郷土教育全国協議会(郷土全協)

“土着の思想と行動を!”をキャッチフレーズにした「郷土教育」の今を伝えます。

映画「ゲッペルスと私」を見て

2018年07月11日 | 日記


樹齢1000年の大木の幹のような深い皺が刻まれた手、顔に息をのんだ。
ナチ宣伝相ゲッペルスの元秘書、ブルンヒルデ・ボムゼルさんは103歳とは思えない明晰さでしっかりと語る。

映画は彼女の語る表情、眼差しをいろんな角度から映し、途中に、彼女の語りに重なる当時の映像、ポ―ランド、イタリアで撮られたニュース映画、アメリカ軍制作の兵士用の宣伝映画、強制収容所の映像、「国民を奮い立たせ、意識変えてしまう」と元秘書が語るゲッペルスの演説が入る。


彼女まず自分の生い立ちを語る。

1910年代、ドイツの家庭のしつけは厳格で、子どもたちは父親に服従、なにか失敗したり、きまりを守らなかったりしたら、問答無用、鞭でたたかれた、しかも子どもたちは連帯責任で罰せられた。
(独映画『白いリボン』でも絶対君主のような父親が描かれていた)
私は自分の頭で考えることができなかった。
目上の人に従うことだけを学んだ。
子どもに自分で判断させないようすることは簡単。
厳しくしつければいいんです――


彼女は、始めユダヤ人弁護士のオフイスで働いた、ボーフレンドの紹介でナチ党員の口述筆記のバイトをする、ナチが政権をとった後、放送局で働き、その後宣伝省に移り、ゲッペルスの秘書となる。
給料が増えるのがうれしく仕事にも職場にも満足していたと語る。
ゲッペルスは洗練され紳士的、知性的で穏やか、普段は決して声を荒げないが、演説ではエネルギッシュに体全身で語る、彼以上完璧な役者はいないと評価する。


「強制収容所で何が行われているか、信じられないかもしれませんが、私は知らなかった」と彼女は言う。
最初の職場、ユダヤ人弁護士が、だんだん仕事を縮小していくのを見て、弁護士はオフイスを畳んでどこかに移住するだろうと感じていたにもかかわらず。
友人のユダヤ人、エバが彼女の職場に遊びに来たいというのを「宣伝省にいるから」と断っているにもかかわらず。
(エバが1945年強制収容所で殺されたことは、敗戦後、彼女も戦争犯罪を追究され5年間、ソ連で強制収容所に抑留され帰国後、エバの行方を調べて知ったという)

ユダヤ人が強制収容所に送られていることは知っていた…でもそこで何が行われているか、「秘密」だった。
権力の中枢で秘書として働く彼女は知ろうと思えば、知ることができたのにあえて知ろうとしなかった、見たくない事実を見なかった、見るなといわれれば上司の命令通り見なかった。

彼女はいう「あの頃、自分はガラスのビンに入れられているようだった。」
現実に触れることができない、政府の報道を信じるだけだった。
自分は言われたことをそのまま、疑わず受け入れた。
今考えれば、自分で考えようとしなかった、それは間違いだったと彼女は言う。


そして苦渋に満ちた声で
「今の若い人が『私ならあの体制から逃れられた』と言う。無理です。誰も逃れることはできなかった」
絞り出すように言うと顔を両手で覆ってしまった。


そうなんでしょう。
社会全体が動き出してしまったら、そこから逃れることはできないのでしょう。
戦争が始またら、もう止めることはできないように。


改めて、止めるなら、今なのだ、今できることをやらなくてはならないと思う。
戦争の世にしないために、自由に生きるために。


この映画の原題は「A German Life」。
あるドイツ人の生涯?生き方?…
この生き方ではまずいんだ。

政治には無関心、自分の仕事、日々の暮らしに追われていたらどこへ連れて行かれてしまうか分からない。
そんな状況に今の日本はなってしまった。

自分で考え、聞き、調べ、話し合い、いろいろ動く中で、初めて物事の事実が見えてくるのだと思う。

(ブルンヒルデ・ボムゼルさんは、2017年1月27日106歳で死亡)



-Ka.M-

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