竹崎の万葉集耕読

日本人のこころの拠り所である「万葉集」を味わい、閉塞感の漂う現代日本人のこころを耕したい。

妖艶の美

2011-04-01 07:28:38 | 日記
日本人のこころの歌―私家版・新古今集耕読(24)

妖艶の美

   千五百番歌合に    
皇太后宮大夫俊成女
風かよふ ねざめの袖の 花の香に 
かをる枕の 春の夜のゆめ   (巻二・春下)

 やわらかい風が吹き通う春の夜、ふと寝ざめたわたしの袖は花の香に薫り、先ほどまで美しい夢を見ていた枕も薫って、わたしはまだ夢心地です。

 俊成女の実母は、藤原俊成の娘・八条院三条であるが、祖父俊成の養女となったので女房名としてこう呼ばれている。叔父・定家とともに御子左家を代表する歌人として活躍、数々の歌合せに出詠し、注目された。
 「花の香」は、梅か桜か意見が分かれているが、「新古今集」では、この歌の前後に落花する桜の香を詠んだ歌を配列しており、撰者たちは桜と解したかったのであろう。「なまめかしい女の、寝室、春の夜、花の香を吹き送る風、恋の夢、美しい女の寝覚めの姿、寝みだれた袖や枕、その袖にも枕にもしみている花の香り、悩ましいばかりの官能美がある。」(石田吉貞)
 この歌を詠んだころ、俊成女は、夫・源通具の愛を失って悶々とした日々を過ごしており、その実生活での寂しさがこの歌に投影されているとみる向きも多いが、いかがであろうか。

俊成女は、新古今時代の女房歌人として、前回取り上げた宮内卿と対比されることが多い。鴨長明の『無名抄』によると、二人はその生涯も歌に向かう姿勢も対照的であったようだ。それはともかく、宮内卿は可憐な未通女であり、男女の情愛とは無縁なところで、非凡な機知とレトリックを駆使して、並み居る公達のヤング・アイドルとしてもてはやされた。もとより宮内卿は、俊成女のような、概念のあいまいな語句と曲折ある構文とを駆使して、妖艶な情趣のある「耽美小説的世界」を詠みあげる術は持ち合わせていなかったに違いない。