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2005年12月26日 | 刃材や金属そして錆

C)ステンレス鋼の熱処理

刃物鋼の熱処理には色々な配慮が必要ですが、特にステンレス鋼は今までの
鋼における熱処理の一般常識が逆に大きな誤解を生んでしまう点があり
ステンレス鋼の持つ特性に対しての充分な知識と厳重な管理が必要です。

13%クロムにしろ20%クロムにしろ、単一のクロム元素をこれほど多量に
添加する事は刃物鋼についてはメリットよりデメリットの方が多いのです。

例えば、0、6%炭素・13%クロム含有のステンレス鋼を例にとれば
メーカー素材の板状の焼鈍材では、主材である鉄(Fe)の母地は
①鉄+(0、03%炭素と6%クロムの個溶成分と)+ ②クロム複炭化物
(0、57%と炭素と7%クロム+鉄)の 2種類の合金で構成されています。
この炭化物は一般には M23C6・M7C3 という記号で表され
例えばM23C6はメタル原子23に対し炭素原子6個を表しています。
このように他の合金元素が鉄母地結晶の中に、溶け込んでいる状態を
「固溶」と呼んでいます。

鋼材全体のクロム量がいかに多量であっても、耐食性に影響するのは
母地に固溶されたクロム量だけで、複炭化物であるクロムは
ほとんど役に立ちません。
ですから焼鈍材では6%しかクロムが固溶されていないので、簡単にサビが
発生してしまいます。

また、炭素も0、03%固溶されているだけなので、非常に軟らかく
生鉄に近い硬さです。

それでも素材の硬さ試験を行うと、生鉄より硬く測定されるのは
「M3C」と呼ばれる鉄原子3個と炭素原子1個の炭化鉄や「M23C6」及び
「M7C3」の複炭化物が母地中に存在しているので、硬さ試験機の
ダイヤモンド圧子の圧子変形量が抵抗を受け
硬さとして表されることによります。

また炭素は、ステンレス鋼にとっては不純物であり、炭素が増加するほど
耐食性は低下します。 ステンレスはフェライト系とオーステナイト系の様に
加熱によって鉄の結晶構造の一角にクロムを置換個溶させ、全結晶構造に
各1個のクロムを配布した状態にすると耐食性が最も大きくなります。

これは理論的な考えですが、この全戸配布にはクロム11、2%が必要
だとされています。 ステンレス鋼のもう一つの元素である炭素は
結晶構造の中心や結晶面の中央に侵入して、結晶構造の枠組みを
強化させる役目をします。

これを鋼の結晶の構造的な表現「対心立方構造」と「面心立方構造」と呼びます。

基本的構造として、鉄に炭素を加えることで「鉄」から「鋼」と
呼び方が変わるのです。

炭素やクロム原子がこの鉄の母地の中を移動するには熱の力を借りて
結晶の枠を緩めたり枠内を鉄原子が動きやすくしてやり、炭素やクロム原子を
その隙間に移動させます。
この温度がオーステナイト化温度と表現され、熱処理技術に最も大切なポイントです。

このオーステナイト化温度を「Ac1」変態点と呼び、原子の移動がほぼ完了する
温度を「Ac3」変態点と呼んでいます。
このAc3の状態から冷却を開始します。焼入開始温度で一番低いのは共折鋼の
730℃で、一番高いのがSKH(高速度鋼)の1250℃です。
(その時の炭素含有量は0、765%) この520℃もの温度差があるのは
合金された元素の質と量によるもので、ステンレス鋼では
1000℃~1100℃の間が合金元素量によって計算されています。

通常熱処理と呼ぶ行程は加熱によって鉄原子の構造的な移動を
しやすくすることです。 これによってステンレス鋼に限らず、鉄の結晶構造に
炭素原子を侵入させたり結晶の中の炭素原子移動を可能にするのです。

この熱処理による鉄の結晶構造への作用には、鉄の結晶格子の中に炭素原子や
他の金属原子を居残させる「置換型」と無理に割り込ませる「侵入型」の
ふたつのタイプが有りますが、ステンレス鋼や他の合金タイプの鋼は
このふたつの作用が同時に行われます。

鉄原子の大きさと他の原子の大きさが異なる場合、熱の力を利用して
無理に結晶の間に侵入させた合金分子が、オーステナイト域より、急速に
冷却されると結晶がいびつな形やまた結晶間が不安定なままで
冷やされることにより、原子が移動できない温度域に下降し結果として
結晶のひずみや結晶間のひずみが残存された状態になり、私たちが「硬さ」と
呼ぶ変形しにくい組織になります。この操作を「焼入れ」と呼んでいます。

これとは逆に、ゆっくりと冷却すると鉄の結晶は、あまり無理の残らない安定した
形の結晶構造に再変化して、炭素や他の合金元素を不均等に分布させ
比較的安定した組織になります、この操作を熱処理後の「焼きなまし」
「焼きならし」と言います。

硬く焼入れされたままの鉄組織は、そのままでは硬くて脆いので、不安定な組織を
再び低い温度で加熱し、ひずみの量や不安定要因を軽減化させてやる処理の事を
「焼戻し」と呼びます。 金属組織的には不安定なままのマルテンサイトを
αマルテンサイトと呼び、焼き戻しをしたマルテンサイトを
βマルテンサイトと区別していますが、通常の刃物は
全てβマルテンサイトの状態です。

ステンレス鋼は加熱して、オーステナイト域で出来るだけ多くの炭素や
クロム炭化物を母地中に固溶させ冷却するのですが、単純炭素鋼と違って
あわてて冷却する必要は無く約180秒(3分)くらいで常温域に達成すれば
そのまま焼入れは完了します。

太くて冷えにくい形のものや、冷却が不均等になり易い形のものなどは
エアーブロア・ガス冷却・油中冷却で、冷却温度を制御する場合も有りますが
水冷は避けています。

これはオーステナイト域より温度が降下し始めても、冷えながら固溶された
合金成分が安定を求め、変態を続行するためです。
水冷により急激に冷却されるとステンレス鋼はあまり硬くならないのです。
高炭素・高合金鋼はすべてこの傾向を持ちます。

事実、1000℃以上の鋼を水冷しても、熱容量が大きすぎて水の冷却機能が
追いつかないため不均等冷却になりやすく、大きく曲がったり、冷却割れを
起こしやすくなります。

空冷でも、余りゆっくり冷える状態だと、鉄の結晶粒界に再び炭化物が安定化を
求めて粒界再析出という現象を起こします。
粒界再析出と呼ぶこれら炭化物の挙動=不均質析出クロム炭化物の偏析分布は
ステンレス鋼の耐食性を弱くする場合が多く、焼き入れ時の加熱温度保持時間
冷却方法、焼戻し温度の制御には正確さを要求され、同じステンレス鋼で有っても
その加工遍歴によって、その後のサビの出具合が変化するのです。


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