講演:私たちに「死ぬ権利」は必要なのか?
次の通常国会に“尊厳死法案”〈『(仮称)終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案』〉が提出される可能性があります。準備しているのは「尊厳死法制化を考える議員連盟(会長:増子輝彦参議院議員)」で、法案は「終末期にある患者本人が希望すれば、延命措置の不開始あるいは中止をしても医師の責任は問わない」としています。延命措置とは、人工呼吸器、胃ろうなどの栄養補給、人工透析などを指すと言います。
しかし、「終末期の診断が困難」「尊厳ある生を保障する制度こそが必要」「人工呼吸器や胃ろうで生きている障害者・患者への圧力になる」「人工呼吸や栄養補給、透析の中止が“尊厳のある死”か」「“本人の意思”を条件としているが、臓器移植法と同じく法律制定後に“家族同意”に改定される恐れがある」などの疑問があります。
2006年の射水市民病院事件では、脳死ではない患者が脳死とされ人工呼吸を停止されました。欧米では、人工呼吸の停止で患者が苦しんだケース、心停止後肺ドナーに予定された患者の半数が死ななかった病院、鎮静剤を投与して生命維持装置を停止し心停止をわずか75秒間観察して心臓を摘出したなど、「修羅場」が展開されています(点線以下を参照)。射水市民病院事件を契機に、人工呼吸を停止しての心停止ドナーは激減しました。それが、尊厳死の法制化で復活し、さらに欧米のような肺・心臓の摘出や軽症の脳不全患者をドナーとする動きが懸念されます。
今回の市民講座には、ALSを発症したお母さんを在宅で14年間介護され看取られた体験を持つ、ALS患者会の川口有美子さんを講師にお招きします。介護の体験から実生活やご自身の考え方の変化などをお話して頂き、今なぜ「死ぬ権利」が叫ばれ、尊厳死の法制化が提案されているのか、その背景や目的について考えたいと思います。
講演:私たちに「死ぬ権利」は必要なのか?
2013年1月26日(土) 午後2時~5時(1時30分開場)
会場:豊島区民センター(コア・いけぶくろ) 第5会議室
資料代:500円
講師:川口有美子さん (ALS患者会)
1962年、東京生まれ。1995年、母親が神経難病のひとつ、ALS(筋委縮性側索硬化症)を発症し、在宅での介護を決断。その経験から2003年に訪問介護事業所ケアサポートモモを設立。同年、ALS患者の橋本操とNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会を設立し、患者会や執筆活動に力を注いでいる。2004年、立命館大学大学院先端総合学術研究科に入学。2005年、日本ALS協会理事就任。2010年、『逝かない身体―ALS的日常を生きる』(医学書院)で第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2012年、「尊厳死の法制化を認めない市民の会」を立ち上げ、法律で人の死を決めることの問題を訴えている。
講師の川口有美子さんが、2010年に『いのちの選択――今、考えたい脳死・臓器移植』小松 美彦、市野川 容孝、 田中 智彦 (編) (岩波書店) によせた書評〈KINOKUNIYA 書評空間〉はhttp://booklog.kinokuniya.co.jp/kawaguchi/archives/2010/08/post_30.html
書評冒頭の「昨年7月13日、臓器移植法が改定になった。 これにより、日本でも脳死を一律に死と認めたことになった」については、当サイト注:厚労省の通達では、「改定法は臓器移植の場面だけ“脳死は人の死”である」としたが、厚労省はこの見解を周知せず、マスコミも「法改定で脳死は一律に人の死になった」との報道を行っていた。
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以下は、市民講座に関連する「生命維持装置の停止で苦しみがあった、終末期の診断に疑義があったと考えられる事例」の一部を紹介いたします。
自力で呼吸できない人の人工呼吸を中止すれば、数分から20分程度で体内の酸素を消費し心臓も停止する。もし心停止までの時間が長いなら、自発呼吸をしていた可能性がある。丁寧な治療が行われたなら、人工呼吸から離脱して生きられた患者もいたと考えられる。以下は、苦しみ尊厳なき死を強要されたと疑われる事例です。
■千葉県救急医療センターでは、1980年の開設後10年間で「脳死」患者343名が発生し、うち196名(57%)が人工呼吸を中止されて死亡し、25名は心停止後腎臓ドナーとされた。人工呼吸の中止から心停止まで21分以上が109名、44分を要した患者もいた。死に瀕した「脳死」患者ならば低血圧になるはずだが、血圧が100mmHg以上の患者が27名、このうち5名は140mmHg以上の高血圧だった(野口照義:単独独立型救命救急センター10年間の実績とその検討、『救急医学』18巻2号p217~p225、1994年)。
■射水市民病院事件で、脳死と宣告された80代女性は、瞳孔が散大しているはずなのに、逆に縮瞳していた。脳死判定をしてはいけない糖尿病患者だった60代男性が脳死とされた。人工呼吸を中止されてから心停止まで28分を要した50代女性、100分後に心停止した80代男性がいた。(中島みち:『“尊厳死”に尊厳はあるか』p28~p50、岩波新書、2007年)。これらは、終末期の診断に疑義があり、死戦期に苦悶がなかったか懸念される。
■米国のデンバー小児病院は、生後4日前後の新生児3人に、鎮静剤を投与して生命維持装置を停止した。心停止の継続は、1人は3分間、2人は75秒間の観察後に、心臓の摘出を開始した(The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE、359巻7号p709~p714、2008年)。心停止3分間では蘇生する可能性があり、生体解剖とほぼ同じ行為になる。臓器摘出目的の、恣意的な心臓死の死亡宣告と見込まれる。
■京都大学呼吸器外科の陳豊史氏と伊達洋至氏は「心臓死ドナーはいわゆる脳死状態ではないため、人工呼吸停止を行っても心停止に至らない場合がある。それは、多くの場合は、いくばくかの自発呼吸が保たれていることがあるためである。(中略)筆者らのいたトロント大学の経験では、約半数の心臓死ドナー候補が、人工呼吸停止後に心停止に至らなかった」と報告した(『移植』44巻5号p415~p420、2009年)。
グラフ(http://www.hyperhidrosis-surgery.org/eng/b/15.pdfのp755に掲載)は、そのトロント大学における心停止肺ドナー候補者の人工呼吸停止後の血圧の推移だ。心停止に至らず肺を摘出できなかった9人だけでなく、肺ドナーとされた10人の患者の血圧にも大きな変動がみられる。
陳豊史氏らは心停止肺ドナーにガス麻酔をかける動物実験も行った(温虚血中Isoflurane吸入の肺保護効果、The Japanese Journal of THORACIC AND CARDIOVASCULAR SURGERY53巻Suppl.II、p629、2005年)。尊厳死と称するものの、実際には薬物を使った積極的安楽死を実行される懸念がある。
■米国ウェストバージニア州のCharleston area medical centerで心停止ドナー候補者とされたVelma Thomasさん(59歳女性)は、人工呼吸器を外されてから10分後に意識を回復した。Kevin Eggleston医師によると、ヴェルマ・トーマスさんは心停止3回、脳波も17時間にわたり測定不能、神経学的機能停止だった(2008年5月24日のABCニュース“Doctor Calls Near-Death Experience a 'Miracle' Hospital Took Velma Thomas off Life Support -- Then She Woke Up”)。心停止後に臓器を摘出する目的で麻酔・鎮静剤が投与されていたら、このような「終末期」患者の意識回復例は発生しない。