道でも、敵が侵攻してくれば北海道の人と遊撃戦を戦う、という計画があったんです。岐阜では、岐阜出身の野原さんがやれ、ということで、地域のつながり、地縁、血縁、それに、知識というものを総動員して戦え、と。
 戦後もソ連が北海道に攻めてきたら、北海道を使ってどうやって遊撃戦をやるかという検討を続けているんです。その時の参考に陸軍中野学校が沖縄で護郷隊を使ってどういう戦いをやったかということが、そのまま参考にされているんですよ。今もずっと続いているんです。

香山 まったく知りませんでした。終戦で切断されたわけではなかったのですね。北海道が故郷の私にとっては衝撃的です。


慰霊碑の前で泣きじゃくった晩年の村上隊長

香山 私は精神科医だから、登場人物の気持ちもすごく気になったんですけども、これに出てくる護郷隊を率いた陸軍中野学校から派遣された岩波と村上という人、その人たちがどういう人なのかというのが、読んでいてすごく分かるような、分からないような感じがしました。護郷隊にいた人たちは皆、決して彼ら隊長たちのことを悪く言わないわけじゃないですか。それが単純にエリートで頭がいいというだけじゃなくて「とても思いやってくれた」みたいなことを言う人もいたり。あるいは「戦後もずっと沖縄に通って慰霊をしてくれた」とか。そうやって子供たちの心をつかむというのも、実は中野学校での教育の成果というのもあるんですかね。

三上 それもあると思います。人心掌握のために、地域の人たちの心をどうやってつかむかということも村上さんは自著の中で言及もしています。部下の出身地と親の職業を覚える、と。また訓練中ですが、勉強を教えたりもしています。ただでさえ軍国教育で忠誠心を叩き込まれている少年たちが、そういうふうに接してもらったら、「この人と生死を共にしよう」と思いますよね。
 でも、本当に真心というか、「誠」という言葉を中野学校出身の人たちはとても大切にしているんですけど、誠の気持ちで子供たちに接していたとも思います。彼ら自身の心の中でも、嘘とかごまかしとか、「こうやっとけば、あいつらついてくるぜ」というような気持ちはなく本当に誠からやっていたかもしれない。でも結果的に少年たちの気持ちをしっかりつかんで遊撃戦をやれたのですから、元上官からすれば素晴らしい作戦遂行能力だったと評価されるでしょうね。

香山 自分が暴力を振るうんじゃなくて、子供同士で殴り合わせて暴力的な管理をしたと、いうのもそうですよね。じゃあ、戦後慰霊のために毎年通っていたのは、本当に本人たちの個人的な思いなんですかね。

三上 それはそうだと思います。村上さんのほうが数は多く、1年も休まずに来ていて、岩波さんは2年に1回くらいのペースで。でも、晩年はあんまり岩波さんはいらっしゃらなかったんです。岩波さんは自著に「全ては悲しい出来事で振り返りたくない」と書いています。
 でも村上さんは、もう通って通って、通うことで、自分の中にある、やまない声というものを静めたかったのかな、と私は思ったりします。晩年は車椅子で最後の何年間かはいらっしゃっていたけど、一番最後に、顔をくしゃくしゃに崩して泣きじゃくったのを見て、みんなが呆然としたということがあったんですけど……。やっぱり、どうやっても自分の中で収めることのできない思いというのがあったんだろうなと。

香山 逆に言うと、戦争中は、ある種の洗脳に近い教育が彼らに対してもあったということですかね。

三上 これは私も逆に香山さんにお聞きしたいんです。村上さんは、本当に「ラストサムライ」みたいな感じで、正義感も強くて、部下に対する思いも熱く、男としての生き方も非の打ちどころがない。私がもし当時出会っていたら惚れていたんじゃないかというぐらい、性格もスパッとした仁義の人だったと思うんです。
 戦時中も部下の少年たちに、そういうふうにして接してきて、戦後も、罪を償うために彼は十分やったよねと、部下たちは認めていたと思うし。ただ、遺族感情はそれとは別です。
 久高良夫さんという戦死した少年兵のお母さんが唯一、村上さんに食って掛かった人でした。「何でおまえが生きているんだ」とつかみかかったという話を、映画の中で弟さんがしています。そういうふうに、もちろん少年兵の遺族には恨まれもしたけど、ほとんどの人からは、あれだけ誠意を尽くした人はいない、と思われるところまでは頑張った。
 それでも、あれだけの少年たちの命を犠牲にして自分は生き延びてしまった、ということを、自分の中で自分を許すことができなかったのかな、と思うんです。わんわん泣くというのは、どういう気持ちだったんだろうな、と。

香山 この本の中にも、瑞慶山良光(ずけやま よしみつ)さんという、戦後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しんだという元少年兵の方が出てきますが、沖縄戦のPTSDの問題って、一部の精神科医によってしか研究もされていなくて……。

三上 そうですね。私も、心療内科医の蟻塚亮二先生が沖縄で本格的に取り組み始めた時に一緒に取材させてもらいましたが、戦争のPTSDに関しては、広島、長崎のほうが全然進んでいて、沖縄戦に関しては、全く手をつけ始めた頃だったですね。

香山 私も蟻塚先生とある研究会で御一緒させていただいているんですけど、蟻塚先生が、老人ホームとかでいろいろ聞き取りをしていてハッと気づかされたというのが、認知症になって最近のことは覚えていないけど、むしろ昔のことがよみがえってきてしまって、今起きたかのように感じることがある、と。たとえば死体を踏んで歩いたという感触がよみがえってきて、すごい恐怖に襲われる方もいる、という話を聞いて、そうかと思って。
 それまでは理性で抑え込んだり、仕事で忙しかったりして覆い隠していたものが、認知症になると、根源にあった不安とか恐ろしい体験、恐怖心というのがむしろよみがえっちゃうことがあるんだ、と。さっきの村上さんが号泣したというのも、そういうことかもしれないですね。

三上 まさにそうだと思うんですよ。それまで自分の生き方とか常識とか蓄積した信頼関係とかが抑えになっていて「もう罪も許されたかもしれない」という後から上書きしていったものが、消えてしまって。

香山 そうそう。蟻塚先生は、年を取ればもうつらいことも忘れられるのかと思ったら、逆だと言うんですね。これはすごく残酷なことだな、と思いました。

三上 そうなんですよね。だから、この映画のキャッチコピーに、「もう、忘れていいよ。わたしがここで、覚えてるから」とつけたんです。
 私が辺野古や高江の基地反対の現場にずっと行っていると、沖縄戦を体験したおじい、おばあが一番頑張っているんです。時間があるというだけじゃなくて、戦争体験があって、自分だけが生き延びてしまったことを肯定できない、という思いを抱えているお年寄りがすごく多くて。「自分は生き延びたのに、基地が残ってしまってまた戦争が起こるかもしれないことに対して、何にもしないわけにはいかない」って基地反対のデモに出ているわけです。

香山 そうですね。まさにご自分の心的外傷と戦っている姿にも見えます。

三上 これだけ時間が経っても戦争で受けた心の傷を癒すどころか「基地を残したまま死ぬことはできない」という思いがつのっていく。だんだん思考がまだらになって行くのなら悲しすぎる記憶は忘れていってほしいのに、逆にそこがどんどん鮮明になっていってしまう、というのが本当につらいので……。「その苦い記憶は私たちが引き継ぎますから」っていうことは、口はばったくて、私も何年も言えませんでした。でも、少しでも引き受けて「私たちが覚えているから、もう忘れて」と。「このまま、こんな重いものを持ってあの世へ行けない」と言わないで、もう忘れていいよ、私たちが覚えているから、という気持ちで、大矢英代(おおや はなよ)(映画「沖縄スパイ戦史」の共同監督)とこの言葉を作ったんです。

香山 なるほどね……今もまだ解決していない、沖縄戦を生き抜いた人たちのそういう思いがあるにもかかわらず、沖縄っていまだに差別を受け続けているわけですよね。


沖縄やアイヌ民族に対する新たな差別が始まっている

香山 私が沖縄にちょっと関わるようになったのが、2016年に琉球新報の新垣毅(あらかき つよし)さんが東京支社に赴任して来た際、家を借りようと思ったら断られたという事件もきっかけの一つでした。「琉球新報には貸さない」と大家が言った、と。
 その頃私は、在日の朝鮮・韓国の人たちへの差別の反対活動に関わっていて。あと私は北海道出身なのでアイヌ差別にも反対していました。とくに人種差別、民族差別はナチスをはじめとして大虐殺にもつながります。絶対にあってはならないことと思うのです
 アイヌの方は彼らが置かれてきた状況から所得も低かったり大学進学率も低かったり、結婚する際もいまだに差別されたりということがあるんですが、それに加えて新しい差別も起きています。2019年5月にアイヌを日本の先住民族と認めるアイヌ新法が施行され、今年は「ウポポイ(民族共生象徴空間)」という施設も北海道にオープンしました。でも逆に「それでいい思いをしているだろう」ということを言う人たちがいて。アイヌ新法施行に当たって政府がパブリックコメントを募集したら、寄せられた6305件の大半がアイヌ民族の存在を否定するなどの差別的な表現で占められており、約98%が公表の対象外となっていたことを北海道新聞が報じていました。

三上 そんな高い割合でですか。

香山 「アイヌ民族など存在しない」とか「アイヌ民族は先住民族ではない」「アイヌ民族への差別はなかった」といったまったく根拠のない差別的コメントが大半だったのだそうです。
 私はそういう差別反対運動にずっと関わっていたんですが、新垣さんの記事を読んで「えっ、沖縄に対してもそういう差別があるのか」と気づきました。その頃ちょうど作家の百田尚樹さんが自民党の勉強会で「沖縄タイムスと琉球新報は潰れたほうがいい」みたいな発言をしていた影響もあるんでしょう。不動産会社の話では、大家さんが右派的な人なので、と言われたと。

三上 私もその時のこと、強烈だから覚えています。でもあの件は民族や人種差別というニュアンスではなく「左翼がかった新聞社には協力したくない」という感じだったのでは。

香山 そうそう。でも新垣さんがいろいろ調べたら、昔も「琉球民族には貸せない」というような差別を受けた人がたくさんいた、と。

――1950年生まれの翁長雄志元沖縄県知事も、法政大学に通っていた頃、「琉球人には部屋は貸せません」という差別を受けた、と語っていますね。そうした差別は東京や大阪でも多かったようです。

香山 そういう昔からの差別に加えて、また新しい差別が起こっている。アイヌと同じですね。「琉球民族」とか、「彼らに自己決定権を」とか言う人は「左翼だ」「反日だ」と言われて
 2013年に翁長さんら沖縄の全自治体の首長さんたちが銀座でオスプレイ反対デモをしたら、「反日!」という罵声をすごく浴びて衝撃を受けたと、生前、繰り返しおっしゃっていましたよね
 ただでさえ沖縄は日本で唯一地上戦を経験し、戦後は長年アメリカに支配され、復帰後も差別されてきた歴史を引きずって、いろんな不利益を被っているのに、また今、新しく声を上げるだけで「反日だ」とか「売国奴だ」と言われる。差別の位相が変わったと思います。あまりにもひどい話です。


誰が当事者なのか?

香山 2016年にその新垣さんの事件があって、在日コリアンへの差別に反対していた私の仲間も「これ、沖縄も同じなんじゃないか」ということに気づいて。ちょうどその後に、高江ヘリパッド建設反対のデモを鎮圧しに、7月に機動隊が千人来るというできごとがあったんです。それで私の友人の添田充啓そえだ あつひろ君も高江に行ったんです。そして彼らが「高江ではひどいことが起きている。東京で差別反対をやっている人は皆来るべきだ」と言うんで、私も行くようになったんですけど。
 そうしたらそこで添田君たち東京からデモに行った人も、沖縄平和運動センター議長の山城博治(やましろ ひろじ)さんと一緒に逮捕されて、山城さんは5ヵ月勾留されたけど、添田君は199日勾留されて……。彼は裁判では執行猶予だったんですけど、長期勾留でもう本当に心身がボロボロになりました。それがもとで血圧が安定しないなどいくつも病気を抱えることになり、結局2年前に亡くなったんですよ。最期まで沖縄についても勉強を続けていて、本当にかわいそうでした。

三上 そうですよね。何とも言えなかったですね。
 でも、その高江ヘリパッド建設反対が盛り上がっていたころ、「香山リカが来る!」という情報がネトウヨを中心に大袈裟に取り沙汰されましたよね。「香山さんが辺野古や高江とかに関わることは許せない」という人たちがいることに、私はすごくびっくりしたんです。多くの有名人も駆け付けていた中で、あれって何だったんでしょうね。

――よそ者や門外漢は口を出すな、ということだったんでしょうかね?

香山 でも私は、それに関しては、彼らにちょっと感謝しているところがあって……。どこまで当事者じゃない人間がかかわっていいか、ということを深く考えさせてもらいました。
 それまで私も、精神科医としては社会的な弱者の方たちの問題にもいろいろ関わってきました。精神疾患になる人たちは、精神疾患になるというだけでも社会的に弱い立場になるわけですから。
 でも「差別に反対するのは、当事者以外の人が余計なこと言っちゃいけないんじゃないか」という思いが自分の中にずっとあったんです。たとえばアイヌのことも「アイヌの人は言っていいけど、私は搾取してきた和人の側だから私が口を出したら、おまえ何言ってんだよ、と言われるんじゃないか」と思ったり。
 でも世界的に「スタンドアップ・フォー・サムバディ」、つまり「自分以外の誰かのために声を出してもいいんだ」という考え方が2000年代に広まってきて。「当事者をむしろ前に出しちゃいけない、当事者以外の人がやるべきなんじゃないか」と。イラク戦争とか、東日本大震災後の原発の問題でも特にそうですね。福島の人が声を出すのは当たり前だけど、「別に福島の人じゃなくたって声を出していい」という流れが出来てきて。それで、在日差別に反対して声を上げることを在日じゃない人がしてもいい、というようになってきました。
 ただ沖縄のことは、「ウチナンチュでもない私が……」とか「東京から物見遊山みたいな感じで押しかけたりしちゃいけないんじゃないか」という思いもあったんです。だけど先に東京から行った添田君たちは「何言っているの? これは日本の問題なんだから誰だって当事者だし、別に沖縄の人じゃなくたって声上げていいんだよ」と言ってくれて、「ああ、そうなんだ」と思って私も行ったんです。当事者ではないのでおそるおそるでしたし、批判もあって当然と思います。

三上 その「当事者性」ってすごく大事な問題ですね。たとえば辺野古の海の埋め立てについて、誰が当事者なのか? 辺野古の集落の人が、その海の埋め立てについて第一発言権があるのか? これだけ地球規模でサンゴ礁がなくなっていく中で、このサンゴ礁も奪われたら、もう海洋環境を取り戻すことができないかもしれない。これに関しては、海洋環境を憂う人はどこの誰でも発言権はあると思います。たとえばそこに住んでいない学者でも、サンゴのことを研究している人が「辺野古の地先を埋めるなんて、地域の人が100%いいと言ったって駄目です」と言う権利もあるし。「価値が分かる人が当事者だ」と私は思っているんです。
 だから、「そのことの重大性が分かって、そのために居ても立っても居られない気持ちになる人が当事者であって、解決能力を唯一持っている」と私は思っていて。そこに住んでいても、血統がどうであっても、関心がない、気づかない人はたくさんいるし、闘いたくない人もいる。
 辺野古に戦前からずっと住んでいて、日本軍が来るわ、米軍が来るわ、基地が造られるわ、みんなモメてるわで、そこにいる人たちは、ニュースも見たくないし、外から来てワーワー反対運動をやっている人を見ても、気分が悪いとしか思わない。そのことを自分の人生から外したいと願って生きている人に、「でも、当事者でしょう。頑張って考えて」と言うこともまた、私は暴力だと思うんです。だから、考えない自由も、逃げる自由も、「そこにいるんだから頑張りなさい」と言われない自由もあると思います。

香山 そうですね。だけど、そういう発言しない人や見たくない人が利用されちゃうこともありますね。たとえば高江のある東村でパイナップル農家をやっていて「ヘリパッド反対の人たちが来てうるさくてしょうがない」とかというような思いの人もいるわけですよね。すると「ほら、村の人も迷惑だと言っています」とかいうのを声高に言う人もいる。

三上 そうそう。辺野古の人たちのところに行っては「反対運動の人って嫌でしょう」と聞いて回っているメディアもあります。

香山 そういう意味では、誰も本当に中立とか無関係ではいられないんですよね。「私は政治的なものを見たくないから、そういうのとは一切離れていよう」というのは、今の社会では、残念だけどあり得ない。

三上 あり得ない。政治的じゃない事柄って世の中にないですよね。「自分は中立」という絶対安全な丘にいて、いつもそこから物を眺めたいという気持ちは分かるけど、絶対的な中立の地点なんて人間に測ることができるはずないし、偏らず思考することも無理ですよね。


「芸能人は政治発言するな」という欺瞞

香山 残念なことに、「ニュース女子」という番組の問題(*)もありましたけど、基地に反対する人たちを「反日勢力」だとか「売国奴」だとか「外国の支援を受けている」みたいに言う人たちの声が、今すごく大きくなっちゃっている。

――「芸能人は政治発言するな」などという言説は多いですね。モデルのローラさんがSNSで辺野古の埋め立てに反対発言を出したら、テレビでも「勉強が足りない」「黙ってろ」と言われたり。

香山 そうですよね。

三上 5月に小泉今日子さんが「私、更に勉強してみました。読んで、見て、考えた。その上で今日も呟かずにはいられない。#検察庁法改正に抗議します」とツイートしたら、「政治的な発言をするな」って叩かれましたよね。「キョンキョンがそんなこと言う必要はないんだ」「アイドルの延長線上のフワッとした存在でいるべきだ」なんて、50代の女性に向かって、全くナンセンスなことを言う人たちが大勢いました。
 でもキョンキョンがこの話題を呟いた時に叩きに行く人って、香山先生が高江に来た時に「おまえが行くな」みたいなことを言った人と、何かグループが似ていると思いました。それまで自分が辺野古について発言するチャンスもなかったし、人権派として行動するような素養もなくて、でも何となく反対運動やっている人ってやな感じ、と思っている置いてけぼりさんが、同じく門外漢だと思っていたある人が辺野古や高江について発言したりすると、「何でおまえがやるんだ」って叩くことで、何もしていない自分を肯定して溜飲を下げるという。まともな発言をする人をみんなでコキ下ろしたって、決して自分が上がることはないのに、SNSがそういう場を提供している面があります。

香山 でも逆に、芸能人が政権を支持するような発言をしても「政治的だからやめろ」とは言われないわけじゃないですか。「安倍さんも頑張ってますよね」とか「今の政府はやることやってますよ」とか「みんな、足を引っ張るのはやめましょう」とか「応援しましょうよ」とか言えば、むしろ覚えがめでたい

三上 そうですね。だから、自分は主流派に乗りたい、多少媚びてでも何も考えないで勝ち組に乗っていたいという人たちにも、後ろめたさがあるんじゃないですかね。

香山 そうですね。本当に勢力が拮抗していれば、何も発言しないのは中立かもしれないけど、今こんなに権力のほうが肥大化している時に何も発言しないのは、実は知らない間に権力側に加担しているわけです。「いや~、私、政治は分かりません」とか言っていると、知らない間に権力側を後押しすることになる。

三上 そうですよ、完全に。A政党とB政党というのが拮抗していたら、どっちに偏るとか、二項対立みたいな構図が一時的に描けると思うんですけど、今って自公という勝ち馬と、そこに乗り切れない人たちと伝統的な野党がいろんな形で離合集散しているけど、全然バランスも取れてない。でも、「勝ち馬に乗ることでしか自分の安泰の道はない」という思考の人からしたら、「政府に反対する人たちを皆で叩いて、勝ち馬を絶対のものにしておいたほうがいい」という集団心理が働くのかも。だから「沖縄問題にコミットする人は、何となく自分たちの立場を危うくするんじゃないか」と感じるんじゃないですかね。

香山 うんうん。そういう人は、言い訳のように、「私も沖縄は大好きなんですよ」とか「移住したいぐらいです」「一年に何回も行くんですよ」と私的体験を話すんですよね。それからおもむろに「でも基地反対とかは、ちょっと……」と言う。つまりその人にとって沖縄というのは、ただの癒やしの島として利用するだけで、行って自分がリラックスさせてもらえばいい、としか思ってない。「沖縄大好きなんだけど」とか言いながら「でも、基地はそちらにお願いしたい」なんて都合よすぎますよ。
 沖縄の人でも何人か、デマゴーグみたいな人がいるじゃないですか。でも、その人たちがすごく声が大きかったり、そういう右派的な発言をする女性が産経新聞とかのお正月特集で安倍総理と一緒に晴れ着を着て写っていたことがありましたよね。

三上 でも彼らが沖縄の一般の人たちにどれだけ影響力があるかというと、あまり存在も知られていないのではないでしょうか。一部のメディアが「沖縄の人たちにもこういう人がいるんだ」とか、「実は基地反対より、こういう意見が多いんだ」と騒いで彼らに力を与えているだけで。

香山 そうなんですね。少しホッとしたような気もしますが、でも安心はできないですね。

(後編に続く。後編は8月18日アップ予定)

*「ニュース女子」問題:東京の地上波放送局TOKYO MXの情報番組「ニュース女子」2017年1月2日放送回で、「沖縄の基地に対する反対運動には日当が払われていた」などとする報道があり、「事実関係が間違っている」「沖縄に対する偏見を煽っている」など多数の視聴者意見が放送倫理・番組向上機構(BPO)に寄せられ、BPOは審議・調査の結果、MXが番組内容を適正にチェックせず、中核となった事実についても裏付けがないとして「重大な放送倫理違反があった」と発表。その後、同番組のMXでの放送は打ち切られた。同番組は、化粧品大手ディーエイチシーのグループ会社「DHCテレビジョン」が取材・制作し、MXは完成版の納品を受けて放送していた。

プロフィール
香山リカ(かやま りか)
1960年、北海道出身。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部教授。著書に『「独裁」入門』(集英社新書)、『オジサンはなぜカン違いするのか』(廣済堂新書)、『ヘイト・悪趣味・サブカルチャー  根本敬論』(太田出版)、『皇室女子 〝鏡〟としてのロイヤル・ファミリー』(秀和システム)、『劣化する日本人 自分のことしか考えられない人たち』(ベスト新書)、『しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』(幻冬舎新書)など著書多数。8月22日に徳田安春氏との共著『医療現場からみた新型コロナウイルス』(新日本出版社)発売。

三上智恵(みかみ ちえ)
ジャーナリスト、映画監督。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013年)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018年)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)など。9月25日、本編114分に加え73分に及ぶ特典映像も収録した映画「沖縄スパイ戦史」DVD(紀伊國屋書店)が発売に。
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●「人殺し」なんぞには行かせたくない

2014年07月12日 00時00分02秒 | Weblog


nikkan-gendai.comの記事【東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」】(http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/151621)。

 「学徒出陣した私には首相のいかがわしさがすぐ分かる・・・・・・「声」欄に、「人殺しを命じられる身を考えて」という投書が載った・・・・・・「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたか・・・・・・安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかる」。
 そんなに戦争したいものだろうか? 殺されるのはもちろん嫌だけれども、「人殺し」なんてもっと嫌だな。ましてや、平でそれを人にさせるなんて、その神経を想像もできない。


   『●戦争できる国にしたくてしょうがないらしい・・・アベ様に一番に戦場へ
    「アベ様やイシバ様が戦場に行くこともないし、アベ様やイシバ様の
     ご家族や親族が戦場に行くこともないでしょう。戦場に行くのは自公や
     野合野党議員に投票した人達を含む普通の人達。アホに
     投票していない人はたまったものではない。私は御免だし、
     私の家族に「人殺し」なんぞには行かせたくないな。」

==============================================================================
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/151621

東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」
2014年7月7日

     (石田雄氏/(C)日刊ゲンダイ)

学徒出陣した私には首相のいかがわしさがすぐ分かる

 先月、朝日新聞の「声」欄に、「人殺しを命じられる身を考えて」という投書が載った。末尾には大学名誉教授 石田雄(東京都 91)とある。この投書が話題になったのは、石田氏は戦争の生き証人であるだけでなく、その生涯をかけて、「どうしたら、二度と戦争を繰り返さないかを研究してきた学者であるからだ。投書した老学者の目に、いまの安倍政権はどう映っているのか。


――なぜ、投書を書かれたのか。やむにやまれぬものがあったのでしょうか?

 私は軍国青年だったんですよ。自分がなぜ、そうなったのか。それを明らかにするために研究者になったんです。二度と戦争を起こさせないために政治学、社会科学を研究してきたつもりでしたが、こういう時代が来ちゃった。


――こういう時代とは?

 戦前、戦争に向かっていった時代と非常に似ていますね。しかし、この年ですから、デモにも行けないし、官邸前で大きな声を出すわけにもいかない。社会科学者として何ができるか。切実に考えて、やむなく、朝日新聞に投書したのです。


――具体的には、どの部分が戦前と似ているのでしょうか?

 私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかをフォローしたことがあるんです。平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされていく。これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。唯一の例外がナチス・ドイツの侵略ですね。こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。


――平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

 それと排外的なナショナリズムのあおり方ですね。積極的平和主義と排他主義が重なり合うと、非常に危険な要素になります。平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張をつくり出している。そこに積極的平和主義が重なるものだから、危ないのです。
 海外の邦人を保護するため、と言っていますね。この理屈も戦前と似ています。1932年の第1次上海事変の直前、日本人の僧侶数人が殺傷される事件が起こった。日本政府は邦人の生命を守るという名目で、上海の兵力を増強し、戦闘が拡大。その後、本格的な日中戦争になりました。個別的自衛権であれば、「日本の領土内に攻め込まれたとき」という歯止めがかかりますが、邦人保護という名目で海外に出ていけば、歯止めがなくなってしまうのです。


――駆けつけ警護はどうですか?

 アフガニスタンで援助活動をしているペシャワール会の中村哲代表は「自衛隊が邦人救助に来るのは危ないからやめてほしい」と言っています。実際、ペシャワール会は日本がインド洋の給油活動をする前は、車両に日の丸を掲げて活動していた。それが守り札になったからです。しかし、給油活動を境に日の丸を消した。米国と一体と見られる懸念があったからでしょう。集団的自衛権による武力行使や集団安全保障による制裁措置に自衛隊が参加すれば、ますます、憎悪と攻撃の対象になる。もうひとつ、集団的自衛権で海外に出ていけば、おそらく、米軍の傘下に入る。邦人がいなくなったから帰ります、なんて言えるでしょうか。米軍は無人機で攻撃する。一般市民が巻き添えになれば、その恨みは陸上で展開している自衛隊に向く。こうなる可能性もあるわけです。 


――戦後70年間、せっかく平和国家としての地位があるのに、あえて、それを捨てて、恨みを買う必要があるのか、ということですね。

 言葉がわからない地域で武力行使をするのがいかに危ないか。イラクに駐留する米軍が「止まれ」という制止を振り切った車両を攻撃したら、殺されたのは、お産が近づき、病院に急ぐ妊婦だったという報告もありました。相互理解がなければ、どんどん、紛争は激化してしまう。それよりも、日本は戦後一人も海外で人を殺していないというプラスの遺産を生かすべきです。非武装の支援に徹すれば、外交的パワーもついてくる。その遺産を今、食い潰してしまうのは誠に愚かなことです。


――先生は殺せと命じられた身にもなってみろ、と投書で書かれましたね。

 私の父親は二・二六の直後に警視総監になったものだから、寝るときも枕元に拳銃を置いていた。父親は神経がもたず8カ月で辞任しましたが、私も武器恐怖症になって、不眠症が続いた。学徒出陣となって、徴兵検査のときは兵隊に行くべきだと思っていたが、人を殺す自信がなかった。東京湾の要塞重砲兵に配属になったのですが、軍隊というのはいつでも誰でも人を殺せる人間を作る。そういうところなんですね。敵を突き殺す訓練をやらされ、「そんなへっぴり腰で殺せるか」と殴られる。命令があれば、それがいいか悪いかを考えちゃいけない。なぜ、それをやるのかを聞いてもいけない。幸い、負け戦でしたから、敵が攻めてきて殺されるのを待っているような状況でした。そんな中、東京空襲に来た米軍の戦闘機が東京湾に墜落して、パイロットが泳いできたんですね。捕まえて司令部に報告すれば、「殺せ」と命令されるかもしれない。捕虜を殺すのは国際法違反です。しかし、命令に背けば、陸軍刑法で死刑です。これは大変なことになったと悩みました。


――しかし、命令する側は平気で「殺せ」というわけですね。憲法解釈を変えれば同じような境遇に自衛隊員も置かれる。殺される方もたまらないが殺す方も大変だ。そういう国に戻そうとしている安倍首相という政治家をどう見ていますか?

 自分よりも不利な人の立場で物事を考えられないのだと思います。他者感覚の欠落、共感能力の欠如というか、ずっとチヤホヤ育てられると、そうなっていくのかもしれません。デンマークの陸軍大将、フリッツ・ホルンは戦争絶滅法案なるものを提唱していて、開戦後10時間以内に元首、首相、閣僚、議員を最前線に行かせる。そういうことを決めれば戦争はなくなると言っています。そういう立場に立たされれば、積極的平和主義なんて、簡単に言えるわけがないのです。


――国民も正念場ですね。

 一番恐れているのは沈黙の螺旋です。出る杭は打たれるからと黙っていると、その沈黙がだんだん広がって誰も声を出せなくなる。若い人の方が「出る杭は打たれる」と心配するでしょうから、ここは年長者が声を出さなければいけないと思います。


◇いしだ・たけし 1923年6月7日生まれ。旧制成蹊高校から東北帝国大学法文学部へ。在学中に学徒出陣を受け、東京湾要塞重砲兵連隊に入隊。復員後、東大法学部へ。東大社会科学研究所教授・所長、千葉大法経学部教授などを歴任。著書多数。
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