「源氏物語」作中人物の歌(41)
終焉の営み(御法の巻)
おくと見る ほどぞはかなき ともすれば 風に乱るる 萩のうは露
紫の上から源氏へ
起きていると見えましてもはかない命、ややもすれば吹く風に乱れる萩の上露とおなじことでございます。
ややもせば 消えをあらそふ 露の世に 後(おく)れ先だつ ほど経ずもがな 源氏から紫の上へ
どうかすると先を争って消えてゆく露、その露にもひとしいはかない人の世に、せめて後れ先立つ間をおかず、一緒に消えたいものです。
源氏51歳。源氏と女三の宮の結婚以後、体調がすぐれず二条院で療養していた紫の上は、43歳になっていた。家庭内離婚による出家を強く願っていたが、源氏にどうしても聞き入れられずにいた。そのため、紫の上は自分の意志として、法華経千部という膨大な経供養を挙行したりしていた。
秋半ばの8月14日の夕暮れ、脇息によりかかりながらも床から起き上がって、見舞いに宮中から里下がりしている中宮と話している紫の上の姿を見て安堵している源氏に、紫の上が詠みかけたのが、冒頭の歌である。それにそえて源氏が心中の思いを吐露したのが、後の歌である。そこには、もはや紫の上の生を励ますような勢いはない。「後れ先立つ」だけの短い時間もいらないと一緒の死を願うほかないのである。
この直後、紫の上の病状はにわかに悪化して、明石中宮に手を取られながら消え入るように命絶えてしまう。
茫然自失の源氏から事後の処置を委ねられた嫡男・夕霧は、はじめて間近に義母・紫の上の素顔(亡骸)を見て、その無類の美しさに驚嘆しさがら哀傷の思いにひたる。
8月15日、紫の上の葬送は終わった。後に遺された源氏の課題は、この先いかにして自らの悲嘆をおし鎮め、自分自身を現世から離脱させるかである。源氏の終焉に向かっての営みが始まるのである。
終焉の営み(御法の巻)
おくと見る ほどぞはかなき ともすれば 風に乱るる 萩のうは露
紫の上から源氏へ
起きていると見えましてもはかない命、ややもすれば吹く風に乱れる萩の上露とおなじことでございます。
ややもせば 消えをあらそふ 露の世に 後(おく)れ先だつ ほど経ずもがな 源氏から紫の上へ
どうかすると先を争って消えてゆく露、その露にもひとしいはかない人の世に、せめて後れ先立つ間をおかず、一緒に消えたいものです。
源氏51歳。源氏と女三の宮の結婚以後、体調がすぐれず二条院で療養していた紫の上は、43歳になっていた。家庭内離婚による出家を強く願っていたが、源氏にどうしても聞き入れられずにいた。そのため、紫の上は自分の意志として、法華経千部という膨大な経供養を挙行したりしていた。
秋半ばの8月14日の夕暮れ、脇息によりかかりながらも床から起き上がって、見舞いに宮中から里下がりしている中宮と話している紫の上の姿を見て安堵している源氏に、紫の上が詠みかけたのが、冒頭の歌である。それにそえて源氏が心中の思いを吐露したのが、後の歌である。そこには、もはや紫の上の生を励ますような勢いはない。「後れ先立つ」だけの短い時間もいらないと一緒の死を願うほかないのである。
この直後、紫の上の病状はにわかに悪化して、明石中宮に手を取られながら消え入るように命絶えてしまう。
茫然自失の源氏から事後の処置を委ねられた嫡男・夕霧は、はじめて間近に義母・紫の上の素顔(亡骸)を見て、その無類の美しさに驚嘆しさがら哀傷の思いにひたる。
8月15日、紫の上の葬送は終わった。後に遺された源氏の課題は、この先いかにして自らの悲嘆をおし鎮め、自分自身を現世から離脱させるかである。源氏の終焉に向かっての営みが始まるのである。