福建省福州市倉山区にある蘭庭新天地という団地に住んでいる。団地住人は2万人をはるかにこえるかと思う。団地には30階をこす高層住宅も多い。2000年代に入ってからできたらしいこの団地は、そのほとんどの家屋は賃貸ではなく持ち家だ。私が住んでいる建物は8階建てと団地では低い。その団地建物の8階の一室に賃貸で暮らし始めてもう3年と3カ月間。2013年9月にここ福州の大学に赴任して以来、3箇所目の住まいとなるが、ここは中国の庶民の日々の暮らしのようすがとてもよくわかる。
11月になり、私の部屋から見えるところで葬式が2回あった。日本の葬儀と同じく花輪が葬儀前日から飾られる。花輪の習慣は中国が発祥なのかもしれない。早朝の7時ころから「葬儀楽団」が演奏を始める。葬儀楽団の服装もさまざまだ。軍隊式の楽団もあれば、派手でカラフルな服装の楽団もある。一般的に「葬儀は派手に、賑やかに」というのが中国の葬儀の伝統だが、泣き女が雇われて、盛大に号泣する場面も見られたりもする。演奏は3時間あまり続き午前10時頃に出棺となる。爆竹(ばくちく)も盛大に鳴らされる。
葬式に参加する人たちは、平服の上に長く白い布を首から上半身に垂らしたり、白い筒頭布をかぶったり、腰に白い布を巻くなど様々だ。葬式の日の午前中は、葬儀楽団のけたたましく賑やかな音と爆竹で騒然となり、落ち着いて部屋で過ごすことがむずかしくなる。
中国の人たちの朝食は、自分の家で作って食べるという人は少ないかと思う。家の近くの店でマントウを買って食べたり、昔からの食堂で食べたりしている人が多い。中国は食堂店がとても多いゆえんの一つだ。可愛らしい面とマントを羽織った可愛い男の子がお父さんと一緒に小さな食堂に朝食を食べにきていた。店の前に机といすを置いている食堂店も多い。
11月中旬、結婚式を挙げてここの団地に暮らし始める新婚さんが住むアパート団地の棟の入り口に赤い絨毯とハート形の門が飾られていた。このような光景も日本では見られない。中国での結婚式に何回か参加したが、日本の結婚披露宴とはかなりちがうなあと感じたりもした。
平日の昼や日曜日などに、地方から福州に働きに来ている農民工(出稼ぎ者)の男たちが、団地入口あたりに20人〜30人くらいが電動バイクに乗っていつも集まってくる。そして、小さなお金を賭けながらのトランプ博打をやっている。これが彼等のささやかな楽しみなのだ。同じ出稼ぎ者とも会える。11月中旬のある日、そのようすの写真を近くで撮ったら、一人が じっと私を睨みつけて目を離さなかった。彼らの仲間たちも一斉に振り返って私を見始めた。すごい集団的警戒心だ。状況からしかたなく、彼らの方に行って、「なぜ写真を撮ったのか」を中国語で説明したら、彼らは一転して、笑顔となった。中国人の民族性として、「他人を極度に警戒をする」という点は、中国の歴史・社会と密接に関連している。
蘭庭新天地の団地と隣接している福建師範大学の倉山キャンパスグラウンドは付近の住民に開放されている。たくさんの市民がここでさまざまな過ごし方をしている。孫を遊ばせて世話する祖父母たちなど、子供から若い人、老年までさいろいろな人が来る。鉄棒をする人、ランニング・ジョキングをする人、バーレーボールをする人、砂場遊び、サッカーをする人、長縄をする人たちなどなど。
11月中旬になり、12月22日の冬至まで約1か月。4時を過ぎると夕暮れが近くなり、グランドが日陰になる時刻も早くなってきた。夕方には少し気温も下がり寒くもなり始めたので、「石焼き芋」屋のおじいさんが時々、福建師範大学の正門前に出てくるようになった。いいにおいが漂う。
大学では11月に入ってから、2020年の6月に卒業を予定している学生向けの就職説明会などが開かれるようになってもきている。文系学部の就職説明会や理工系学部の説明会などには求人を募集する企業ブースが構内や各教室などを会場に行われる。11月中旬には、グラウンドにたくさんのテントが並べられていた。バルーンには「2020卒業生就職説明・企業ブース」の意味の文字が。
これを企画していたのは、「中国海峡人材市場」という中国政府や福建省政府が運営している公的企業。福建省や上海や江蘇省、広東省などの企業・約300社のブースがグラウンドでの説明会参加が予定されていた。閩江大学の学生たちだけでなく、福州市内のさまざまな大学の学生たちもここに参加をするようだ。福州市内には30ほどの大学があるが、福州大学、福建師範大学、閩江大学などを会場に年により会場の大学を変えて政府関係の「中国海峡人材市場」が開催していると思われる。
次の日、別の企画でとして、教学楼の建物では、教室で理工系学生対象の企業ブースがおかれていた。2020年6月の、中国の大学卒業生は約750万人。年々、大学卒業生の就職状況は厳しくなってきていて、昨年の就職率は約80%くらいとも言われている。(日本は98%) このような就職状況もあり、大学院に進学して学歴アップを図ろうとする学生は年々増えてきている。福建省では、2018年卒業生の初任給は3500元(約5万3千円)〜5000元(約7万5千円)。平均的には4200元(約6500円)くらいのようだ。
大都市の上海や北京、広州や深圳などでは、初任給はさらに高くなり、平均的には4800元くらい(約7万2千円)。賃貸アパート費用も福建省などより高くなるからだ。。2〜3室ある賃貸アパートの家を 友人らとシェアーで借りて暮らしている卒業生も多い。このような生活形態は、高校や大学での寮生活に慣れている中国の卒業学生たちにとっては慣れたものなのだろう。
日本の大学卒業生の初任給は平均21万円くらいなので、日本の3分の1程度の初任給金額となる。中国人全体の現在の給与金額も日本人の3分の1程度だが、住居費や諸物価などは全体的にはかなり中国は日本に比べて安い。おしなべて、個々人の生活水準は日本がやや上かと思う。ただ、私が暮らす福州市(人口700万人)の大きな団地のようなところでも、地域住民の近所の繋がりはけっこうあって、老年の人も含めて 家族や仲間、地域の人々との人間関係の繋がりという面では 日々の人々の暮らし方を眺め続けていて中国の方がかなり豊かな社会だと思う。
11月23日の朝、午前4時ころに目覚めて起床し、居間に行くと、床に小さな川ができ、水があたりに広がっていて驚いた。どこから水が出ているのかと思ったら、居間の角(すみ)にある洗濯機の方だった。洗濯機周辺は水浸しとなっていた。洗濯機に水を送る水道の蛇口と水道ホースの連結部分からの漏水だった。夜に寝ている間に洗濯をしておくつもりでスイッチを入れておいたので、朝起きてこの事態に気が付いた次第だ。
急ぎ、階下の住人の部屋に水が漏れないように、床の水をぬぐい始めて、30分間ほどでふき取った。翌日の夕方、近所の雑貨屋で、子供が砂場で遊ぶときに使うような小さなバケツを3つ買って、漏水対策をしながら 今 洗濯をしている。洗濯中、漏水がポトンポトンと大きな音をたてて3つのバケツに落ちている。
夕方から夜、朝にかけて、団地の路上や歩道には住民たちが好き勝手においている車で溢れかえる。2車線の団地内道路なども両側に駐車された車で1車線となり、すれ違いができなくなり、大渋滞がおきて、クラクションも鳴り響く。中国では、車購入の際の車庫証明が必要ではない。都市では住宅団地などの高層の建物に住む人が圧倒的に多く、一軒家に住む人はとても少ない。だから自宅の車庫がない人がほとんどだ。賃貸駐車場も少なく、また あったとしても金をだして借りる人も少ない。だから、夕方から夜や朝にかけて、中国の都市では、どこでも同じような光景がみられる。ちなみに、不法駐車という概念もあまりなく、警察もほとんど取り締まりはしない。
堂々と歩道を完全に通れないように駐車している車も珍しくない。他人がどう思おうとも、迷惑がかかろうとも あまり気しない民族性もあいまって、このような光景となる。