『ひとりごつ』(38) 二つの祖国(2)
私の日韓友好体験① 二人の李さん
生来、出不精のわたしでも、定年退職後の10年ほどは、妻のペースに嵌められて、外国の主な観光地を選んで、まめに出歩いてきた。その際にお隣の韓国は、ランクインしなかった。しかし、私にはまだ血気盛んな頃に、二度にわたり、韓国の人と親しく交流したことがある。
昭和20年の敗戦後しばらく経ってから、私の通学する小学校に、それまで、すぐ隣にあった「在日朝鮮人学校?」が編入され、一緒に机を並べて勉強することになった。各クラス2,3人が仲間入りすることになり、私のクラスには、李さんという男女二人が加わった。私はその「お世話係り」を任されていたが、日本語ではほとんど応えようとしないので、その対応に苦慮した。ところが、しばらく経ったある日、彼らは一斉に学校から姿を消してしまった。その事情について学校から説明があったに違いないが、私が納得したのは、後に中野重治の本を愛読するようになってからであった。
中野重治詩集の中で、私が最も好きな詩は、「雨の降る品川駅」である。その冒頭の一節は、以下の通りである。
辛よ さようなら
金よ さようなら
君らは雨の降る品川駅から乗車する
李よ さようなら
も一人の李よ さようなら
君らは君らの父母の国にかえる
君らの国の河はさむい冬に凍る
君らの反逆する心はわかれの一瞬に凍る
海は夕ぐれのなかに海鳴りの声をたかめる
鳩は雨にぬれて車庫の屋根からまいおりる (以下略)
遠い少年の日に私が遭った、二人の李さんが向かったのは、北か南か、杳として行方は知れない。ようやく彼らが帰りついた「祖国」は、今も二つに分かれているのだ。もはや再会することもあるまい。