彦四郎の中国生活

中国滞在記

AI監視カメラ大国の現代中国で❷—20年間に及ぶ全国指名手配下、超高性能監視カメラ「天網」にとらえられた

2024-03-24 07:10:04 | 滞在記

 1999年7月の安徽省合肥での殺人事件と法子英の逮捕、労栄枝の逃走。そして、同年12月の法子英の死刑執行。それから丸20年もの時が流れた。

 中国の警察は労栄枝の行方を追い続けたが、安徽省合肥から逃走した後の彼女の行方はようとしてつかめなかった。重慶市に逃れた労は、その後の20年間、全国各地を移り、カラオケスナックなどに勤めながら逃走を続けることとなった。1999年の時には25歳だった彼女は、30歳代を過ぎ、2019年には45歳の妖艶な雰囲気をもつ女性へとなってもいった。(上記写真は、その20年間の間に撮影されたと思われる写真。25歳のころとはその雰囲気や顔立ちは、年相応にかなり変わってはいる。)

 ■2015年頃から、中国では都市部を中心に、全国的に高性能のAI監視カメラが急速に配備されることとなる。

 2019年11月中旬、福建省厦門(アモイ)市にあるショッピングモール「厦門東百蔡塘広場」の監視カメラに映された一人に労栄枝と思われる人物を地元警察は見つけた。中国警察が誇る最新鋭のAI監視カメラが反応し、長年にわたる全国指名手配の人物であることを監視カメラが知らせたのだ。その後、警察はこの厦門市内に労が潜伏している可能性が高く、再びこのショッピングモールに再来すると考えて、人員を配置して網をうつこととなった。

■厦門(アモイ)は「世界遺産」に登録された近世・近代の歴史遺産の残る観光都市でもある。私はこの都市を2回訪れたことがあった。(2014年と2016年) 厦門の近くには、他にも二か所の世界遺産がある。古代からの歴史遺産の残る泉州市、そしてもう一か所は樟州市や龍岩市に広がる「土楼群」。

 11月28日に監視カメラは再びこのショッピングモールで労の姿をとらえた。1階にある時計店で陳列された時計を見ている労を警察は捕らえた。この時、「雪莉(シュエリー)」という別名を名乗っていた女性こそ労栄枝だった。彼女は厦門市内のカラオケスナックに勤めていたことも判明した。

 「20年ぶりに労栄枝逮捕」のビックニュースは全国を駆け巡り、その後の裁判は、2020年1月から始まった「新型コロナウィルス感染爆発」「ゼロコロナ政策」という、未曽有王(みぞうおう)の苦難の中でも、彼女の裁判の行方を中国中が見守ることとなった。

 コロナ下の2021年9月、江西省南昌市の中級法院(裁判所)は、一審判決を下した。判決は求刑通りの「死刑」だった。裁判長は判決文を読み上げた。「前世紀末、被告人は法子英とともに、江西省南昌、浙江省温州、江蘇省常州、安徽省合肥で、暴力犯罪を連続して起こし、計7人を殺害した。その特別残忍な手口は、全国を震撼させた。1999年12月、法子英は、故意殺人罪、誘拐罪、銃刀法罪で死刑となったが、労栄枝は長きにわたって、名を隠し、身を潜め、逃亡生活を送っていた‥‥‥」。

 裁判長が判決文を読み終えると、労栄枝は法廷で泣き崩れて、叫び声を上げた。「判決には不服だ、不服だ!私は控訴する!」と。そして即日、控訴したのだった。「私は法子英に脅されて仕方なくやったのだ」と主張した。約1年後の2021年11月、江西省高級人民法院も、一審判決を支持する二審判決を下した。確かに法子英に惚れた弱みで、法に服従的に従った面はあるが、一連の事件は、あまりにも法と一心同体的に行ったものとの判断だった。彼女は、最高裁にあたる最高人民法院に上告した。だが、最高人民法院も、一審と二審を支持する判決を下し、彼女の死刑が確定したのだった。

 4か月ほど前の2023年12月18日午前、江西省南昌市で死刑執行がなされた。その前に、親族との面会が許された。その親族へ詫びと後悔の念の言葉が、彼女の最後の言葉となった。享年49歳だった。

 中国の思想家「老子」に「天網恢恢疎(かいかいそ)にして漏らさず」という言葉がある。天が悪人を捕らえるために張りめぐされた網の目は粗いが、悪いことを犯した人は一人も漏らさず取り逃がさない。天道は厳正であり、悪いことをすれば必ず報いがあるという意味である。中国では、この「天網恢恢にして漏らさず」の世界を実現するテクノロジーが進んでおり、「天網(てんもう)」と呼ばれている。天網とは、中国において実施されているAIを用いた顔認証テクノロジーのことである。

 顔認証速度は1秒で、全中国国民や外国人居留者を識別照合可能とし、2015年頃から都市部を中心に「天網」のAI監視カメラの設置が急速に進み、2017年には1億7000万台が設置されたと言われ、監視カメラネットワークが構築された。天網は、警察官が装着しているサングラス型のスマートグラスなどとも連動しており、警察犬やドローンやパトカーといったありとあらゆるものに装着され国民を常に監視できる体制の構築につながってきている。

■この高性能AI顔認証は、例えば眼鏡をかけていても、マスクをしていても、本人識別ができる機能がある。

 2022年時点での、「世界の監視カメラ設置台数上位都市20位」のうち、16都市は北京や上海などの中国の都市が占めている。また、人口1000人当たりの監視カメラ設置台数の世界の都市上位20位中、18の中国の都市が占めている。そして、AIネットワーク監視カメラの世界市場シェアでは、中国のトップ2社だけで約45%を占めている。

 2015年頃から急速に設置が進んだこの「天網」などの監視カメラは、2023年時点では少なくとも約3億台が設置されているとも推定されている。(中国14億人口の、5人に1台の監視カメラという数になる。)  そしてまた、2015年頃からスマホ携帯電話の普及が急速に進み、商店での買い物でもスマホアプリを使っての支払いや当たり前となり、社会生活を送るためにはあらゆる分野でスマホアプリを使わなければ生活することが困難な社会が2018年ころまでには出現した中国。(※私は、このスマホの使い方には相当苦労の連続の日々で、いわゆるスマホ難民ともなっていった。)

 この顔認証社会システムは、個人のインターネット・スマホと監視カメラの両輪が連動し、世界一のAIネットワーク社会が出現しているのが中国だ。この社会ネットワークシステムは、2020年1月以降の世界を震撼させた「新型コロナウイルス感染問題」の際にも、遺憾なく発揮されることとなった。

 2020年春節の前々日の1月23日、約1100万人都市の武漢の封鎖が決まると、人口の約半分が武漢を脱出した。脱出者追跡に威力を発揮したのが、監視システムの「天網」と「スマホの個人位置確認情報」だ。2月12日付けのニュースでは、「監視システムが武漢を離れた約500万人の足取りを特定した」と伝えられた。そして、スマホアプリの「健康コード」もまた、中国の3年間にわたる厳格な「ゼロコロナ政策」に大きな働きをした。

 「顔認証」と並んで中国の人々の行動に変化をもたらしてきたのが、「信用スコア」と呼ばれるものだ。いわゆる人間の格付けシステムで、スマホでの発信履歴、行動履歴、友人関係、購買履歴、ルール違反や犯罪歴、税金などの支払い履歴情報などをもとにポイントが決められる。ポイントが高いと優遇措置が受けられるが、低いと鉄道や航空券さえ買えなくなる。

 「社会信用システム」により、身分証や戸籍情報、宗教、民族、学歴、職歴、口座情報、納税・保険情報、顔認証を中心とした生体情報、位置・移動情報、スマホの発信履歴や交友関係、購買履歴、スマホやネットの閲覧履歴などが一連の個人データーとして国家的に管理されることにもつながる。欧米メディア・研究者によって「超監視社会の出現」とも指摘される。

■2024年現在、大きなスーパーマーケットやレストランなど、さまざまな場所で、顔認証で買い物の支払いを行う場所も増えてきている。そのため、私が時々行って買い物をする「永輝超市(スーパー)」でも、2020年ころまでは10か所ばかりあった店員が対応するレジ(スマホアプリ支払いがほぼ中心)は、最近は1~2か所に激減している。

 中国の小中高大学の構内に入る際も、2020年のコロナ問題以前は、一般人も自由に出入りできていたが、その後は登録している顔写真システムを出入り口門でパスしなければ、基本的に出入りが難しくなっている。私も大学構内の出入りは、毎回この顔認証システムを受けている。

■イギリス人の作家・ジョージ・オーウェル(1903-1950、享年46歳)が、1948年に執筆を終えて翌年の49年に刊行された書籍に『一九八四年(1984年)』がある。

 この書籍は、現在再び、世界的に注目をあびる書籍ともなっている。近未来の社会を描いた一冊だ。その近未来への洞察力には驚かされる。

 

 

 

 

 


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