私が愛読するSF小説、「レンズマン」の中に空想の産物である超生物の話があります。初めて読んだ時には、SF小説に疎かった私にはとても衝撃的な話でした。この中に善の超生物アリシアと悪の超生物エッドールが出てきます。最初に著者の独創的な宇宙観が提示されています。以下は「レンズマン」からの引用です。
二十億年ほど昔、二つの銀河系の遭遇が起ったときーーこの事態により、すれちがった二つの銀河系には無数の惑星が発生したのだが、――すでにアリシア人は古い種族だった。非常に古かったので、そのときですら、惑星の偶然的な発生には影響を受けなかった。エッドール人は、もっと古い種族と信じられている。アリシア人はわれわれの時空体系に固有の種族だが、エッドール人はそうではない。エッドール星は巨大で密度が高く、そして熱かったーー現在もそうである。そこの大気は、われわれと異なり有毒な混合ガスである。水圏は有毒で悪臭がある。浸食性のべとべととした液体である。エッドール人は怪物的でアメーバ状生物で無性。彼らのあいだには発生以来ずっと競争があった。闘争は十万年以上もつづいた。
やがて彼らはこの戦争が無益なことを悟り、銀河系を協力して征服することにした。
アリシア人はエッドール人ほど機械主義的ではなく、本質において平和的だったが、精神に関する純粋科学においてはエッドール人よりはるかに進歩していた。アリシア人は自分のためではなく理想のために戦っているのだった。アリシア人はエッドール人を一掃できる手段として銀河パトロール隊を育成した。このパトロール隊の最初の指揮者として地球のバージル・サムスが選ばれ、アリシアにパトロール隊員の認識票であるレンズを受け取りに行った。「宇宙万有の洞察」ができるというアリシア人に、予言を信じないサムスは、5年後の未来の予言を聞いた。それは、
「サムスが、ワシントン郊外の理髪店で散髪をする。髪を切った後、若い雌猫がサムスのひざにとびあがる。この動きの途中で、カミソリを当てていた理髪師のひじに猫の尻尾が触れ、サムスの左の頬骨のすぐ上に、それと並行して長さ3ミリの浅い切り傷ができる。問題の瞬間に理髪師は傷に止血剤をつけている」というものでした。この時、サムスは「傷を付けられるのはいやだから決してその理髪店に行かないことでしょう」と言ったが、アリシア人は「五年たたないうちにおまえは、すっかり忘れてしまうだろう。そして止血剤をつけられてはじめて今日のことを思い出して、何か自分をののしる言葉を吐くだろう」と冷静に言った。
そして、5年後、サムスは親友のキニスンとワシントン郊外の理髪店にいた。髪を切った後、理髪師が止血剤を傷口につけていた。そのとたんに、サムスはアリシア人との会見を思いだして「うむ、ちくしょう」と自分を罵った。アリシア人が予言したように、自分自身とその状況に対するののしりだった。その時、子猫がサムスのひざに這いのぼってごろごろ鳴きはじめた。サムスはキニスンに傷の長さの測定を頼んだ。キニスンが精密定規を当てるときっちり3ミリだった。これを見ていた理髪師とキニスンは目をまるくしていた。「わけを話してくれ、サムス」とキニスンが言った。サムスのことをよく知っているキニスンは呆然自失の態だった。「この出来事のかげには何があるんだ。どういう来歴があるんだ?教えてくれ」サムスはキニスンに真相を告げた。ふたりの間に精神的沈黙がおとずれた。思考では計れないほど深い沈黙だった。ふたりとも、アリシア人が実際には何ものであるかは永久にわかるまいということを、理解しはじめたのである。
E・E・スミス 「レンズマン・シリーズ 全6巻」 創元推理文庫
二十億年ほど昔、二つの銀河系の遭遇が起ったときーーこの事態により、すれちがった二つの銀河系には無数の惑星が発生したのだが、――すでにアリシア人は古い種族だった。非常に古かったので、そのときですら、惑星の偶然的な発生には影響を受けなかった。エッドール人は、もっと古い種族と信じられている。アリシア人はわれわれの時空体系に固有の種族だが、エッドール人はそうではない。エッドール星は巨大で密度が高く、そして熱かったーー現在もそうである。そこの大気は、われわれと異なり有毒な混合ガスである。水圏は有毒で悪臭がある。浸食性のべとべととした液体である。エッドール人は怪物的でアメーバ状生物で無性。彼らのあいだには発生以来ずっと競争があった。闘争は十万年以上もつづいた。
やがて彼らはこの戦争が無益なことを悟り、銀河系を協力して征服することにした。
アリシア人はエッドール人ほど機械主義的ではなく、本質において平和的だったが、精神に関する純粋科学においてはエッドール人よりはるかに進歩していた。アリシア人は自分のためではなく理想のために戦っているのだった。アリシア人はエッドール人を一掃できる手段として銀河パトロール隊を育成した。このパトロール隊の最初の指揮者として地球のバージル・サムスが選ばれ、アリシアにパトロール隊員の認識票であるレンズを受け取りに行った。「宇宙万有の洞察」ができるというアリシア人に、予言を信じないサムスは、5年後の未来の予言を聞いた。それは、
「サムスが、ワシントン郊外の理髪店で散髪をする。髪を切った後、若い雌猫がサムスのひざにとびあがる。この動きの途中で、カミソリを当てていた理髪師のひじに猫の尻尾が触れ、サムスの左の頬骨のすぐ上に、それと並行して長さ3ミリの浅い切り傷ができる。問題の瞬間に理髪師は傷に止血剤をつけている」というものでした。この時、サムスは「傷を付けられるのはいやだから決してその理髪店に行かないことでしょう」と言ったが、アリシア人は「五年たたないうちにおまえは、すっかり忘れてしまうだろう。そして止血剤をつけられてはじめて今日のことを思い出して、何か自分をののしる言葉を吐くだろう」と冷静に言った。
そして、5年後、サムスは親友のキニスンとワシントン郊外の理髪店にいた。髪を切った後、理髪師が止血剤を傷口につけていた。そのとたんに、サムスはアリシア人との会見を思いだして「うむ、ちくしょう」と自分を罵った。アリシア人が予言したように、自分自身とその状況に対するののしりだった。その時、子猫がサムスのひざに這いのぼってごろごろ鳴きはじめた。サムスはキニスンに傷の長さの測定を頼んだ。キニスンが精密定規を当てるときっちり3ミリだった。これを見ていた理髪師とキニスンは目をまるくしていた。「わけを話してくれ、サムス」とキニスンが言った。サムスのことをよく知っているキニスンは呆然自失の態だった。「この出来事のかげには何があるんだ。どういう来歴があるんだ?教えてくれ」サムスはキニスンに真相を告げた。ふたりの間に精神的沈黙がおとずれた。思考では計れないほど深い沈黙だった。ふたりとも、アリシア人が実際には何ものであるかは永久にわかるまいということを、理解しはじめたのである。
E・E・スミス 「レンズマン・シリーズ 全6巻」 創元推理文庫