同窓会にまた行ったでー!

会えてよかった友・友・友、そして恩師。言えて良かったあの時ごめんねのひと言。次も絶対来ようね!

何をしてたの?その1(バジル)

2007-11-16 00:01:38 | Weblog
同窓会の席で、質問があったのです。
JRCって、何をしてたの?と
私も入部してから、何をするのかを知ったので、部外の人が知らないのは当然ですよねえ。

卒業アルバムをご覧くださいませ。
JRCのメンバーには特徴があります。
それは何かと申しますと、3年生は全員1年6組出身者だということ。
部長は晴海のあの方ですが、活動の内容はほとんど私が決めていました。

私達が入部する前のJRCは、弱小クラブで、活動もほとんどしていなかたようです。

私達が2年になった時、1年6組の担任だった本田先生が、JRCの顧問を担当することになり、先生のよびかけで、私達は何をするのか分からないまま、入部したのです。

最初は、JRCって、何?を知ることから始めました。
ジュニア、レッド、クロスの頭文字をとってJRC
日本語になおせば、青少年赤十字なのです。

当時JRCのメッカと呼ばれていた、鶴崎工業高校から、全県協議会の会長だった梅田さんを杵築高校に招き、どんな活動をしているのかの話を聞いたのです。
その時の話で分かったのは、夏休みに「トレーニングセンター」と呼ばれる合宿があり、全県の次期リーダーを集めて行われ、これに出て初めて詳しい内容が分かるとの事でした。

そこで、「トレセン」に参加したのですが、本田先生も初めてでしたので、何も知らない私達は、私服で会場に行ってしまったのです。

いきなり怒鳴られました。
案内の文章に制服での参加という記述はなかったはずなのに。

おかげで、この時「トレセン」参加した杵築高校のメンバーの記念写真に写った顔は、みんなふくれっ面。本田先生に誤ってもらったのですがね。やる気なし。


全県で、80人くらいが参加していたと記憶しています。
開会式典が終了して、参加者全員が私服に着替えたころから、心もほぐれ、せっかく参加しているのだから、何かを掴もうという気持ちになっていったのです。

班分けが行われ、同じ学校の生徒が同じ班にならないように振り分けられました。
その班の中で、係りが決まっていくのです。

私の係りは「レクリエーション」。参加者を和ませると言うのが仕事です。
他に、「保健衛生」「食事」「広報」などの係りがありました。他にもあったのかな?思いだせないなあ。

スケジュールの中に自由な時間はほとんどなく、班の会議、係りの会議、全体学習、トレーニング 食事、就寝などがあり、かなり厳しいものでした。

全体学習で学ぶのが、赤十字とJRCの歴史、救急法、ボランティア 障害者について、献血の歴史と意義などだったと思います。

どの場面にも登場するのが、怖ーーーい3年生。「トレセン」全体を運営しているのが、この怖い3年生で、動きが鈍いと容赦なく罵声がとんでくるのです。

私も3年の時には、この怖ーい3年生の役をやりましたけどね。
もしかすると、全県でいちばん怖がられたかな?
やってみて分かったのは、この「怖い」も演じていたと言う事。

朝は起きると、準備体操に続き山道のランニング、終われば「来たときよりも美しく」を合言葉に掃除、食事、と続き、休むことなく、班の会議、係りの会議、全体学習と続くのです。

日程は、3泊4日だったか?4泊5日だったか?????まあそのへんです。
最終日の前日には、班ごとに、何を学んだのかを寸劇にして表現し、メンバーの投票で、順位を競うのです。

私達のE班の劇の題名は「知識は力なり」で、私はナレーターの役でした。
この時、劇の中でやったのが、救急法。「やり方を間違えると、助けられる命を逆に失わせることになる。」といった内容です。
何か賞をもらったはずです。

各班の発表が済んだあとは、キャンプファイアー。

盲学校の生徒も参加していたので、私は、「耳で聞いて動きの分かるフォークダンスの説明」を考え、見えないメンバーの側に行き、一緒に踊ったのを覚えています。

別れ際に盲学校の木村さんに、「あなたのおかげで、初めてフォークダンスをみんなと一緒に踊ることができて、とても楽しかった。」と言われ、感動しました。

最終日には、閉会式が行われ、そこで、「トレセン」バッチを頂くのです。
怖い3年生も含め、ほぼ全員が号泣するのですが、今思うと、ちょっと異様な風景だったかも?


私はこの「トレセン」での収穫が大きかったように思います。
短い時間に何かを感じ取り、自分の考えをまとめ、発言し、行動ていくことができるようになったと思っています。
この「トレセン」で学んだ「ボランティア」についての学習内容を今でも、私のボランティア講座で講演しているのですから。

杵築高校に戻ってから、実際に何をしたかは、次回また。