yoshのブログ

日々の発見や所感を述べます。

儒家と老荘

2012-01-23 06:02:58 | 文学
田口佳史著の「老子の無言」によれば

俗に「上り坂の儒家、下り坂の老荘」と言われるように、儒家の思想と老荘思想を使い分けることを、私はお勧めしています。儒家も老荘も「現世を肯定する」という部分では同じ。欲望も肯定しているし、立身出世や富を求めることも肯定しています。ただ社会のあり方について、儒家の思想が「現行肯定プラス改善」、つまり現在の状況を受け入れたうえで改善を要求するのに対して、老荘思想は「現行否定」。現在の状況を否定して、根本から変えていくものです。
それがなぜ、上り坂・下り坂になるのか。仕事でも人生でも、うまくいっている上り坂のときは、基本的にやり方を変える必要はありません。問題が生じない限り、好調のままどんどん進んでいくべきでしょう。だから、「現行肯定プラス改善」の儒家の思想でいく。
一方、何をやってもうまくいかない下り坂のときは、やり方を百八十度変えて革新する必要
があります。下り坂なのにまだ儒家の思想でいこうとすると、「まだ足りない。もっと努力しろ」となるので、間違った道を更に遠くに行ってしまい、苦しくなってくるんです。やり方を変えなければなりません。
「現行否定」の老荘思想を思考のバックグラウンドにして、自らに「考え方が間違っていないか?」「やり方がまずいんじゃないか?」「いろんな制約にがんじがらめにされていないか?」
と問いかけ、根本から変えていくほうがいい。こんなふうに、状況に応じて儒家の思想と老荘思想を使い分けることを「上り坂の儒家、下り坂の老荘」というわけです。(以下略)

 入学試験に合格出来なかった時などには、ただくよくよすることなく「荘子」の大ほらを読んで気宇を壮大にして気分を一新するといいとよく言われるようです。

           田口佳史 「老子の無言」 光文社
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